学ぶということ


ダン!と耳慣れた音が強く響く。


「・・・大野!!お前いい加減にしろよ!」


続いて、耳に突き刺さる怒声が体育館中に響いた。


「ごっごめんなさぃ・・・!」

「それぐらい拾えよ!何外に弾いてんだ!!」

「すみませ・・・!」


烏野のメンバーが、耐え切れないとばかりに口々に大野を罵る。

何度も何度も、大野はミスをした。

あまりにもなさけないそれに、的であるにも関わらず思わずネットに手を掛けてなぁ、と声を掛ける。
振り返った大野は、涙を流してはいなかったものの、顔色なんて死人のそれで。
でも、その言葉が口をついてしまったのはきっと、俺がまだ子どもだからだ。


「―――最高にヘタクソだねぇ、へなちょこ君は」


バカにしたような笑いとともに、口から出たそれ。
まるで映画を見ているかのような感覚に、こいつは何を言ってるんだ、と自分自身を蔑んだ目で見る。

こんなことを言えば、大野はきっと―――





「―――ありがとうございますっ!!」





きっと、満面の、笑顔で・・・?





「・・・あ?











―――っつー夢を見たんだよ」


「ふーん」


汗を拭く研磨に今日見た夢を聞かせてやれば、適当な相槌が返ってくる。
まぁまだ聞いてくれてるほうだな、と思ってボトルの蓋を閉めながら続けた。


「まぁ烏野がそんなことになるとも思えねえし、変な夢だったなと思ってたワケなんだが」

「駄目だよクロ、リアルっぽい夢は話さないと正夢になるんだから」

「・・・そーかよ」


できればそれは、もっと早く言ってほしかった。
せめてあと、10分ほど前に。


「でもまさか、嫌味に“ありがとうございます”って返されるなんて思わねーだろ」

「ドMにしか見えない・・・」

「・・・まぁ、そうなんだが」


いつものように軽くアドバイスをしようとして、いつものようにちょっとクセのある言い方をしてしまった。
はっとなって口を手で覆っても、言葉が引っ込むはずもなく。
やっちまった、とこっちは顔をしかめたってのに・・・


「・・・まぁ、夢と同じ満面の笑みじゃなかっただけましか」

「・・・そんな圭吾見たくない」

「同感だ」


大野がガンッと傷ついたような表情をしたのは一瞬。
はっと何かに気付いたかと思うと、慌てて「ありがとうございます・・・っ」と頭を下げてきたのだ。
当然、驚くのは俺だけじゃない。


「でもお陰で烏野の視線が痛い痛い」

「・・・闇討ちされないといいね?」

「さらっと恐ろしいこと言うな!」


どういうことだと物語る疑問の視線も多いが、嫉妬交じりの突き刺さるような視線も少なくない。
下手したら、何か大野を脅してるんじゃないかと疑われそうな勢いだ。
当の本人がマネージャーの手伝いでその場にいないのも、こっちに視線を向ける要員にはなっているんだろうが。
唯一事情を知っているはずの主将は一歩下がったまま説明する気はなさそうだし。
・・・ホントに呼び出されないだろうな。


「あっ・・・」


練習後に一人にならないためにはどうすればいいか考えを巡らせていると、後ろから声。
自分が立っているのが体育館の出入り口だったことを思い出して、通れないんだなとすぐ察した。


「おっと、スマン・・・って」

「圭吾」

「す、すみません・・・お邪魔してしまって」

「いや、それはこっちだから」


相変わらず低姿勢なところは変わらないらしい。
一緒に行ったはずのマネたちの姿は見当たらないから、大方先に帰されたんだろ。
こっちが邪魔していたにも関わらず謝る大野の手にはボトルが抱えられていて、今引き止めるのは悪いな、と特に声は掛けなかった。


「あ、・・・ぁの、黒尾先輩・・・」

「・・・お?」


なのに、向こうから声を掛けてきて少し驚く。
なんだよ、今日は大野に驚かされてばっかだな。


「先ほどの、ご指導なんですが・・・ブロックフォローに入るとき、セッターが何処に上げるつもりなのかも予想したほうがいいってことで・・・よかった、ですか・・・?」

「・・・ぁん?」

「あ・・・え、と・・・“ブロック以外に目は向けられないの?”って・・・そ、ゆ、ことかな・・・って・・・」

「・・・・・・」


さらに驚かされた。
確かに、大野の視野が狭くなってると思ってそう言ったが、そこまで具体的なことを言ったわけでもない。
時間が掛かったとはいえ、自分で考えたってことか、と少しの感心も交えて大野を見つめる。
けれどその視線をどう感じたのか、上がっていた顔は徐々に降りていってしまった。


「ま・・・間違って、ました・・・?」

「あ、や、」

「圭吾、クロはそんなすごいこと言ったつもりないと思う」

「研磨・・・」


どう説明したもんか、といいあぐねていると、研磨が容赦なく一刀両断する。
まぁ、それが事実っちゃ事実なんだが。


「そ、そうですか・・・?で、でも、解釈・・・」

「・・・おー、そうそう。よくぞ俺の指導を理解できたな!」

「・・・・・・」

「視線が痛いです研磨サン」

「っあ、ありがとうございます・・・!こ、これからもご指導宜しくお願いします・・・っ!」

「・・・おー」


元気に烏野勢の下へ掛けていく大野を、ヒラヒラと手を振って見送る。
研磨の視線は相変わらず痛いし、烏野からも地味に突き刺さるモノがあるんだが。
多分、お前が自分で考えたんだと言えば、大野はその考えに自信をなくすだろ。
だったら、俺の考えとして“こう指導された”と思ったほうが、大野はそれを意識する。
せっかく自分で頭使って出した“答え”なんだ。
どんな手であれ、身に沁みるに越したことはないだろ?
・・・まぁ、あちこちからの視線が痛いことくらい、我慢してやるよ。


=〇=〇=〇=〇=〇=
リクエスト:匿名様
「へなちょこと黒尾との絡み」
back