身体を動かして


「サーブ練習始めー!」

「うぃーす!」


午前ラストのサーブ練の始まりは、同時に静かなポジション争奪戦の始まりだ。
サーブは特に一人ひとり決まった場所があるわけではないけれど、なんとなく好みのポジションはそれぞれにある。
かといって絶対にそこでないといけないわけではないし、気分の問題かもしれないのだけど。
そんなわけで日向がちりばめられたボールを拾っていつもの場所を振り返ったとき、そこには既に先輩が立っていて、日向は少し残念な気分で「じゃあ今日は違うところで打たなきゃな、」と体育館の中を見渡した。
そこで目に付いたのが、一番人の少ない場所に小走りで向かっている大野の後姿。
日向は特に何を考えるでもなく、その背中を追ってサーブポジションについた。


「さっ来ォーい!!」

「―――いきます」


西谷先輩の掛け声に応えるようないつもの声。
けれどいつもより近くで聞こえる声と、間近を走り抜けていくジャンプサーブに思わず目を奪われた日向は、考えるよりも早く「スゲー!」と声を上げていた。


「相変わらずすげえ威力だなー大野のサーブ!」


「あれ狙ったんだよな!?」とコートの隅にあったボールにぶつかってはじけた様子を見て、半ば期待も込めてそう聞く。
驚いて振り返った大野は、そんな日向のキラキラした瞳に気圧されて「ぁ・・・い、一応・・・」とか細い声で応えた。
期待通りの反応に、改めてすごいと思うのと同時に、日向の中に負けてらんねぇ!と闘争心が湧く。
おれも!と勢い込んでサーブを打てば、しかし気持ちばかり先走ったせいでしっかり手に当たらず。
へろへろと頼りない軌道のボールは、あっさりとネットに引っかかった。


「・・・・・・」

「・・・そ、そういうことも、あるよ・・・!ぇと・・・つ、次、頑張ろ・・・?」


一部始終を見てしまっていた大野からのフォローも、あんなにすごいサーブを見てしまった後ではどこか空しい。
大野は上手いのになぁ・・・と悔しい思いを感じながら小さく唸ると、日向は未だおろおろと手を彷徨わせている大野を軽く見上げた。


「大野って、何でそんなにいろんな種類のサーブ打てるんだ?」


ぼやきと言うよりは本当に純粋な疑問で、日向が普段からわりとよく気になっていることだ。
多分一番バレー暦が長い影山でもドライブサーブに絞って強化しているのに、大野はサーブに関してはオールマイティに平均以上。
けどそれ以外のところは平均・・・下手すると、それ以下のところもある。
得意不得意で済ませるにはなんだかすごく偏って見えるそれを疑問に思っているのは、何も日向に限ったことではなかった。
近くで練習している月島や菅原、澤村はサーブに集中しているふりでちゃっかり聞き耳を立てていたが、日向に経緯を説明するために一生懸命首を捻っている大野がそれに気付くことはない。
向こうからのサーブで飛んできたボールを反射的に受け止めながら、大野は困ったように首を捻った。


「え、と・・・ち、小さいときからずっと、サーブばっかり打ってたから、かなぁ・・・」

「小さいときから?」

「ん・・・と・・・、小学校のときから、おいちゃんのところに遊びに行ってたんだけど、その、・・・サーブしか、してなくて」

「?サーブ練習に力入れてるチームだったのか?」

「う、ううん。え、っと・・・おいちゃんのチーム、その頃まだ人数少なくて・・・コートに六人入ると、ボール出しする人、いないくらいで・・・」

「・・・??」

「ぼ、僕まだ小さかったから、レギュラーじゃなくて・・・っ、え、えっと・・・えっと・・・!」


一向に納得した様子を見せない日向に、徐々に大野の焦りが募る。
上手く伝わらない感覚に大野がだんだんパニックになってきて、あまり関係ないように思えることまで話し始めたところで、黙って聞いていた月島が見かねて声をかけた。


「大野、一旦落ち着きなよ」

「ぅ・・・ご、ごめん・・・」


落ち込む大野と未だ首を捻る日向に、月島は呆れたため息を付く。
確かに大野は言葉足らずだったかもしれないが、別に全く検討はずれのことを言っていたわけでもないのだ。


「つまり、大野はそのチームでボール出し代わりにサーブを打ってたってこと?」

「・・・!そ、そう!投げても届かなかったから、打て、って・・・!」

「へー・・・!んじゃあ、それで一杯打ってるうちに種類増えてったのか?」


月島の代弁にコクコクと何度も首を縦に振る大野を見て、日向もようやく納得顔になる。
その様子にほっと一息ついたのもつかの間、続けざまに投げかけられた質問に大野は慌てて視線をうろつかせた。


「う、うーん・・・そう、なのかなぁ・・・。その頃は、“もっと取りにくい球よこせ!”ってずっと怒られてたから・・・」

「まあ所詮小学生のサーブなんて、成人にとっちゃチャンスボールだよね」

「う、うん・・・ネットインは得意だったんだけど、そればっかりやってても拾われるし・・・」


自分のサーブ練習をしながらのそっけないものではあったが、月島の同意を得て大野の声が少し力を取り戻す。
話しているうちに記憶も蘇ってきたのか、自分に確認するように軽くうんうんと頷いた大野は小さく笑みを浮かべた。


「見かねた他の人たちがいろんなサーブ、教えてくれるようになった、んだ」


最初はドライブサーブっぽい感じだったんだけど、やっぱり威力がないからフローターはどうだってなって・・・と記憶を掘り起こしながら少し楽しそうに話をする大野に、遠くで聞いているだけだった澤村が呆れたような感心したようなため息を漏らす。


「大野は珍しい環境で育ってきたんだな・・・」

「基礎すっとばしてサーブか・・・。ある意味英才教育だべ」

「そっ・・・!?っ・・・!」


続いた菅原の発言が耳に入り、慌てて首をぷるぷると横に振る。
英才教育なんてそんな大それたものではない、自分は英才教育なんて受けてない、英才教育を受けた人間が自分程度の人間になるはずがない。
言うに言えないそれらの言葉が喉に詰まる感覚に、大野はただ必死に首を横に振るしかない。
そんな必死の訴えは主将副主将には笑って交わされ、月島には呆れたため息で流された。
ただ、日向だけは。


「やっぱり上手い奴って、小さい頃からずっとやってきてるのか・・・?」


心ここにあらずな声に驚いて振り返れば、目のあった日向がはっと我に返って「あ、えーと」と慌てる。
どうやら無意識に口から出たらしい言葉は、どこか不安気な響きを含んでいて。
それは日向が中学からバレーを始めたことを、他の仲間より遅かったことを、気にしているんだろうということが感じられて。


「あ、・・・ぅ・・・」

「ゴメン!今のナシ!!」

「っ・・・」


言おうか、どうしようかとまごついているうちに日向に手を振られてしまい、言葉を飲み込む大野。
気を紛らわせるようにサーブ練を再開させた日向は、どこか空元気を見せているようにも見えて。
言おうか、でも、タイミングが・・・とチラチラと日向を気にしつつも声を掛けることのできない大野に、三度、月島のため息が届いた。


「・・・言いたいことがあるなら、さっさと言っておけば?」

「ぅえ・・・っぅ・・・」


こうなると、大野にとっては前門の虎、後門の狼だ。
心を落ち着ける意味も込めてサーブを打ち、意を決して息を吸い込んだ。


「ぁ、・・・あ、あの・・・ひ、日向、君・・・」

「?」

「僕みたいなのに、こんなこと言われても・・・説得力ない、かも、だけど・・・」


拾ったボールをもぞもぞと両手で転がしながら、大野は視線を彷徨わせる。
大野の雰囲気に何かを察した日向が、体ごと振り返って大野をじっと見つめてきて。
真っ直ぐに見つめてくるその目の強さに耐え切れなくてボールに目を落とせば、少しだけ、サーブを打つ前のように心が落ち着くのを感じた。


「・・・日向君は身体を操るセンスがある・・・って、影山君にも言われてた、よね・・・?どんなスポーツでも、そのセンスって、重要だと思うし・・・どんなスポーツやってても、磨けるものだと、思うんだ。だ、だからその・・・日向君が小さい頃は別のスポーツをやってても、今の日向君に、マイナスになってることは、ない・・・と思うし・・・。いつか、別のスポーツで培ってきた力が、発揮されるときも、くる・・・ん、じゃ、・・・な、ない、かな・・・」


「せ、説教くさくて、ごめん・・・」としおしおと縮こまる大野に、月島の白い目が向けられる。
あまりに自信のない言い方は、逆にそんなことあるはずがないと受け取ってしまいかねないものになる。
大野の言葉が逆効果になるんじゃないか、と口には出さずとも危惧していた月島の考えは。


「・・・そういえば、おれの友達、サッカー部だったんだけど。試合に助っ人してもらったら、足でレシーブしてた」

「そ、そんな感じ・・・」

「おれ、よく野球してた。たくさん走ったし、周り見ながら次どこに投げるのかとか、たくさん考えた。・・・あ!それに、動体視力は、どんなスポーツでも大切だって前言ってた!」

「う、うん・・・!」

「バレー以外のスポーツも、バレーのためになってんだな!」

「きっと、そうだよ・・・!」


日向にかかれば、それはあっさりと杞憂に終わったようだった。
馬鹿らしい、と月島がサーブ練習に戻れば、苦笑した菅原が「二人共、そろそろ練習戻るべ?」と声を掛ける。
慌てて手に持っていたボールを打ち、次のボールを拾い、と練習に戻ったけれど、数本打っただけで澤村から「集合ー!」の掛け声がかかってしまった。
仕方なくボールを片付けてから並んでコーチの下へ走りながら、大野は申し訳ない感覚で顔を伏せる。
貴重なサーブ練習の時間を、無駄話で終わらせてしまった。
そんな自責の念が胸中をぐるぐると回り、ただ集合することだけに意識を向ける。


「・・・でも、そういう力をバレーで発揮するためには、やっぱりバレーの練習しないとな」

「っ・・・あ、・・・」


隣から聞こえてくる声に、やっぱり練習中に話すんじゃなかった、と思って謝ろうと顔を上げる。


「大野、一緒にサーブ練してこうぜ!」

「・・・!」


けれどそこにあったのは太陽のような笑顔と、どこまでも前向きでストイックなバレーへの情熱で。


「・・・うん!」


日向なら、やっぱり余計なこと言わなくてもよかったかな、と先ほどまでとはまた違った感覚で思いながら、大野は顔を上げる。

練習は大事。
けど、それ以外にも大切なものは沢山あって、それらもやっぱり大切にしていきたいな、と。
改めて、思う。


=〇=〇=〇=〇=〇=
リクエスト:雪様
「へなちょこのサーブが多くなった経緯の説明」
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