怖い、話


なんでこんなことになったんだか。
それは、電気の消えた第三体育館の中、円になって座る5人のうち3人が共通して思っていることだった。


「じゃあまずは俺からな!」

「おー頼むぜ?」


残りの二人は、おそらく大して考えていないのが一人と、そんな反応すらも楽しんでいるのが一人。
先輩後輩、主将部員という体育会系ならではの逆らえない関係に、逃げられない状況を思って赤葦と月島はそろってため息をついた。
ことの始まりは、そろそろ上がるかと片づけをして体育館の電気を消したとき。
真っ暗になった体育館を覗き込んで、黒尾が「何か出そうだな」と呟いたのを木兎が聞きつけたことだった。
「いいな!やろうぜ怪談!」とノリノリで拾った木兎に待ったをかける体力が残っているものもおらず、流れに飲まれて電気の消えた体育館に再び足を踏み入れたというわけだ。
そんな場合わせの状況で懐中電灯やまして蝋燭なんてあるはずもなく、ただ窓からかすかに漏れ入る電灯の光が5人を淡く照らす。
それだけでどこか日常とは違った空気が浮かび上がってくるようで、誰かの喉がゴクリと鳴ったのが妙に耳に響いた。


「俺の友達が海に行ったときの話なんだけどよー。そいつカメラ好きで、そのときも海の風景撮りに行ったんだと!」

「雰囲気ゼロですね」

「木兎だからな」


しかし、意気揚々と始まった語りに、肩透かしを食らったかのような感覚で無意識に入っていた身体の力を抜く。
まぁ別にプロの語りを求めるわけでもなし、と4人は黙って話の続きを待った。


「崖のある海だったんだけど、ふとそこの上見たら、いかにも“自殺します!”って人が立っててよー。そいつ、思わず写真撮ったんだって。そしたら次の瞬間マジで飛び込んだの!ヤベーよな!!」

「ソーデスネ」

「・・・・・・そ、それで・・・?」

「とりあえず警察呼んだりって色々してから家に帰って、そいつ、写真の現像してみたんだけど」


ふと、木兎の声が止まる。
ぼんやりと(一人真剣に)話を聞いていた全員の視線が、おのずと木兎に集まった。
その表情は、普段の彼らしくない、全くの無表情。
「ヘイヘーイ!」と高らかに叫ぶ彼の、聞いたこともないような平坦な声。
普段の彼を最もよく知る赤葦の目が、く、と見開かれた。


「・・・海から、崖の上に立ってる人に向かって、数え切れねぇくらいの白い手が伸びてたんだ」


それはまるで、誘うように。
一緒になろうと、甘美な声で。


「落ちる瞬間の写真なんて、その人の姿が見えなくなるくらい、その白い手が体中に巻きついてて」


仲間になるなら、逃さぬと。
捕らえた獲物を、確実にこちらに引き込めるように。


「しかも」


もはや何処を見ているのかわからなかった木兎の目が、不意に前を向く。
ひたりと見据えられた月島は、ビクリとその長身を跳ねさせた。

それをからかうことも、せず

木兎はその腕を、ゆっくりと


月島に向けて、伸ばした。


「・・・そのうちの数本は、こっちに向かって、伸びてたんだと」




キミ モ イッショ ニ ナロウ ?




「・・・・・・」


奇妙な沈黙が、場を支配する。
誰も声を出すことができない中、ふと小さく自慢気な笑い声が響く。


「どうだ?結構イケるだろ」

「・・・驚きました。木兎さん、怪談話上手かったんですね」


詰めていた息を吐き出しながら、赤葦が。


「行き成り声のトーン落とすとかやるじゃねーか。上級者か」


何かを誤魔化すように体勢を変えながら、黒尾が。


「・・・僕の知ってる話とラストが少し違いましたけど。オリジナルですか?」


ずれた眼鏡を直しながら、少しぶっきらぼうに月島が。
それぞれが感想をこぼす中、ほぅ、と大野がついた安堵のため息が小さく耳に届いた。
トップバッターでこの雰囲気を作り出せたのなら、十分に成功だろう。
木兎はふふんと得意げに鼻を鳴らすと、左隣の黒尾に水を向けた。


「まぁな!ほら、次は黒尾の番だぜ」

「俺か。なら・・・」


話題を振られて、少し思い出すようなそぶりを見せる黒尾。
そしてそのまま、す、と表情を消した。


「俺が中学のときの話をしようか」


果たして、音駒の策略家は一体どんな話をしてくるのか。
4人の期待と不安が、それぞれの息を潜ませる。
そんな表情をぐるりと見渡した黒尾は、少し視線を落とすと平坦な声で話し始めた。


「友達の家に遊びに行ったんだが、そいつの家がマンションの5階でな。エレベーターが付いてるから、それに乗ったんだ。空のエレベーターに一人乗り込んで5階のボタンを押して、ドアが閉まって上がり始めると、8階のボタンが点いた。あぁ、誰かが8階で乗るんだな、って思った次の瞬間、俺は全部の階のボタンを押してエレベーターが止まった瞬間飛び降りたんだ」

「・・・?」

「意味、わからねえのか?」

「さっぱりわからん」


訥々と語られた内容は、どこか首を傾げるもので。
何故それが怖い話なのかわからない、と木兎が先陣を切って不満を漏らした。


「なんでだよ。エレベーターのボタンは、内側から押さないと光らないんだぞ」


それは、つまり。
黒尾しか乗っていないはずのエレベーターに、もうひとり 誰か が、乗っていたということで。


「・・・あ」

「・・・うわ、」

「うわあああ!なんだそれ!怖ぇ!!わかると怖ぇ!!」


堰を切った騒ぎ出す木兎に、してやったりといわんばかりに黒尾がニヤリとほくそ笑む。
他の面々も、じわりと這い寄ってくる恐怖に表情を固くした。


「そっち方面から来ましたか・・・」

「ふははは。これでエレベーターに乗るときはもう、ボタンを見てられねえぞ」

「「やめてください」」


地味に後から思い出しそうな内容に、赤葦と月島がピシャリと突っぱねる。
癖のある怪談話は、これだから厄介だ。
こそこそと身を寄せ合い始めた木兎と大野が視界の端に映って、そこに混ざりたいと絶対に口に出さず、行動にも移さないことをこっそりと思う。

あと三人。

これが終わったら、皆で風呂に入って、電気のついているうちに寝てしまおうと画策した。


=〇=〇=〇=〇=〇=
後半に続く
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