愛ゆえに厳しく


同じ学年に一人、サーブのすごいやつがいる。
元北川第一のメンバーが大半を占める青葉城西の部員の中で、珍しい外からの入部者。
大野圭吾は、泣き虫だ。


「大野ボゲェ!もっと足動かせ足ィ!!」

「はっはいぃぃ・・・!」


そんでもって、俺と同じかそれ以上に溝口コーチに怒鳴られてる。
もはや聞きなれてしまった隣からの怒声とガチ泣きの声に、ばれないように小さく眉を寄せた。
一年は部員が奇数で、対人を組むときは一人余ってしまう。
始めの頃は俺と金田一、大野の三人組で対人を行なっていたんだけど、いつごろからか溝口コーチが大野と組んで対人をするようになっていた。
それからは、この光景も馴染みのものにはなったんだけど・・・


「今日も飛ばしてんなー溝口コーチ。大野あれ何本目だ?」


トスを上げながらの金田一の声に、自分が答えられることに気付いて口を噤む。
別に、わざわざ数える必要ないんだけどさ。
溝口コーチのスパイクは、普通に打つときはいいんだけど、時々とんでもない威力のそれが入る。
正直、リベロを鍛えるときに使うぐらいの殺人スパイクだ。


「正面に入れ!逃げんじゃねえ!!」

「っう゛・・・!!」


それを、レシーブの苦手な大野がまともに返せるはずもなく。
ガツン!と勢いよく打たれたスパイクは、正面で受けたものの勢いを殺せずに溝口コーチの頭上を大きく越えていった。
反射的に「ずみ゛ませ・・・っ!」と謝ってボールを拾いに走る大野の背中を、コーチの怒声が追う。


「インパクトの瞬間に腕を軽く引けっつってんだろ!」

「〜〜〜〜っ、う゛ぇっ、う゛、っは、はぃ・・・っ」


もはや汗なのか涙なのかもわからない塩水が顎から落ちるのを拭うこともせず、ポジションに戻った大野が健気にも返しやすいボールを放って腰を落とす。
そして再び、先ほどまでの光景の繰り返し。


「・・・俺でも取れるかわかんねー」


どこに当たったのかあらぬ方向に飛んで行くボールを横目で見ながらぼそりと呟く金田一に、俺もだよ、と心の中だけで返した。
声に出さないのは、もし聞かれたら自分が大野のいる場所に立つことになるかもしれないから。
それだけは、大野には悪いけど絶対にごめんだ。


「・・・今ので13本目、成功は2本だけだよ」

「何本成功したら開放されんだろうな・・・」

「さぁ・・・」

「溝口くんは大野のこと気に入ってるからね〜」

「!及川さん!」


突然会話に参加してきた及川さんに、金田一のレシーブが乱れる。
話しかけてきたし、わざわざ無理して返すことないかな、と片手でボールを受け止めた。


「・・・どういうことですか?」

「あの人は教え甲斐があるやつほど厳しく指導するんだよ」

「・・・岩泉さん」


器用にもラリーを続けたままこちらに近づいて来た二人が、合間に大野へ視線を向けつつパスを繰り返す。
あっさりとラリーを止めた自分が言外にたしなめられている気がして、そっと岩泉さんから視線を逸らした。


「大野は色々とヘタクソだが、ギャラリー勢にするにはサーブが勿体無いからな。レギュラーにできるようにコーチも必死なんだろ」

「ま、やりすぎてる感は否めないけどね〜」


辞めちゃったらどうすんのさ、と溝口コーチに聞こえない程度に不満を漏らす及川さん。
でもそれは聞こえない程度の声でしかなくて、コーチに聞かせるつもりがない・・・あの指導を止めるつもりがないことがわかってしまった。
主将のくせに、部員を守らないの?・・・なんて。


「・・・止めないんですか」

「ん〜?何、国見ちゃんは大野ちゃんが心配?」

「・・・別に」

「そうだねぇ、アフターケアは必要だと思うけど。でもああ見えて結構単純みたいだから、溝口くんは期待してるんだってこと教えればわりと頑張れちゃうんじゃないかな?」


ずばりと核心を突かれて、でも上手く返せたと思ったのに、まるで気にしてない風の及川さんがなんでもないことのように言う。
でも、その内容には金田一と一緒に首を傾げてしまった。


「大野・・・単純っすか・・・?」

「え?そう思わない?」

「思えねぇよ。お前のほうが単純だ」

「何それ岩ちゃん酷い!」


キャンキャンと岩泉さんに文句を言い始めた及川さんに、この人に威厳ってモンはないんだろうかとちょっと考える。
けど、後ろから飛んできた怒声に意識が一気にもっていかれた。


「金田一!国見!!お前らサボってんじゃねえ!!」

「「!!」」


どうやら及川さんが騒いでるのが聞こえてこっちを見て、俺達が動きを止めているのに気付いたらしい。
そ知らぬ顔でラリーを続けている及川さんたちから慌てて離れて対人に戻れば、コーチも大野に目を戻したようでまた怒声が響いた。


「大野もだ!ラスト一本にどんだけかかってんだ!次で決めろ!!」

「はっぃい・・・!!」


相変わらずボロ泣きだし、ホント、「やめたい」とか影で不満とか言わないの、密かに尊敬してるんだけど。
大野が解放されたら、とりあえず腕に湿布貼って、及川さんから聞いた今の話を、こっそり教えてあげようかな。


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リクエスト:素様
「もしへなちょこが青城に進学していたら」
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