ダイサンタイイクカンコワイ


「・・・おや?」


第三体育館の外を通りがかる影に、真っ先に気付いたのは赤葦だった。


「おやおや?」

「おやおやおや?」

「ひっ・・・!?」


その声につられて外を見た木兎と黒尾のからかうような声と、外から中に視線を向けた大野の視線がかち合う。
三人の視線が集中していることに驚いた大野が軽く悲鳴を上げる一方で、その反応にイタズラ心が擽られるのが黒尾だった。
汗を拭きながら入り口に近づくと、大野も立ち去るわけには行かなくなったようにその場で固まる。


「誰かと思えば、烏野のスーパーサーバー君じゃないですか」

「もう上がりか?」

「あ、えと」


援護射撃のように木兎が黒尾の肩に肘を掛けて続ければ、大野は手に持ったタオルとスマホに視線を落とし、黒尾たちを見、とオロオロと顔を動かす。
それは早く部屋に行きたがっているようにも見えて、これは是が非でも付き合ってもらわねぇとな、と黒尾の中の何かに火がついた。


「待て待て、夜はまだ始まったばかりじゃないか。ここで俺と一緒にブロックの練習でもしていかないか?」

「名案じゃねえか黒尾!レシーブもいいが、前衛でも使える選手にならねぇとな!」

「・・・もうちょっと言い方考えたらどうですか」


木兎の歯に絹を着せない言い方に、赤葦が眉間に皺を寄せる。
ただでさえ先輩に囲まれているというこの状況、小心者の大野が平常心でいられるはずないのに・・・と赤葦が視線を向ければ、案の定蛍光灯の光に照らされているのもあって、顔色が真っ白に見える。
「っ・・・は、はぃ・・・っ」と蚊の鳴くような声でタオルとスマホを抱きしめる大野は、第三者が見たら上級生にいびられているようにしか見えないだろう。


「気にしなくていいよ、大野。どうせ深く考えてなんかいないから」

「で、でも・・・っ」

「おいおい心外だな赤葦ィ!俺達はへなちょこ君のことを思ってだなぁ!」

「それ、暴言です」

「っ・・・っ・・・!」


完全に萎縮してしまって言葉も出ない大野は、いい加減限界だろう。
これは本格的に逃げさせないとな、と赤葦が思うのと、主将コンビが決め手を放つのとは、ほぼ同時だった。


「前衛をちびちゃんやメガネ君に取られてばっかじゃ、そのうちお役御免だな?メンバーチェンジだって無限じゃねえし」

「もっと強気にいかねえと!今のまんまじゃレギュラーの座は遠いぞ!」

「・・・は、ぅう゛っ・・・っえ、ぇ・・・っ!!」

「「!?」」


ボロリ、と大野の目から大粒の涙が零れて、予想だにしていなかった事態に二人して大きく身体を跳ねさせる。
慌ててフォローを入れようとした主将達だったが。


「・・・木兎さん」

「・・・クロ」

「「!!??」」


ユラリ、と背後で立ち上がった気配と、大野の後ろから聞こえてきた声に、主将達は一瞬でピシリと背中を伸ばすことになった。
振り返ることのできない木兎が固まる一方、黒尾はどうあがいても視界に入る存在にギギギ、と首を向ける。
袖口で涙を拭う大野の背後から姿を現したのは、見慣れたプリン頭。


「け、研磨・・・部屋に戻ったんじゃ」

「・・・忘れ物、取りに来たんだけど」


チラ、と大野の手元を見て、スッと手を差し出す孤爪。


「ありがと、持ってこようとしてくれてたんだね」

「あ、ご、ごめ、さい・・・っ!ぼ、僕なんかが、余計なこと・・・っ!!」

「ううん、助かった。お陰で第一まで行かずに済んだし」


孤爪にしては柔らかい表情で大野を見上げて、おずおずとタオルとスマホを渡した大野が再び涙を拭こうと顔を伏せると。


「「!!」」


同一人物とは思えないほど、鋭い視線を主将達によこしてみせた。
思わず竦みあがった二人を少しの間睨むと、その視線をすいと横にずらして。


「・・・二人共、ちょっと来てもらっていいですか」

「「!!?」」


その視線を受け取った赤葦は、絶対零度の声色で主将達に声をかけるのであった。


「ご、誤解だ赤葦!俺はへなちょこ君のことを思って・・・!」

「黙ってろバカ木兎!!」

「話は、」


ヒヤリと背中に氷を落とされたような感覚に、思わず口を噤む。
できればこの場から立ち去ってしまいたい思いを感じながら、二人が赤葦に目を向ければ。



「そこに正座してもらってからです」

「「・・・・・・」」



孤爪に劣らない冷え切った視線の赤葦に顎をしゃくられた主将達には、逃げるという選択肢は残っていなかった。










「・・・ごめんね、うちの馬鹿が」

「そっ、っ、そんなこと、な゛っ、ないんでぇ、っす・・・っ・・・ぼ、僕がしっかり、し、しっかりしてないから、駄目で・・・っ!」


体育館の入り口に腰をかけた孤爪が、同じく腰掛けた大野にそっと声をかける。
それは同じ高校のメンバーが見たら驚くくらい気遣いに溢れたものだったが、生憎この場でそれがわかる唯一の人間は絶賛正座で後輩から説教を受けている真っ最中でそれどころではない。
どう声をかけたものか、と逡巡した孤爪は、グスグスと鼻をすする大野を横目で見て小首をかしげた。


「・・・ねぇ、圭吾はよく頑張ってると思うよ。そんなに自分を追い詰めなくてもいいんじゃない?」

「でっ、でも・・・!ぜ、前衛でやっ、役に立ってない、のっ、じ、事実、ですし・・・っ!!」


何を言っても伝わらない様子に、孤爪は聞こえないように小さくため息を付く。
こういうの、得意じゃないんだけどな・・・と思いながらもこの場を離れられないのは、幼馴染の尻拭いをしなければという小さな使命感と、忘れ物に気付いて持ってきてくれようとした大野に対する、純粋な好意。
それから、普段から大野の自信のなさに首を傾げていたというかすかな不満からだった。


「・・・癖のある選手でも、使いこなしてこそのチームメイクなんじゃないの」

「っ・・・ぇ・・・?」


方向が変わったように思える言葉に、大野が真っ赤になった目で孤爪を見上げる。
かちあった視線に思わず目を逸らしながら、わかりやすいように、と説明を加えた。


「パーティの能力値は平坦でも、偏ってても使えない。得意分野をある程度作らないと、ボスは倒せないんだよ」

「そ、それは・・・RPGの話ですか・・・?」

「・・・割と応用利くと思うけど。大野をどう使うかは、コーチ次第」


いまいち手ごたえのない反応に、いい例えだと思ったんだけどな、と眉を寄せる。
思うようにいかないな、と孤爪が他の言葉をぼんやり探していると、大野がおずおずと首をかしげて聞いてきた。


「僕、みたいなのでも、使える・・・とこ、ありますか・・・?」

「大野は二週目キャラ」

「!?」

「癖は強いけど、攻撃力はチート並・・・パーティに入れておけば絶対有利なタイプだと思う」


一発で殺されるHPしかないけど、後方からの魔法攻撃が絶大な威力を誇るタイプだ。
俺だったら接近タイプの後ろに控えさせておいて、最初に敵のHP減らすのに使うけどな、と孤爪が考えていると、ぽかんとしていた大野の表情が徐々に緩んでいき。


「・・・ふふっ」

「?」


漏れた吐息のような笑い声に孤爪が視線を向ければ、顔に赤味が残る大野の笑顔が。
その赤味はきっと、泣いたからだけではなく。


「じゃあ、せめて防御力を高めておかないと、ですね」

「・・・わかってるね」


今度、オススメのRPGでも持ってきてあげよう・・・かな。










「研磨がお兄ちゃんしてる、だと・・・!?」

「クロ、反省が足りてないみたいだね?」

「スミマセンデシタ」

「!?」


=〇=〇=〇=〇=〇=
リクエスト:梗雨様、雪印様、匿名様
「へなちょこが木兎・黒尾にマジ泣きさせられ、赤葦・研磨に助けてもらう」
back