冬の夜


「(・・・寒い)」


はぁ、と吐き出した息は白く、室内の温度で火照った頬が程よく冷やされていくのを感じる。
すでに酒の入った面々は騒ぎこそしないものの上機嫌で、いつものようにあしらってもめげずに近付いてくる連中に辟易した大倶利伽羅は、早々に部屋から抜け出した。
宴会が始まった時から開け放たれている、庭に面する障子戸の先。
今朝までとはがらりと変わったその景色に、視線はどうしてもそこへ引き寄せられた。
昼間、新しい戦場に行く時よりも気合いの入った面々に引きずられるように向かった森の中。
紺野から渡された写し絵を頼りに“もみの木”というものを探し、何とか見つけたそれを根元から掘り起こして全員で担いで帰ったそれ。
昼までは仲間とともに森の中で生えていたそれは、今は新しい土地で全く違った姿となって根を下ろしていた。
根をしっかりと土で覆われたもみの木は短刀たちの手によってにぎやかに飾り立てられ、室内から漏れる光を受けてキラキラと輝いている。
枝のそこかしこから覗くカラフルな人形は、いつだったか燭台切たちがべにに興味をもってもらおうと必死になっていたものだろう。
よくやる、と呆れと感嘆の混じったため息をつけば、それもやはり白に染まる。

・・・もう、部屋に戻ろうか。

腹は十分膨れたし、これ以上あいつらに付き合う理由も・・・


「あー」

「・・・・・・来たのか」


耳に馴染んだ声に振り返れば、いつの間にか縁側まで出てきているべにの姿に少し驚いて、その小さな体に手を伸ばす。
いつの間にか危なげなく一人で座れるようになっていて、いつの間にかある程度の距離を動き回れるようになっていたべに。
人間はこんなに早く成長するのかと驚きながらも、相変わらず抱き上げられるのが好きな様子に、思わずこうして手を伸ばしてしまうのは大倶利伽羅だけではない。
そのまま掬い上げるように抱き上げれば、きゃっきゃと嬉しそうに大倶利伽羅の顔に手を伸ばすべに。
そうされてしまえば、この本丸にいる男士たちの反応はどれも似たようなものだった。


「・・・・・・」


雪の上に散る、桜色の花びら。
雪とともにはかなく消えるそれだが、それはべにの目にも確かに映る。
雪に咲く桜に嬉しそうに手を伸ばして、掴もうとする短い腕。
だが花びらに届くか否かのところで、その視界はバサリと闇に覆われた。


「・・・風邪でも引かれたら、光忠が煩い」


大倶利伽羅の腰布を頭から被せられたべには突然の事態にも驚きの声を上げるでもなく、もぞもぞと両手を伸ばして突破口を開こうとする。
けれどそれなりに大きい腰布に、思うようにならず「うー」と不満の声が布の中から漏れてきた。
少し悪いことをしたような気になってしまい、ちらりと布の端を持ち上げて中をのぞき込む大倶利伽羅。
その目が暗闇の中もがき続けていたべにの目とぶつかった瞬間、ぱぁっと笑顔になる。
太陽のようなそれに思わず目を細めるのも、桜の量が増えるのも、致し方ないことだろう。


「あっまっだー!くいっ、あきゃあっ♪」

「・・・もうすこしだけ、だからな」


腰布をフードのようにかけなおして、体温を分けるように身を寄せる。
基本的に体温の高いべにだが、冷たい廊下をはいはいしてきたからか、指先が冷たい。
なおも桜を掴もうとする小さな手を取って自分の首筋にあてれば、じわりと体温が移ってその境界を曖昧にする。

寒いからだ。抱き上げるのは。

寒いからだ。身を寄せるのは。


・・・だが、離したくないのは。


「・・・寒い」

「あーぅ?」


寒いからだけでは、ない。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
リクエスト:卵プリン様
「大倶利伽羅とべにでほのぼの」
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