怖い、   。


「ほら、次は誰だ?」


先輩二人の怪談が終わり、向けられる期待の眼差しに後輩達は顔を見合わせる。
特に乗り気でもない三人が、自分から手を挙げるはずもなくて。
一瞬のアイコンタクトの後、一学年先輩という立場の赤葦ははぁ、とため息をついた。


「・・・俺、ですかね」

「お!赤葦かぁ!ドンと来い!」

「何ですかそれ・・・でも、俺はそんなに怪談話とか得意なほうじゃないんで」


一言断って、何かを考えるように少し顔を伏せる赤葦に、他4人の視線が集中する。
そして顔を上げた赤葦の表情は、普段となんら変わらないもので。
それなのに、丁度光の具合で顔の半分が影になり、普段の無表情が妙に恐ろしく感じた。


「この学校の、七不思議でも話しますね」

「うわ、来たよ地元民的ホラー」

「なんだそれ赤葦俺聞いたことねえぞ!!」

「木兎さんは黙っててください」


雰囲気をぶち壊しにかかる木兎をピシャリと黙らせると、一拍の静寂の後赤葦が淡々と話し始めた。


「定番なのが、音楽室のピアノが夜中勝手に鳴り出すとか、階段が一段増えてるとか、そういうのなんですけど。・・・この第三体育館にも、ひとつあるって話を聞いたんですよね」


トントン、と床を人差し指で叩く音が、やけに耳に響く。


「昔、ここができたばかりの頃。部活中に心臓発作を起こしてそのまま死んでしまった生徒がいたそうです。その人は部活が大好きで、いつも遅くまで残って練習してたそうなんですけど・・・今でも、その人の霊が、残って練習してるんだとか」


チラリとその視線が体育館の中に向く。
つられて思わずそちらを見れば、昼間の活気はどこへいってしまったのかと思うような、ほの暗い闇。
外からの光が届かない場所には、濃い闇がまるで膝を抱えて蹲っているような。


「・・・はは、まさか。だって俺、いつも残って練習してるけど、そんなの見たこと・・・」

「俺、いつも片づけをしっかりしてくださいって言いますよね?」

「お、おう・・・」

「暗くなった体育館の中、ボールが一つでも残ってると・・・」


不意に赤葦がすい、と視線を体育館の脇にずらす。
そこには、片付けそこねていたボールが、一つ。


「・・・それで練習しようと、現れるんです」

「うわああああ!!」

「うわっ、うるせぇよ木兎!」

「赤葦ぃいいい!!俺、俺!ちゃんと片付けるから!!残さないよう気をつけるから!!」

「そうしてください」


けろっとして木兎に返事をする赤葦に、木兎以外の面子が若干感心したような表情を見せる。
赤葦はおそらく、この話を教訓として木兎に聞かせたのだろうということがわかったのだ。


「梟谷の参謀は策略家だな」

「黒尾さんに言われたくないです。次は・・・」

「・・・流れ的に僕ですか」


はぁ、と嫌そうにため息をついたのは月島。
丁度円に座っている状態で時計回りに話が振られてきたから、順当に行けばその通りだ。
特に大野を先にする理由もないし、怖くなってきたし、と後者の理由が大きい木兎が月島をせっついた。


「は、早く終わらせようぜ!俺腹減ってきた!」

「言いだしっぺお前だろ!」

「じゃあ、さっさと終わらせましょうか。木兎さん、」

「なんだよ!?」





「さっきからあなたの後ろにいる人、誰ですか?」




「・・・・・・・・・」


後ろに、いる、人?
体育館の中には、この5人しか、いなかった、はず。
後ろを振り向くことができない木兎に代わるように、黒尾がゆっくりと、首を動かして。


「・・・・・・っ!?おま、」

「うわああああ!?何!?誰!?」

「・・・・・・」

「赤葦何とか言って!俺の後ろに誰がいるの!?」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「ヤメテ!言おうかどうしようかみたいなその空気やめろって!!」


完全にパニックになって、振り返るどころかろくに動くこともできない木兎が必死に騒ぐ。
神妙な顔で目を見合わせた黒尾と赤葦は、小さく頷き合うと木兎に向かって言い放った。


「誰もいませんよ」

「は!?・・・・・・は?」

「だから、誰もいませんって」

「・・・は!?えじゃあ黒尾お前なに見たんだよ!?」

「すげー汗だなぁって思って」

「てめえええええ!!!!!」


いけしゃあしゃあと言い退ける黒尾に、木兎が半泣きで掴みかかる。
それを笑って受け流す黒尾の後ろで、月島も嫌味な笑みを浮かべていた。


「言いだしっぺが一番ビビッてるっていうのも笑っちゃいますね」

「うるせぇ!お前らよってたかってひでえぞ!!」

「はいはい。じゃあ大野で最後だよね?」

「あ・・・うん・・・」


ぎゃんぎゃんと騒ぐ木兎を軽くいなすと、月島はくるりと大野に目を向ける。
もう暫く声を聞いていなかった気がしたけれど、おずおずと姿勢を正した大野は木兎よりもよっぽど落ち着いているように見えた。


「おー、締めにいいの頼むぜ」

「大野は優しいからな!俺だけが怖いとかそういうのないだろ!」

「木兎さんうるさいですよ」

「・・・何でもいいからさっさと終わらせてくれる」

「えっと・・・ぼ、僕もあんまり話が上手くないので・・・」


大野らしい前置きを一つして、「すみません、」と意味なく謝罪の言葉を漏らして。
それからようやく、大野は思い出すように視線をゆらゆらと漂わせた。


「友達に、教えてもらったんですけど・・・夜、高いところから下を覗き込んじゃ、駄目なんですって」

「・・・?」

「え、何で?」

「引きずり落とされるから、って」

「・・・え」

「でも、呼ぶんですって。下を覗きたくなるように、いろんな方法で」




「チリーン・・・・・・、




チリーン・・・・・・って・・・



鈴のような音だったり、お母さんの声で名前を呼んでみたり。不思議な光を、灯してみたり」





「でも、絶対に覗き込んじゃ駄目なんです。でも、どうしても見たくなったら、鏡を使えって言ってました」


「か、がみ・・・?」


「向こうのものを映すから、って」


訥々と、朗々と。

語る。語られる。

けれど、大野は。




こんなに、すらすらと話せる奴だっただろうか?


「僕、一回試してみたんです。音が、聞こえたから」





チリーン・・・・・・・・・



チリーン・・・・・・・・・


どこからか、小さく高く、けれど低く、不思議な鈴の音が聞こえてくる。
音の出所を確かめたい、のに。
身体が、ぴくりとも動かせなくて。


「部屋にあった手鏡を持って、ベランダから、腕を外に」






ガラガラガラっ!




「「「「・・・っ!?」」」」

「なにしてるんですかー?」


突然の轟音に、全員の身体が大きく跳ねる。
けれど続いて聞こえてきた声は、二人には馴染みの深く、残りの三人には合宿中に何度か聞いた声で。


「もう食堂閉まっちゃいますよ?」


梟谷のマネージャーが体育館の扉を開けて、蛍光灯の光を浴びながら体育館の中へ顔を覗き込ませていた。


「!!もう終わり!解散!」

「大野の話途中だぜ」

「もういい!」

「ごめんね、勝手な人で」

「え?い、いえ・・・」

「・・・・・・」


その雰囲気が、いつもの大野に戻っていることに、気付いたのは何人か。
どこか現実に戻ってきた気分で、転び出るように体育館を後にする。
ガラガラと大きな音を立てながら扉を閉めていると、梟谷のマネージャーが首をかしげた。


「ところで、あんな暗いところで何してたんですか?」

「あー、怪談話をちょっとね・・・」

「へー。それにしては随分賑やかでしたね?」

「・・・へ?」


ガシャン、とドアが締め切られて、真っ暗になった第三体育館の中。


一つ、残されたままのボールが、コロリ、と。



風もないのに、ゆっくりと転がっていった。


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リクエスト:ルラキ様、匿名様
「へなちょこで第三体育館組と怪談」
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