もっと仲良くなりたくて


「え?名前呼び?」

「ッス!」


部活終わりに田中と西谷に呼び止められたかと思えば、内容はそんなことだった。
「大野のやつ中々打ち解けねーから、まずは形からと思って!」と熱を入れて話す西谷に苦笑して、でも言ってることはあながち的外れでもないな、と考える。


「名前呼びかぁ〜」


確かにこいつらは清水のこともいつの間にか“潔子さん”と呼ぶようになっていたし、実際それからは(結果はどうであれ)相対しても声を掛けることができるようになってきていたし。


「まぁ、いいんじゃないか?」

「ほどほどにな」


言おうと喉下まで出掛かっていたことを、大地と旭が分担して言ってくれた。
皆考えることは同じだな。
苦笑しながら頷けば、三年生全員からお許しが出たからか、二人の顔がぱぁっと明るくなる。
・・・ほんとに、やりすぎなきゃいいんだけど。


「ッス!じゃあこれから早速―――」

「田中ー、西谷ー、ちょっと手伝ってくれー」

「「・・・・・・」」

「うわぁ・・・」


二人の表情が、天から地へと叩き落される様を一部始終見てしまった。
すごいタイミングで声をかけた縁下は、二人が静かに縁下のもとへ向かってきたことに首を傾げていたけど、その表情を見て何かを察したらしい。
苦笑して「悪い、」といいながら二人を引き連れて部室のほうへ向かうのを、何となく三人で見送った。
二人に声を掛けられるまでも雑談してただけだから、おのずと次の話題は二人が落として行ったものになる。


「・・・名前呼びかぁ。考えたことなかったな」

「え、そうか?俺はよく考えるけど・・・」

「大方どれぐらいで名前呼びに変えていいのかわからなくなる感じだろ」

「うっ・・・!」


案の情の反応を見せる旭に、「普通に呼べばいいのに」と呆れてみせる。
「その普通がわかんないんだよ・・・!」と情けない顔で言う旭は、ほんとに大野と張るくらいへなちょこだよな。
いや、大野が来るまでは旭がへなちょこNo.1だったんだけど。


「・・・なら、俺達でやってみるか」

「「え?」」


何かを考えていた大地が、顔を上げてそう言う。
二人でそろって大地を振り返れば、大地はニッと楽しそうな笑顔を見せた。


「名前呼び。田中たちより、俺達で一度耐性をつけておいたほうがいいだろう?」

「・・・なるほどなぁ」

「た、たしかに・・・」

「よし、なら早速行ってみるぞ」


かくして、珍しく乗り気な大地の指揮の下。
大野の・・・いや、圭吾の名前呼び大作戦が始まった。






〜Lesson.1 大地の場合〜

まずは言いだしっぺ、ということで、大地が圭吾に近づいていく。
向こうを向いてボールを片付けている圭吾は気付いていないようで、大地は普段のように軽い調子で声をかけた。


「圭吾、」


ただ、名前呼びにしただけだったんだけど。


「っ!!!?!?!?!?」


・・・今圭吾、何センチ飛び上がった?


「・・・はっ、・・・はい・・・」


振り返ることもせずに硬い声で返事をする圭吾の緊張は、おそらくゲージを振り切っているんだろう。
これは・・・予想以上にハードル高かったか?
圭吾の反応に少し固まっていた大地は、気を取り直したように普段どおりに話し始めた。


「・・・えーとな。次のサーブ練、俺もカット練に入らせてもらうからさ。大野、サーブ俺狙ってもらえるか?」


けど、呼び方が名字呼びに戻っていて、旭と二人で首をかしげた。
思わず普段の呼び方がでちゃったんかな?


「っ・・・あっ・・・?っは、はい・・・?わ、わかりました」


圭吾も名前で呼ばれたのは勘違いだとでも思ったのか、慌てて振り返ると不思議そうな顔をしながらも頷く。
あっさりと背中を向けて戻ってきた大地に声をかけようとして・・・


「(おぉ・・・落ち込んでる・・・)」


ずーんと効果音が付きそうなほど暗雲を背負っている大地に、軽く声を掛けるのが思わず戸惑われた。
どう声をかけようかと考えていれば、大地がこちらにたどり着くほうが早くて。


「・・・俺、大野に嫌われてるのか・・・?」

「!?大地がネガティブになってどうするよ!」


まるで旭のようなネガティブ発言にネガティブ退散!退散!と腹にチョップを入れれば、「う・・・スマン」と頭をかく大地。
しょうがないなぁ、と未だ若干挙動不審な圭吾に目を向けて、二番手としてその背中に近づいていった。






〜Lesson.2 孝支の場合〜

「圭吾〜」

「ひゃいっ!?」

「ははっ、なんて声出してんだよ〜」


さっきので予想できた反応に、できるだけ圭吾の気が楽になるように笑って返す。
けれど、圭吾の焦りっぷりは予想以上だったみたいだ。


「ごっ、ごめんなさ・・・!しゅみ、すみませ・・・っ!!ぼっ僕、何かしてしま・・・っ!?」

「え!?いやいや、違うって!ただ何となく呼び方変えてみようかな〜って」

「ぼ、僕何か先輩に、嫌な思いを・・・っ!?」

「どうしてそうなるんだよ〜。・・・あ、もしかして名前呼ばれるの嫌い?」


あまりの反応に、もしかして・・・と一つの可能性を示唆すれば、けれど圭吾はぶんぶんと首を左右に大きく振ってみせた。


「っそ、そんなことは・・・!ただ、慣れてなくて・・・」

「そうなんか〜。ま、たまに呼ぶことあるかもだから、慣れていけよな〜」

「は、はい・・・」


じゃあな、と軽く手を振って二人の下へ戻れば、軽い拍手が贈られた。


「さすがだな、スガ」

「スムーズにこれからのことまで・・・」

「いやー緊張した!」

「「あれで!?」」


大きく息を吐き出しながら本心を言ったのに、思い切り疑われてちょっと不満を表情に浮かべる。


「だって俺、結局声かけた内容言い忘れたべ?」

「・・・そういわれてみると」

「今度激辛麻婆豆腐食べに行かないかって誘おうと思ってたのにな〜」

「・・・大野、助かったな・・・」


何気に失礼なことを言う旭の腹に拳をお見舞いすれば、「ぐふっ」といい反応を返してくれた。






〜Lesson.3 旭の場合〜

じゃあ最後は旭な!と背中を押せば、不安気な顔をしながらもおずおずと圭吾の方に歩みを進める旭。
大地と二人、どこか保護者的な気分でその背中を見守った。


「あ・・・え、えーと・・・けっ・・・圭吾・・・?」

「っ・・・あ、東峰先輩・・・」

「え、えっと・・・」


流石に三人目ともなれば圭吾も慣れるのか、じっと旭のほうを見て次の言葉を待っている。
けれど、旭の方が問題だったみたいだ。
名前を呼んで話しかけることばかりに気がいって、どうやら何を話すか考えていなかった模様。
「えーと、う・・・」とうだうだしていたかと思えば、最終的に選んだ言葉が。


「い、・・・きょ、今日もいい天気だな・・・?」

「(もう夜だべ!?)」


思わず心中でそう突っ込んだけど、当然聞こえるはずもなく。
奇妙な沈黙が二人の間に流れてて、これはフォローに入るべきかとちょっと足を動かした。
けどその足は、圭吾が珍しく、小さく楽しげに笑ったことで、動かなくなる。
そして続いた言葉に、体中の動きが一瞬止まったのを感じた。


「・・・そうですね、・・・旭先輩」


・・・・・・名前、呼び、・・・だと・・・?


「あ、の・・・僕、・・・お、お先失礼します・・・!」


顔を伏せて隣を走り抜けていく大野にはっとなって振り返っても、大野の背中はもう呼び止めるには遠いところまで行っていて。
でも通り過ぎるとき、大野の顔が赤く染まっていたのがちらりと見えた。


「・・・大地」

「・・・ああ」


大地と頷きあって、魂が抜けている旭のところに二人で向かう。
とりあえず今は、旭の胸倉を掴むところから始めようと思う。


=〇=〇=〇=〇=〇=
リクエスト:鳩美様
「へなちょこと先輩方のほのぼの系」
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