愛し君のサプライズ


「あれ、べに。何をそんなに走り回ってるんだい?」

「ひみつよ、ひみつー。えへへー」


朝からぱたぱたと小さな足音が響きまわり、何やら甘い香りが鼻腔をくすぐる。
これほどわかりやすい“ひみつ”もそうないな、と優しく笑いながら、男士たちは各々がこっそりと台所の様子を窺ったり、さりげなく近くを通ったりして小さな主の奮闘を見守っていた。
かく言う鶴丸も縁側で温かい日差しを満喫しながらそれを穏やかに見守っているのだから、人のことは言えたものでもないのだが。


「やれやれ、驚きっていうのは、いかに下準備がばれないかが重要なんだぜ?これは是が非でも我が主のために、驚きの伝道師にならなくてはな」

「貴方の“驚き”とやらは似た手口ばかりで少々くどく感じます。もう少し変化を覚えられてはいかがですかな?」

「・・・言うじゃないか」

「弟たちは皆、一度は同じ手口で貴方に驚かされておりますので」


隣で素知らぬ顔をして茶を啜る一期は、弟たちを驚かせすぎたせいか他の男士に対するときに比べて若干当たりがきついように思う。
それもまぁ自分だけが知れた新しい一面と思えば、さしたる不満もないのだが。


「君はもういいのか?さっきまであんなにそわそわと立ったり座ったりしていたじゃないか」

「えぇ、べに様の御姿は、しかとこの目に収めさせていただきました」


意趣返しのようにつついてみても、さらりと躱されるのは人の身を得た時間の差か、はたまた生来の性格故か。
つまらん、と小さく鼻を鳴らして、「もーちょっと!すぐだからー」やら「いいこでまっててね?」やらと燭台切の口癖を真似るべにの声や足音に耳を澄ませた。
着実に準備が進んでいっているのが楽しくて仕方ないのか、べにはさっきから台所と広間を落ち着きなく何度も行ったり来たりしている。
歌仙と加州を中心にして本丸の男士全員で飾り付けた広間は赤・緑・白を中心に彩られていて、確かにこれは心くすぐられる、と自分まで頬が緩むのを感じた。
中ではすでに小さな宴会が始まっていて、まだ早い時間だというのにすでに酒の入っている者もいる。
いや、あいつらはいつもか・・・と苦笑しても、やはり本丸の全員が広間に集まっている理由はたった一つ。
皆、主役の登場を待ち望んでいるのだ。


「皆さん、お待たせいたしました!」

「おっ」


台所に通じる襖を開けた前田の、弾んだ声が聞こえてきて、待ってましたと腰を上げる。
勿論俺だけじゃない。立ち上がらない者もそわそわとした視線を前田に送っている。
そんな俺たちの動きを見て、得意気にこほん、とひとつ咳払いをした前田は、「では、どうぞ!」と襖を大きく開いて見せた。


「じゃーん!べに様と僕たちの合作、クリスマスケーキでーっす!」

「い、一生懸命、作りました・・・!」

「おぉ・・・!」


一期から言われていた。「見目はいいとは言えませんが」。
確かに、不格好ではある。何も知らない者が見たら、眉を顰めるような出来かもしれない。
けれど、この世に生を受けてからまだ2年と少ししか経っていないべにが一生懸命作ったのだと思うと、感動こそすれ、不満など出るはずもなかった。


「すごいじゃないかい、べに!皆で作ったのかい?」

「そうなの!がんばった!」

「流石です主。御年からこのような英気がおありとは、将来が楽しみですな」

「うん?うん!」

「長谷部、君は言葉が難しすぎるんだよ。べに君、美味しそうだね。・・・食べちゃってもいいかな?」

「うん!みんなでよ!」


わいのわいのケーキとべにたちに群がっていく男士たちに、べにの姿が見えなくなっていく。
これはケーキにありつけるのはしばらく後になりそうだな、と苦笑して少し離れたところで待っていれば、いくらもしないうちに小さい身体を活用して輪から抜け出したべにがぱたぱたと近付いてきた。


「ちゅるまー、ちゅるまー!」

「お?どうしたべに」


キラキラとどんな飾りにも劣らない瞳で見上げられて、視線を合わせるようにしゃがみこめば、むん!とその小さな胸を精一杯張って自慢げにしてみせる。
その仕草だけでキョトンとさせられるというのに、続けてべにの口から出た言葉に鶴丸の思考は一瞬完全に停止した。


「どーだ!おどったか?」

「・・・踊った?」

「お、おどろー、たか?おどろーたか!」

「お、驚いたか・・・?」


べにの言おうとしている言葉を理解した瞬間。
その場一面に、ブワァアと桜吹雪が舞い踊った。
たまたま近くを通りかかった和泉守が、「おいそこの季節外れ野郎」と迷惑そうに花びらを手で払う。

だがしかし君なぁ、これは・・・これは・・・!

確実に、昨日まではこんな言葉を言うそぶりはなかった。
どれだけ自分が「人生には驚きが必要なんだぜ」と言い聞かせても、キョトンとするばかりで大した手ごたえもなかったのに!


「普段驚かされてばかりですからね。たまには意趣返しを、と思いまして」

「・・・君の差し金か?中々やるじゃないか」


打ち震える身体を何とか抑えて顔を上げれば、してやったりな笑みを見せる一期。
完敗もいいところだ。こんな極上の驚き、そうそう体験できるものでもない。


「・・・特に、必死になって教えたわけではありませんよ」

「ん?」


さてどう褒めてやろうか、と思考を巡らせていると、一期がそっと言葉を続けたのが耳に入った。


「べに様は、すでにこの言葉を覚えておいででした。・・・鶴丸殿が口癖のようにおっしゃるので、使いどころがわからなかったのでしょう。・・・“相手がドキドキして、嬉しくなったときが好機”。そう伝えたら、とても嬉しそうに納得していましたよ」

「・・・君は時々、とんでもなく恥ずかしいことをさらりと言ってのけるな」

「おや、私はそうだと認識していましたが?」


思わぬ追撃に今度こそ撃沈すれば、やはり楽し気に笑う一期の声が耳をくすぐる。
一期の解釈は置いておくとして、つまり今、べには鶴丸が喜んでいるかを確認しようとしているのだ。


「ねーちゅるまー!おどろーた?お、おどろーたっ?」


まだうまく言えない様子のべにが、たどたどしく口を動かす。
それでも自分の口癖を一生懸命真似して言おうとする様子の、なんと愛らしいことか!


「あぁ、驚いた驚いた!まさかこんなサプライズパーティーになるとは、思ってもみなかったさ!」

「きゃーっ♪」


思い切り抱き上げて高い高いすれば、満面の笑みで最高の笑い声が広間に響く。
こんなに可愛い幼子が、俺の今の主。
これだから、驚きに満ちた刃生はやめられないぜ!


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
リクエスト:なえ様
「新しい言葉を覚えたべにと、可愛くて仕方ない男士」
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