大王様の求めるもの
高校に入って、初めての公式戦。
足を踏み入れた体育館は、中学までとは選手の身体の大きさやスパイクの音がまるで違う。
普通なら萎縮してしまうようなその状況だけど、正直今はそれどころじゃないんだ。
会場内を見渡して目当ての姿が見当たらないことを悟ると、岩ちゃんに断って足早に外へと向かう。
いるはずなんだ。絶対。
どこに、と落ち着きなく建物の中を歩き回って、中庭に出て。
そこでようやく見つけた、少し大きくなった背中に思わず走り出してしまった。
「圭吾ちゃーん!久しぶり!」
驚いたように振り返ったその男は、トスの練習に使っていたボールを受け止めると、振り返って目を丸くさせた。
それから少し怒ったように、けれど絶対嬉しそうな様子を含ませて苦笑する。
あぁ、俺がこうやって呼んだとき、いつもしてた表情だ。
「お前は相変わらず・・・俺を先輩だと思ってないだろ?」
「やだなぁ、親しみを込めて呼んでるんだよ☆」
「・・・年下で敬語を使わないの、お前くらいだよ」
“仕方ないな”って表情は、去年の全中以来だけど全く変わっていない。
高校入って何か変わったかと思ったけど、なにも変わらないその感じに自分の表情が綻ぶのを感じた。
「当然だとは思ってたけど。やっぱりお前もバレー続けたんだな」
「当たり前じゃん!圭吾ちゃんとの決着、ついてないしね〜」
「セッター同士で決着も何もないだろうに・・・」
北川第一と圭吾の居た中学は実力が拮抗していて、互いに一歩も譲らない試合ができる良いライバル関係だ。
その中で学年こそ違えど、同じセッターとして圭吾とは何度も対戦し、勝って、負けてきた。
口に出したことはないし、圭吾に確認したこともないけど。
お互いに認め合える、いいライバル関係が築けているんじゃないかと思う。
圭吾の学年が一つ上だから、俺が中3の全中に圭吾はいなかったし、どこの高校に進学したかも知らなかったけど。
絶対バレー続けてると思ったから、このIH予選で会えるって、確信してたんだよね!
「あ、そうだ。そういえば圭吾はどこに進学したの?」
「何だ、知らなかったのか?」
「だってここで会えるってわかってたからさ♪」
会ったら聞かなきゃっては思ってたんだ。
特にお互いの連絡先を知ってるわけでもないから、電話やメールで聞くこともできないし。
進学先がわかれば、監督にかけあってそことの練習試合を増やすこともできるかもしれないし!
そんなこっちのルンルン気分が伝わったのか、「暢気なやつだな・・・」と半ば感心するように呟いた圭吾が、「俺は、」と学校名を告げようとする。
けれどそれは、突然割り込んできた声に妨げられた。
「圭吾さん」
その声の持ち主が、声だけでわかってしまう。
学校名を今か今かと待っていた心が、スッと冷えるのを感じた。
・・・なんで君が圭吾に声をかけるんだよ。
酷い邪魔が入った気分で、建物の中から現れた牛島をぎろりと睨む。
けれどそんな八つ当たりにまるで気付く様子のない牛島に、驚く様子もなく圭吾が振り返って。
「若、」
「ミーティングが始まります」
「わかった、すぐ行く」
そのまま当然のように言葉を交わす様子に、思わず「・・・え?」と声が喉を突いた。
「?・・・及川か」
その「今気付きました」って反応も、ホンットムカツクんだけど。
それよりも今、重要なのは。
「え、ちょっと待ってよ。ウシワカちゃん?・・・圭吾ちゃん、まさか・・・」
「・・・あぁ」
ベンチに引っ掛けてあったジャージを、拾い上げて着込む圭吾。
嫌な色だったから、わざわざ視界に入れないようにしてたのに。
その色に包まれる圭吾が、嫌味なくらい馴染んでて。
「白鳥沢だよ」
特に溜めるわけでもなくそう言う圭吾に、ちょっとは気、遣ってよ、なんて無理なことを言いたくなった。
「・・・ふぅ〜ん・・・」
「?徹?」
面白くない。
そんな思いがモロに声に出て、圭吾が不思議そうな顔をする。
「別に」と口先だけで誤魔化そうにも、いつもの笑みを作ることができなかった。
「・・・二人共レギュラーなの?」
「まぁ、一応な」
「・・・トス、ウシワカちゃんに上げてるんだ」
「・・・まぁ、コイツは優秀なスパイカーだからな」
「・・・・・・ふぅ〜ん」
確かに、白鳥沢は強豪だから、圭吾に推薦が来ても可笑しくはない。
けど、もやもやとした感情が重くのしかかってくるのは止められなかった。
明らかに不貞腐れた俺を見て、圭吾が片眉を上げる。
それから少し首を傾げるように考える仕草をすると、牛島を振り返って片手を上げた。
「悪い若、主将に遅れるって伝えてくれ」
「・・・・・・・・・」
「・・・トス10本追加で」
「わかりました」
あっさりと背中を向けた牛島に、また複雑な感情が胸を過ぎる。
そういうのよくやってるの?とか、別に聞く必要もないことを聞きたくなった。
牛島の背中が建物の中に消えていったのを見計らって、圭吾に視線を戻す。
腕を組んでじっとこちらを見てくる視線は、“言いたいことを言え”というサインだって、知ってる。
それからは逃れられないってことも知ってるから、仕方なくこの言葉にならないもやもやした感じを取り除けそうな言葉を探した。
「・・・ウシワカちゃんに無茶なトス要求されてない?」
「なんだそれ。スパイカーに合わせてこそのセッターだろ」
「・・・そうなんだけど」
そういうんじゃなくて。
ただ、ちょっと牛島が打ちにくいトスを上げてないかなって、無駄な期待をしただけで。
次の言葉を出せない俺に、圭吾は小さくため息をつく。
「・・・若は素直ないいやつだよ。お前みたいにひねくれてなくてな」
「ちょっとなにそれ!」
「どうせ、俺が強力な武器手に入れたから、負ける可能性が高くなって、それが嫌なんだろ?」
「うぐっ・・・!」
違う、けど。
でもそれを説明することもできなくて、勘違いに乗っかるように声を出した。
「俺はお前ほどセッターとしての実力・・・周りの力を引き出す力はないからな。より良い武器を手に入れるしかないんだよ」
「・・・実力がなきゃ白鳥沢でレギュラーなんてできないでしょ」
「たまたまだろ」
そうは言うけど、圭吾のトス、ゲームメイクの力は本物だ。
だからこそ、それを参考に力をつけてきたのだし。
圭吾のトスとゲームメイクが、白鳥沢の・・・牛島のために使われる。
一言で言えば“気に食わない”組み合わせ。
「・・・弱小校に行けばよかったのに」
「おい今なんつったー」
そうすれば、圭吾の率いるチームと、力ずくじゃない、頭を使ったせめぎ合いの試合ができたのに。
越えたい壁だったものが、一気に手の届かないところに行ってしまったような気が、して。
「お前は青葉城西だろ?順当に行けば、今日当たるな。去年の練習試合みたいな情けないマネするんじゃねえぞ?」
まだ試合をしたわけでもないのに悔しさで一杯になっていた頭に、圭吾の言葉がじわりと浸透する。
その言葉を数秒掛けて理解すると、ん?と首をかしげた。
「・・・去年?一昨年じゃなくて?」
「お前が三年のとき、一年と交代させられた練習試合だよ」
「・・・え?」
それはきっと、ありえない数のコンビネーションミスが続いた結果、飛雄と交代させられたときの練習試合。
けどそのとき、圭吾はもう卒業していてその場にいなかったはずなのに。
「・・・見に、来てたの・・・?」
「・・・ライバルの研究はする派なんだよ」
悪いか、と若干拗ねたように口をへの字にする圭吾に、むくむくとさっきまでと違った感情が沸きあがってくる。
「そうだ、言い忘れてた」
「?」
「ベストセッター賞、おめでとう」
「・・・!!」
なんでもないことのように言われた言葉は、中学最後の試合も見に来ていた、ということで。
何度も、何度も、試合を見に、俺を研究しに、・・・俺に、負けないように。
何か言わなきゃ。何か。
ありがとう?俺も見に行ってたよ?
声が、出ない。
喉に何かが、詰まって。
「大野ー!!!いつまで油売ってやがる!!」
「!!やっべ、主将だ!じゃまたな!」
「あ・・・」
あっさりと背を向けて、すごいスピードで走り去っていくその背中に、手を伸ばしても振り返ることはない。
けど。
伸ばしたまま行き場のなくなった手をグッと握って、その感覚を確かめる。
『ベストセッター賞、おめでとう』
うん。
『情けないマネするんじゃねえぞ?』
うん。
「・・・・・・負けないからね」
うちだって、皆強力な武器だ。
その120%の力を、出し切らせてこその、セッター。
ライバルと認めてくれる君に、幻滅されちゃわないように、頑張るから。
だからまた、ネット越しに熱を共有しよう。
コートの中、誰よりも一番近い場所で。
=〇=〇=〇=〇=〇=
リクエスト:素様
「他校年上セッター」
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