意外でもない、新事実


ガコン、と落ちてきた紙パックジュースを、腰を屈めて拾い上げる。
特に普段から飲むわけじゃないけど、たまに気分を変えて飲むことがあるぐんぐん牛乳。
弁当を食べたらなんだか無性に飲みたくなったそれを手に、早く教室に戻って飲もうと後ろを振り返った。
そこには、俺達も飲みたい!と言ってここまで買いに来るのに付き合ってくれた、田中と西谷がいる、はずだったんだけど。


「・・・あれ?」


いない。
忽然と姿を消している二人に、あれ、一緒に来たよな?と思わず首を傾げてしまった。
どこいったんだ?と辺りをぐるりと見渡せば、建物の向こう側をこそこそと覗いている後姿。
また何を・・・と呆れた気分で近づいて声をかけた。


「・・・おい?」

「しっ!」

「・・・なんだよ?」


キツイ表情で静かにのポーズをとられて、思わずこちらも声を潜める。
あれ見ろ、と指で指されて、田中たちと似たような姿勢で建物の向こう側を覗きこんだ。
見ろたって・・・この先は第二体育館くらいしかないのに・・・と徐々に首を伸ばしていくと。


「・・・大野?」


少し離れた場所に、気の弱い後輩が立っているのが見えた。
こちらに背を向けて誰かと話している様子に、もう少し首を伸ばしてみる。
さほど離れていない場所。大野と向かい合う場所に、一人。
女の子が、立っていた。


「告白現場だ・・・!」


西谷の熱のこもった言葉に、ああそれで、と二人の奇行にようやく納得がいく。
そっと見てみぬふりなんて、二人には無理な話だろうし。
でもだからって俺まで巻き込むなよ、と思いつつも、好奇心には逆らえずそこから視線が離せない。
向こうの声が聞こえない距離なんだから、こちらが声を潜める必要はあまりない気もするけど、何となく息を潜めて様子を見守る。
女の子は既に告白を終えたのか、じっと大野の反応を伺っていて。
当の大野はというと、言葉を探すように何かを言いかけてはやめ、と落ちつかなげに顔を動かしていて。
それでも、少しすると俯いたまま、何かを話し始めた。
そしてすぐ、腰を折って頭を下げる。
はっきりした内容までは聞き取れなくても、大野が謝っているように、聞こえて。


「・・・断った、のか・・・?」


西谷の言葉に、やっぱりそうだったんだ、と少し意外に思う。
受けると思っていたわけではないけど、すぐに断るとは思っていなかったのだ。
悲しげな表情の女の子が、引き結んでいた唇を無理やり笑みの形に変え、緩く首を振る。
頭を上げた大野に微笑みかけて何かを言うと、大野が頷いたのを見て、もう一度笑みを浮かべ。
そのまま手を振って向こう側に去っていくのを大野が見送ったのを確認して、三人で顔を見合わせるとそっとその場から離れた。


「大野のやつ、贅沢な・・・!」

「贅沢って・・・」


なんとも言えない気分で教室に向かう道すがら、さっきの光景を思い出す。
言葉に迷っている様子はあったけど、割とすぐに返された断りの返事。
大野がもし付き合うこととかについて何も考えていなかったら、もう少し悩むんじゃないだろうか?
それとも、元々彼女は作らないと決めていた、とか?
・・・いや、それは一高校生男児としてどうなんだ。


「・・・何か、馴れてる感じだったよな」


田中がぼそりと呟いた言葉が妙にしっくりきて、なるほど、と一人ごちる。
そうか、何回も繰り返して慣れてれば、大野がそこまで時間をかけずに返事ができたのも納得がいく。
けどさ。慣れてるってつまり。


「もしかして、大野って結構場数踏んでるのか・・・?」


思わず呟いてしまった言葉にはっとして口を塞いでも、覆水盆に返らず。
かっと目を見開いてこちらを見てくる二対の瞳に、心の中で「すまん、大野・・・」と謝罪の念を送った。










「・・・ってことがあったんだよ」

「・・・それでこの無駄な集会が開かれたんですか」

「無駄とはなんだ月島!重要なギ題だぞ!」

「バレー関係ないじゃないですか」


はぁ、とあからさまにため息をつく月島に田中が噛み付くが、それも何処吹く風。
それでも「帰ってもいいですか」とか言い出さない辺り、月島も大野と山口に関しては割と分かりやすい奴だと思う。


「ていうか議くらい漢字で書けって前も言ったよな」


前も似たような内容でこうして集められて、そのとき言った言葉を思い出す。
学習してないな・・・なんて、これまでに何度思ったことか。
聞こえるように言ったつもりだった小言は、けれど都合のいい耳には届かなかったようで。
「『大野はモテるのか』・・・?」と日向が議題を読み上げたことで、話題はそちらへと移っていった。


「そうだ!もしかしたらこれまで何度か女性からの告白を受けているのかもしれん!」


だとしたら・・・!と怒りに震える田中に、そんなんだからモテないんだよ、という言葉はとりあえず言わないでおく。
一応、気になるっちゃ気になるしな。
同学年のやつらなら何か知ってるかも、と視線を向けた先では、一年生たちが顔を見合わせて首を傾げていた。
その向こうでは、三年生も一年の様子を見て苦笑している。


「でも俺達、部活での大野の姿しか知らないんですけど・・・」

「クラス違うから、女子と話してる様子とか知りません」

「サーブのときの大野とかかっこいいだろ!」

「でも別に、わざわざここまで女子が見に来てるなんてこともないべ?」

「まぁ、頼りになるとは思うけど・・・西谷とかの頼りになる感じとはまた違うしな」

「西谷さんはモテないですし、つまりはそういうことなんじゃないですか?」

「んだと月島ァ!!」


喧々囂々と交わされる言葉は、一体どう収集がつくのか。
部室に予備のテーピングを取りに行った大野が帰ってくるまでに終わるのか?これ。
そんな心配をしながら様子を見ていると、ずっと首を捻って考え込んでいた日向が不意に「あっ!」と大声を出した。


「っ!?な、何だよ日向・・・驚かすなって」

「あ、ごめんなさい」

「・・・で?何かあったんじゃないのか?」

「!あの、谷地さんに聞いてみればいいんじゃないですか!?」


クラス同じだし、女の子だし!と割とまともなことを言う日向に、失礼だけど少し感心する。
確かにこうして男ばかりが集まって話すより、ずっと実情に近い答えが聞けそうだ。
他のメンバーもなるほど、と納得の色を見せ、日向は自分の意見が通ったことに得意げな表情を見せる。
そしてなんともタイミング悪く、丁度備品点検を終わらせたらしい谷地さんが、部室から出てきて。
勢いのついた日向が「あっじゃあおれ聞いてきますね!」とぴょんと立ち上がったのを、止めることは考えなかった。
実際、この状況を手っ取り早く終わらせるのにはそれがいいのかもな、と思っていたし。


「谷地さーん」

「?日向?」

「谷地さんってさ、大野のこと好き?」


ただ、日向の聞き方がどうにも可笑しかった。
ボンッと顔を真っ赤にした谷地さんは、「ファッ!?」と奇声を上げるとバサバサと手に持っていたノートを床に落っことして。
慌ててフォローに向かえば、隣にいた旭さんが釣られるように追いかけてきたのが分かった。


「馬鹿日向!違うだろ!」

「え?」

「ごめんな、やっちゃん。別にやっちゃんの好きな人を聞いてるんじゃなくて・・・」


どう言ったものか、と頭を捻らせながらノートを拾うために腰を屈める。
素直に「大野がモテるのか気になります」なんて、とてもじゃないけど言えないし。


「谷地さん、とりあえずノート・・・」


一先ずノートを渡そうと見上げると、下を向いた谷地さんの真っ赤になった顔が、ばっちりと見えてしまった。


「ぬぉっ・・・!」

「「(ぬぉっ?)」」

「おっ・・・大野君に思いを寄せているおなごは大勢おりますゆえぇ・・・!!」


谷地さんはそう言うと、「ノートありがとうございましたぁ!」と言い残して脱兎の如く走り去っていってしまった。
その背中を見送りながら、「(もしかして・・・)」と何かを察したのは何人いただろう。
開け放しにされた扉から谷地さんが飛び出していって、なんとも言えない空気が体育館の中に漂う。
少しすると入れ替わるように大野が暗い表情で体育館へ戻ってきて、田中は慌ててホワイトボードに書いてあった議題を消した。


「大野、遅かったな・・・って、どうした?」

「・・・僕、谷地さんに、何かしてしまったんでしょうか・・・」

「え?」

「・・・今、すれ違ったんですけど・・・悲鳴上げて、逃げちゃって・・・」


追いかけるのも、どうかと思って・・・とずーんと暗雲を背にする大野に、「あー・・・」と全員で顔を見合わせる。
結局なんで大野がモテるのかはわからなかったけど、まあ。
頭良くて、スポーツもそれなりにできて、気弱も言い換えれば思いやりに溢れる性格なら。
モテるのも、当然なんじゃないかなと思うわけだ。


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リクエスト:茨様、くる様
「へなちょこが女子に告白されているところを見たバレー部たち」
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