だって悔しいんです


録画が終わってプツッ、と真っ暗になった画面に、4人の男の顔が映る。
それぞれがなんとも言えない顔をしているのは、普段自分たちが見慣れたのとまるで違う姿の大野が、つい今しがたまでそこに映っていたからだ。


「「「「・・・・・・・・・」」」」

「・・・っ・・・っ・・・!」


大野の「ごめんなさい」は、録画が始まって早々に月島の「ちょっと黙っててくれる」に封じられていた。
何を言うこともできず、ただ青い顔で正座する大野の横で、澤村がビデオの電源を落としながら気持ちは分からんでもないが、と苦笑する。
このビデオに映っていた動き、それは烏野ではできないんだから、気にする性質の大野が申し訳なく思わないわけがないのだ。


「・・・とまぁ、こんな感じだったわけだが」

「・・・おーい?生きてるか?」

「・・・あっ、えっと・・・」


未だ呆然とした様子の山口が、慌てたように顔を上げる。
実際に見てきた三年生達は、それも仕方ないよな、と心中を察した。
何度も「これだよな?」と背番号と顔を確認しないと本当にそれが大野であるという自信がもてなくなるくらい、全然動きが違うのだ。


「や、やっぱり慣れたところだと、動きやすいんですね」


ちょっとびっくりしました、と山口が困ったように言う。
その横で、月島が顔を隠すように眼鏡の位置を直した。


「・・・小さい頃からそこでやってたんなら、連携ぐらいできて当然じゃないですか」

「まぁなぁ」

「所詮俺達は、会ってまだ3ヶ月ちょっとだしな」

「・・・・・・」

「(納得できないんならそう言えばいいのに)」


素直じゃない月島にしょうがないな、と菅原の口から苦笑が漏れる。
少なからず動揺している山口と、理解はできても納得はできない月島。
こっちの二人の反応は、まあ予想通りといえば予想通りだった。
けど、と未だ微動だにしない変人コンビにチラリと視線を落とす。
予想よりもずっと静か、というより、真っ暗な画面を未だ何か映っているかのようにじっと見据える二人に、旭と菅原が根負けして声をかけた。


「・・・お、おーい?」

「もうビデオは終わったぞ?」

「「・・・・・・」」

「・・・おい、日向、影山?」


それでも反応する気配のない二人に、澤村が訝しげに声をかける。
先にピクリと反応を返したのは、影山のほうだった。


「ぅする・・・」

「え?」

「どうする・・・サインを大野にも見せて、ブロックフォローしやすいように・・・いや、そうすると相手も大野の居る位置を警戒するし、そうなるとそこを囮にして・・・でもそしたら大野のブロックフォローが・・・」

「か、影山・・・」


堰を切ったようにぶつぶつと思考を口から垂れ流し始めた影山に、異様な空気を感じて三年生たちが周囲から一歩遠ざかる。
けれどはっと顔を上げた影山は、ばっと三年生を振り返ると慌てて弁解のように言い募りはじめた。


「っどんな武器でも使いこなしてみせます!コート全体を把握して、大野がこれぐらい動けるようにして・・・!」

「お、おいおい、無茶言うなって!日向を使いこなしてるだけでも影山はよくやってるよ!」

「けど・・・!」


悔しそうに唇をかみ締める影山は、菅原の言葉にも納得した様子は見せない。
そして続いた言葉には、菅原も口を噤むしかなかった。


「・・・こんな、戦力を使えてなかったなんて・・・!」


影山は、天才ではあるけれど、及川のようにどんな選手でも100%の力を発揮させることのできるセッターではない。
けれど武器を知れば、それを使いこなす圧倒的実力は備えていて。
武器を使うことすらも、長年の積み重ねを経てしか手にすることのできない菅原にとっては、その言葉にどう返していいかもわからないのだ。


「・・・さっき月島も言ってたけど」


黙り込んでしまった菅原に代わって、澤村が口を開く。


「俺達とは年季が違うんだ。日向も大野も、一筋縄でいく武器じゃないんだから、じっくり癖を分析していかないと」


それにかかりきりで他の武器が使えなくなるのは困るぞ、と。
そう示唆する澤村に、唸りつつもコクンと頷く影山。
何とか解決しそうな様子に内心で澤村に感謝しつつ、菅原はもう一人に視線を落とす。
そしてそのまま、こっちの方が大変そうだ、と小さくため息を漏らした。


「・・・日向?」


控えめに声をかければ、かすかに反応はするものの顔を上げる気配がない。
旭と顔を見合わせていると、「・・・おれ、」とひどく沈んだ声が聞こえてきて再び視線を落とした。


「・・・おれ、影山がいないと、このチームでレギュラーやってないと思います」

「え・・・」

「まぁ、変人速攻がなければ、他は二年の先輩のほうが上手いよね」

「月島!」


遠慮のない月島の物言いに流石に声を荒げても、当の本人は何処吹く風。
それどころか、隣で縮こまっている大野の方が肩をびくつかせてしまった。
けれど、耳にはいっていないのか、言い返せないのか。


「・・・大野も、おんなじなのかなって、ちょっと思いました」


月島の言葉に反応することなく続けた日向の言葉には、誰も言い返せなかった。


「大野にとってのチームとの呼吸・・・みたいなのが、おれにとっての影山のトスで・・・。それがないと、力が発揮できないのは、おれも大野も同じで・・・」


日向の膝の上に置かれていた拳が、ぎゅ、と強く握りこまれる。
大野の次に涙もろい日向だから、泣いているのかと思ったけど・・・伏せた顔から、雫は落ちてこなかった。


「・・・おれ、悔しい・・・です。おれには影山がいるのに、大野の呼吸はこのチームにしかなくて・・・烏野での大野の呼吸に、なってやれないのが・・・」


それはきっと、このビデオを見た誰もが多かれ少なかれ思ったこと。
日向がはっきりとした言葉にしたことでそれを自覚してしまえばもう、後は悔しさが募るだけだ。
“呼吸”になんか、なれやしない。
わかってはいても、“できるところ”を見てしまえば、それと片付けることができなくて。
誰も何も言うことができなくて、部室にいた全員が重たい沈黙に沈んだ。
ただ、一人を除いては。


「・・・は、話しても、いい・・・?」

「・・・何で僕に許可を求めるの」


大野が見上げた先は、眉間に深く皺を寄せた月島。
その表情に「ひっ、」と小さく息を飲んだ大野は、すぐさま視線を自分の膝へと落とした。


「さ、さっき、しゃべるなって・・・言われた、から・・・ご、ごめん・・・」

「はぁ・・・勝手にすれば」


面倒くさい、と隠しもしない雰囲気を感じ取って、「ごめん・・・、」ともう一度謝った大野は、今度は恐る恐る横に視線を滑らせる。
こちらは顔を伏せたままの、日向に視線を合わせると、大野は何度か息を吸い込んで、それからようやく声を発した。


「あ、あの・・・日向、君・・・僕、ここでバレーやるの、楽しい、よ・・・?」


大野の言葉に、日向が小さく反応する。
けれど上がらない顔に、大野は焦ったように視線を揺らした。


「た、確かに向こうとこっちじゃ動きは違うけど、す、少しずつ、な、慣れて・・・少しは、慣れて・・・たっ、たまには、上手くいくように、なってきたし・・・」

「いやハードル下げすぎだべ」


菅原が思わず突っ込みを入れてしまうほど自信薄な発言に、毎度のことながら月島がため息を漏らす。
まぁ、大野が「できる」と言うことなんて、サーブに関することぐらいなわけで。
それでもこうして「やれるようになってきている」と言えるということは、わずかながらでも、大野にとって手ごたえがつかめてきているということで。
それを知っている日向の顔が徐々に上がるのも、無理ないという話しで。


「ぼ、僕も、頑張るから・・・呼吸、覚えていく、から・・・」


相変わらずどう締めくくっていいのかわからないらしい大野が「その・・・」と言葉を濁したところで、澤村が空気を変えるように頭をかく。


「・・・まぁ、こればっかりは天才が一人いれば済む話でもないしなぁ」

「大野ができるだけ早く俺達に馴染めるように、しっかりコミュニケーションとっていかないとな?」


ダメ押しとばかりに菅原がイタズラっぽく日向に言えば、日向の目に完全に光が戻って。


「・・・!オス!大野、帰り坂ノ下寄っていくぞ!!」

「!テメェ日向ボゲェ!フライングすんな!」

「ぅえ・・・っ!?」

「ちょっと何コレ。まさか僕らも一緒にいく流れなの?」

「ま、まぁまぁツッキー。たまにはいいじゃん!」

「あ、あんまりぐいぐい行き過ぎるなよ・・・?」


善は急げとばかりに帰り支度を始める一年生たちに、同じ小心者として旭が心ばかりのストッパーをかけるも、果たして効力はいかがなものか。
「お疲れっした!」と台風のように去っていった一年生たちに、残された三年は顔を見合わせて苦笑するしかなかった。


「・・・あの一年の中なら、大野も息、していけるんじゃないか?」

「あんまり心配しなくてもよさそうだな」

「ほ、ほんとに大丈夫かな・・・」


若干一名の不安はさらりと流され。
外に出ても賑やかな一年生たちに、「あまり騒ぐなよー」と口先だけの注意を促すのであった。


=〇=〇=〇=〇=〇=
リクエスト:月影久遠様、素様
「へなちょこの試合ビデオを見た一年の反応」
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