いつかきっと、そう遠くない未来


「しーなの。ひみつよ、ひみつー。ね?」

「」

「いち兄、息して、息!」


こんな風にかわいらしくおねだりをされて、拒否できるものがどこにいよう。
そしてこんなかわいい主のためならば、自分はたとえ火の海にでも飛び込める。
もちろん、この思いは主の見目が可愛いからだけではない。
たとえ絹のような美しく皇かな肌、硝子のように輝く瞳、砂糖菓子のように甘い声で「いちにー♪」と言われるのが他のどんな誉よりも至上の喜びだとしても、見た目だけでは断じてない。


「ケーキね、おいし、したの。みんな、おいしー、のよ。あのね、おいしー、ね?」

「・・・クリスマスケーキが美味しかったから、皆でまた食べたい、ということですかな?」

「!みんなで!ね?」


思いが伝わった喜びに、嬉しそうに手を頬に当てる。
その可愛さにこちらは鼻を抑えて天を仰ぎながら、「えぇ・・・是非、皆で食べましょう」となんとかそれだけ絞り出した。
あぁ・・・我が主のなんと可愛らしいことか!
自分が食べたいだけでなく、全員で食べたいと!この年頃にありがちな、幸せを独り占めしたいという気持ちはまるでなく!!なんと良い子に成長したことか・・・!
これは今年のクリスマスプレゼントも奮発せねばなりませんな・・・と加州たちと遠征に行く計画を脳内で練りながら、「では早速紺野に発注してまいります、」とべに様に背を向ける。
けれどその足取りは、数歩もいかぬうちに愛しい主の手によって止められた。


「いってらっしゃい、しないの!め、なの!」

「べに様?何故・・・」

「あのねーいち兄。べに様最初に“ひみつ”って言ったでしょ?」

「乱?お前は何か聞いているのかい?」


べに様の後ろについてきていた乱が、にっこりと何かを企てているときの顔をする。
この表情の時は、良くも悪くも驚かされるから・・・と若干身構えていると、乱はそのままの笑顔でべに様の頭を軽く撫でた。


「ふっふっふ〜。べにちゃんね、自分でケーキ、作ってみたいんだって」

「わかったさん!」


自慢気にべに様が差し出す本には、ケーキを作る女性の絵が表紙を飾っている。
おそらく、弟たちとこの本を読んで、自分も作りたい!と言いだしたのだろう。
だが、成程。ケーキを作る、か・・・


「私はケーキの作り方を知らないが、危なくはないのかい?刃物や火を使ったり・・・」

「大丈夫!少しオーブンを使うみたいだけど、その辺りは僕たちでやるから♪」


ほらこれ!とレシピが乗っているらしいページを開かれたが、“グラニュー糖60gを入れて、さっくりと切るように混ぜます♪”やら“湯煎しながら2分立てに♪”やら、自分にとっては呪文に等しい文字が並んでおり、とても意味を理解することはできそうにない。
危険がないのであれば・・・と「気を付けるんだよ、」と無難な言葉をかけるしかできないことを情けなく思いながらも本を返せば、「だからね!」とその手をがっしりと取られてしまった。


「!?」

「いち兄にも、協力してほしいの!」

「わ、私が?」

「だって燭ママ、僕たちとべに様だけになんて絶対台所空けてくれないもん!いち兄が一緒なら、きっと許してくれると思うんだよね!」

「ねー!おねがい!」

「う・・・っ!」


可愛らしい“お願い”のポーズに、もともと断るつもりもなかった心がさらに揺らぐ。
こうして何かと頼みを聞いてしまうから、歌仙殿にはいつも「甘やかしすぎはよくないんだよ」と目くじらを立てられるのだが・・・


「・・・仕方ありませんな。燭台切殿には、私から上手く言っておきましょう」

「わーい!ありがと♪いち兄*」

「ありがとっ♪」

「くぅっ・・・!」


乱の可愛らしいポーズを真似してみせるべにに、目頭が熱くなるのを感じながら「で、では伝えておきますので、」と何とかその場を後にする。
いけない・・・まだ、まだべに様にこのような姿を見せるわけには・・・!
日々可愛らしく成長していかれるべに様に、長兄としての威厳を維持するのが難しいと感じる今日この頃であった。










「まずは、小麦粉と砂糖をそれぞれ分量に計っておこうか」

「間違えんなよ?薬研」

「へっ、厚、俺っちを誰だと思ってんだ?秤の使い方なら任せとけってな」

「ふぁ・・・っくしゅん!」

「うわー!小麦粉が!!」

「あ・・・ぅ、・・・ごめんね?」

「ふ・・・気にすんなべに、俺っちなら平気だ」

「その白衣、粉っぽいぜ」


粉を扱えば、盛大にまき散らし。


「あの、卵と砂糖を、の、のの字が書けるくらいまで泡立ててください・・・!」

「べに様、一緒にやってみましょう!」

「ぐるぐるするのー!」

「あっ、ちょっ、も、もう少し力を緩めて・・・!」

「ぅー・・・!」


泡立て器を使えば、ボウルからはみ出た材料が机を汚し。


「よーし、あとはデコレーションだね!」

「生クリームを塗って、果物も乗せてみましょう!」

「べに様、どの果物を乗せられますか?」

「ぜんぶ!」

「「えっ」」


長い時間台所を占領して出来上がったクリスマスケーキは・・・正直、見本とは比べ物にならないくらいに不格好なものだった。
機嫌を損ねてしまわないか、ハラハラしながらべに様の反応を伺う弟たち。
じっとケーキを見ていたべに様は、くるりとそんな彼らを振り返ると、こてりと首を傾げた。


「あの・・・べに様・・・?」

「おいし?みんな、おいしー?」

「・・・あ、」


“みんな、美味しいって言ってくれるかな?”

その疑問は、きっとべに様がこのケーキを作っている間、ずっと心にあったもの。
少し不安げな顔をするべに様に、皆の答えは決まっていた。


「もっちろん!絶対喜んでくれるよー!」

「べにがこんだけ頑張ったんだからな。みんな絶賛間違いなしだぜ」

「・・・えへー!」


嬉しそうなべに様に、弟たちも皆達成感に満ち溢れた表情を浮かべる。
背景がどんなに見る影もなく汚れてしまった台所であろうと、その表情の輝きは損なわれることはない。


「・・・絵師を・・・所望しますぞ・・・!」

「・・・とりあえずその涙か鼻水かわからない液体、拭いたら?」


だばだばと出る水分を感じながらこっそり見守っていた一期と燭台切は、再びこっそりとその場を離れてクリスマスパーティーの準備に戻る。
主役は上々。あとは、盛り上げ役の腕の見せ所、というやつだ。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
リクエスト:空様
「べに2〜3歳、粟田口の皆とクリスマスケーキ作ってサプライズパーティー」
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