自主練という名の


夏合宿、自主練時間。
第一体育館では、声だしこそ少ないものの、昼間と変わらない熱気が渦巻いていた。
サーブやアタックの練習が行われているコートで、各校のリベロたちが飛んでくるボールを華麗に捌く。
その中に、一般的なリベロにしては高身長かつレシーブの下手な男が2人、紛れ込んでいた。


「だからなー!こう、ボールの下にさっと入るだろ?したらスッて腕出して、ほんで来たボールをポンって・・・」

「えぅっ・・・!は、はいぃ・・・!!」


烏野のリベロ、西谷からの指導を受けつつも、まるで理解できないそれに半べそをかく大野。
それを呆れとも哀れみともいえない目で見つめるのが、音駒の大小コンビだ。


「すげー感覚論・・・」

「夜久さんってまだ教えるの上手いほうだったんスね・・・」

「追加百本行くか?リエーフ」

「ゴメンナサイ!」


余計なことを口走るリエーフにじろりと睨みを利かせて、夜久はもう一度烏野の二人に視線を向ける。
スジは、悪くないはずなんだ。
リエーフには劣るものの、身体能力だって低くはない・・・ように見える。
ただ、圧倒的な経験不足と指導者に問題があるだけで。
見た限り素直そうだし、教え甲斐あると思うんだがな、いや他校生が頼まれてもないのに口を出すのも・・・とウズウズしていると、別の場所でiPadを確認していた澤村が不意に顔を上げて声を出した。


「西谷!ちょっといいか?」

「あ、ウス!悪い、ちょっと行ってくるな!」

「は、はい・・・!」


突然一人残されることになった大野は、健気にも「さっと・・・スッと・・・ポン・・・!」と小さく呟きながら飛んでくるボールを捌こうと足を動かす。
けれど相変わらず全くセッターポジションに返らないそれに、夜久の我慢はあっさりと限界にたどり着いた。


「あー・・・大野っつったっけ?」

「はっひぃ・・・!?す、すみません・・・!?」

「いや、謝ることないけど・・・リエーフと一緒にでよければ、俺らとレシーブ練習してみるか?」


これで大野が渋ればそれまで、という覚悟で言ったのに。
涙が幕を張って零れ落ちるまで時間の問題・・・という呈だった大野の目が、一気に期待に満ちたキラキラとした目に変わって、夜久は逆に一歩後ろへ下がってしまった。


「ほっ、ほんとですか・・・!?えっ、い、いいんですか・・・!?」

「おー、ついでだついで」

「あ、ありがとうございます・・・!」


思った以上の食いつきに、大野自身にっちもさっちもいかない状況だと理解していたのだろうと悟る。
気になってるポイントだけ指摘したら、あとは自分で考えて何とかやっていきそうだな、と夜久がボールを拾う一方、リエーフが小さくガッツポーズを作った。


「やった!練習減る!」

「あ゛?」

「スミマセン!」

「っ・・・ひ・・・!」


小さく聞こえた言葉に夜久が般若の形相で振り返れば、運悪くそれを目撃してしまった大野の目からはとうとう涙が零れてしまったが。










ダン、ダダン!とボールのバウンドする音が響く中、「そうそう、今の感じだ!」と明るい声、そしてそれに続いて「はぃ・・・っ!」と控えめながらも掛け声が響く。
基本的なレシーブの形を整えることにした夜久と大野、リエーフは、コート脇で軽いボールを夜久の頭上に返すことを繰り返していた。
徐々にフォームが整っていく大野に、夜久の機嫌も上がっていく。
それに反比例するように繰り出されるアタックは強くなっていくのだから、大野とリエーフとしては喜んでばかりもいられないのだが。
バシン!と強いインパクト音と共に繰り出されたアタックがリエーフに向かい、上手く腕に当てられなかったリエーフが明後日の方向にボールを飛ばす。
「スンマセン!」とボールを拾いにいくのを見送ってから、夜久は大野に向けてレシーブの構えをして見せた。


「大野のレシーブは腰が高いのと、肩が引き気味なんだよなぁ。ステップも腰を低く。反復横とびとかで足腰鍛えるといいぞ。あと、腕は前に突き出すぐらいの気持ちで伸ばしてみ」

「は、はいっ・・・!ありがとうございます、夜久先輩・・・!」

「オウ!またリエーフしごくときは声かけてやるよ」

「ゲェッ!しごくとか・・・!勘弁してくださいよ!」

「ウルセェ!お前は大野以上にレシーブ駄目なんだよ!!」


ボールを手に戻ってきたリエーフの泣き言に喝を入れれば、「うげええ」と分かりやすく難色を示すリエーフ。
だから攻撃だけがバレーじゃねえんだって・・・!と小言を言おうとした夜久は、「ほ、い、いいんですか・・・っ!?」という大野の声にでかかった言葉を飲み込んだ。
振り返れば、リエーフと対照的に目を輝かせている大野。
リエーフもこれくらい可愛げがありゃあな、と若干烏野を羨ましく思ったことは言わないでおいてやろう。


「夜久先輩のアドバイス、すごくわかりやすくて・・・嬉しいですっ・・・!よ、宜しくお願いしま・・・っ」

「大野は俺とレシーブ練するんだ!」


大野の背後からにゅっと伸びてきた腕は、そのまま大野の首に回ってその身体を引き寄せる。
これまで数日の付き合いではあるものの、試合中に見せる熱さと静かさを兼ね備えた男の性格はとりあえず掴めた夜久。
その敵を見るような表情に、夜久は「あー・・・」と目を逸らすしかなかった。


「にっ、西谷先輩・・・!?」


首が絞まらないように慌てて身体を屈める大野を離すまいとしながらも、視線は夜久を睨んだままの西谷。
誰がどう動いたらいいかもわからない状況を、崩したのは意外なところだった。


「まぁまぁ西谷。合宿中は他のチームの選手に習うことも勉強だ。俺達は烏野に帰ってからじっくり教えられるからな」

「しゅ、主将・・・!?」

「合宿中は、大野のこと頼むな」


やけに“合宿中”を強調された言葉に、これは・・・と乾いた笑いを零す夜久。
レシーブをみっちり育ててやってくれ、と表面上の笑みの澤村。
その後ろでなにやら西谷はガルルル・・・と威嚇しているし、どうしてこうなった。


「いつも西谷にまかせっきりだったからな。帰ったら俺も大野のレシーブ練に付き合うぞ」

「えっ・・・で、でも主将達はシンクロ攻撃の練習が・・・」

「後輩の面倒も見れずに自分のことにかかりきりじゃ、主将とは言えないさ」

「主将・・・!あ、ありがとうございます・・・!じゃ、じゃあ・・・無理なくでいいので、宜しくお願いします・・・!」


ぱぁっと顔を明るくした大野に、普通の笑顔で返す澤村。
「続きだ、大野!」と鼻息荒くコートに入っていく西谷に、音駒組にペコリと頭を下げてから慌てて続く大野。


「・・・第三体育館、行くか」

「・・・ウス」


置いていかれた感の拭えない二人は、目を見合わせると揃ってため息を付いた。


『大野は、俺達の仲間だからな!』


それは、誰もが言いたくて、言えなかった言葉。


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リクエスト:水城様、アユム様、匿名様
「へなちょこが夜久(他校の先輩)に懐く、モヤモヤする烏野」
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