話してみれば、


「・・・お、」


昼休み、トイレに行った帰り道を腹ごなしもかねてのんびり歩いていると、明らかに許容量オーバーしているノートの山を抱えてふらふらと歩く頼りない背中を見つけた。
見覚えのある猫背具合に、特に急ぐわけでもないし、と少し足を速めてその人物に声をかける。


「大野、それ、手伝おうか?」

「!?あ・・・え、縁下先輩・・・?いっ!いえ・・・!だ、大丈夫、です・・・っ!」


行き先は、おそらく職員室だろう。
別にそう遠いわけではないけど、大丈夫ですと言う大野の顔は前を向いたままで。
こちらを振り返る余裕もないんだということがわかってしまえば、ますますほっとくわけにはいかなくなってしまった。


「・・・大丈夫そうに見えないから声かけたんだけどな」

「ぅ・・・っ」


あえて意地悪く言えば、言葉につまる大野。
足取りが重くなった隙をついてノートを半分ほど奪い取れば、「ぁ・・・っ!」と少し慌てたような声が聞こえてきたけれど。
そ知らぬ顔で先を歩き始めれば、慌てて付いてきた大野が「すっ、・・・すみません・・・ありがとう、ございます」と今度こそこちらに顔を向けていってきたから、「うん、」と笑顔で頷いてやった。


「日直か何か?誰かに手伝ってもらえばよかったのに」

「当番のもうひとりが、今日、休みで・・・大丈夫かな、と、思って・・・」


この分だと、掛けられた声も遠慮して一人で持ってきたんだろう。
相変わらず気を遣いすぎなその性分に、出そうなため息をなんとか飲み込んだ。
ここでそこは遠慮しなくていいんだ、手伝ってもらえと説得しても、大野は恐縮するだけだろうし。
「そっかぁ、」と無難な相槌を打っておいて、別の話題を探しながら職員室までの道のりを歩く。
こういう沈黙は短い距離でも一気に気まずくなるから、早めに何か話さないとな。
話題、話題・・・と部活のことを思い出していると、恐縮した大野の姿からふっと田中の姿が思い浮かんだ。
そういえば、西谷はどうにかこうにか話題を見つけて話せるようになったけど(そのたびにビクビクされているけど)、田中は未だに大したこと話してないんだっけ。
というか、田中が話しかけて大野が「ひっ、」って言ってるのよく見かける。
まぁ、どうやら初対面でメンチ切ったらしいから、自業自得っちゃそうなんだけど。
・・・仕方ない、話題ついでに少し、フォローしといてやるか。


「大野、最近よく西谷とレシーブ練習してるみたいだけど、どう?」

「あっ、はい、えと、よ、よく、してくれて、ます・・・」


会話の取っ掛かりに、と西谷の話を持ち出してみたけれど、まあいっそ見事なまでに泳ぎまくる視線。
自分に言い聞かせるように小さく何度も頷く大野に、思わず「あー・・・」と遠い目をしてしまった。
こりゃ、西谷のほうもフォローがいりそうだ。


「・・・まぁ、アイツ教えるの向いてないしな」

「そ、そんなことは・・・」


「あ、そういえば大野この間田中にサーブ教えたんだって?わかりやすかったって喜んでたぞ」

「そっ、そんな・・・!」


ノートを落としそうな勢いでそんなそんなと首を振る大野に少し笑って、自分もノートを抱えなおす。
同学年の馬鹿二人を思い浮かべれば、叫んでいる姿か「潔子さぁん!」とハートを乱舞させている姿か、馬鹿みたいなことを真面目な顔して話してる姿くらいしか出てこないけど。


「田中も西谷も、勢いばっかの馬鹿だけど、悪い奴じゃないからさ」


ただ、全力なんだ。
何をするにも手を抜くことを知らないから、不器用に一直線なんだけど。


「ま、仲良くしてやってよ」


まるで保護者にでもなったかのような気分で大野に頼む。
黙って話を聞いていた大野は、珍しくこちらから視線を逸らさなくて。
じっと見つめられる感覚に、逆にこっちが身じろぎしてしまった。


「・・・大野?」

「・・・あっ、いえ・・・そういうふうに言えるのって、すごいなぁと思って・・・」


そういうふう?と首をかしげてみても、「いえ、その・・・」と言葉を濁す大野。
そしてそのまま眉をハの字にさせると、しょぼんと軽く俯いた。


「・・・わかっては、いるんです・・・。悪い人じゃない、ってことは・・・」


小声で「ただ、その、ちょっと・・・ぼ、僕に意気地がないせいで・・・」とほぼ独り言のように続ける大野に、まあ低いハードルじゃないよな、と半ば諦め気味に苦笑する。
原因は田中にも西谷にもあるんだし、まぁ本人たちに頑張って・・・いやいや、頑張りすぎないようにとでも助言しておくかな、と思考をめぐらせた。


「・・・でも、縁下先輩がそう言うなら・・・」


けれど、思ってもみなかった言葉で続いた大野の声に、くっと目を開いてそちらを見る。


「僕、頑張ってみます、ね」


眉は八の字。自信なさ気な猫背。
けれど、かすかな笑顔とかち合う視線に、大野の気持ちが読み取れて。


「・・・ああ、ありがとな」


二つの意味を込めて伝えた感謝は、丁度職員室前にたどり着いたこともあって「いえ、こちらこそ・・・重ね重ね、ありがとうございました、」とペコリと頭を下げて返された。
職員室の中にふらふらと入っていく背中を見送って、自分の教室に戻りながら思う。
まぁ、こんな立ち居地も悪くない、ってね。









その日の放課後、「大野から話しかけてくれた!!」と男泣きする田中にドン引きして、「っぼく・・・っ、やっぱり余計なこと、しないほうが・・・っ!」と号泣する大野にまたフォローをする羽目になったときは、ちょっと本気で考えたけど。


=〇=〇=〇=〇=〇=
リクエスト:伊代様
「へなちょこと縁下との絡み」
back