エンカウント
「ロードいってくるー」
「夕飯は7時ねー」
「はーい」
靴紐を締めて、「いってきまーす」と玄関のドアを開ける。
夕方とはいえまだまだ暑い時間帯。
普段通る道は、日陰が少なくて日差しが結構キツイ。
「(・・・いつもと違う道、走ってみようかな)」
ちょっとした冒険心から、普段とは間逆の方向に足を進めてみることにした。
「(・・・こっちはマンションとかが多いんだ・・・)」
あまり土地勘が強いほうでもないから、こういう新しい道はいつもすごくドキドキする。
迷子にならないようにってのもあるけど、新しい発見があって心躍ることも多いから。
できるだけ覚えやすい道を・・・と景色を見ながら走っていると、しばらくして不意に地面が柔らかくなったのを感じた。
あれ?と地面を見れば、それはコンクリートじゃなくて、足に優しい柔らかいソレ。
素材が何かとか、詳しいことは知らないけど・・・格段に足への負担が減ったことは確かだ。
「(おぉ・・・!すごい、楽・・・っと)」
軽く走れる感覚に感動しながら交差点に差し掛かったところで、ふと靴紐がほどけていることに気づく。
家を出るときに結びなおしたのに、緩かったんだろうか?
とにかくこのまま走っていても危ないし、一旦結びなおさなくちゃ。
足を緩めてその場にしゃがみ込み、全体に緩んでしまっていた靴紐を順番に手早く結びなおす。
締めすぎても、緩すぎても・・・と足の感覚で力を調整しながら靴紐を引っ張って・・・
「っな・・・!!」
「っ!!?」
突然額を襲った衝撃に、一瞬視界が真っ白に染まったのを感じた。
「ねーねー岩ちゃん!新作出てるよ新作!」
「またお前はそうやって釣られて・・・しょっちゅう失敗してんじゃねーか」
「ちっちっち。わかってないなぁ岩ちゃんは。毎回同じじゃつまらないでしょ?メロンとカフェオレのコラボとか新しいし!」
たまたま寄ったコンビニで、及川がまた妙な新商品に釣られて速攻でレジに向かう。
スポドリ買うんじゃなかったのかよ・・・と思いながらも、しっかりスポドリもレジに並べている後ろ姿を見ると何も言う気になれなくて。
「不味くても全部飲めよな」
「そこはホラ☆運命共同体ってやつさ♪」
「くだらねえこと言ってんじゃねぇクソ及・・・っ!?」
「っすみません・・・!テーピング・・・っテーピング・・・!」
「・・・えっ?圭吾ちゃん?」
会計を終わらせてコンビニから出ようとしたとき、突然肩に何かがぶつかった。
それは烏野の大野だったようだが、俺らのことなんか眼中にない感じで医療品の棚に走っていく。
その顔は真っ青で、何かしらがあったことは一目瞭然だった。
「・・・おい、なんかあったのか?」
「!?・・・っあ、!?せ、青城の・・・!?す、スミマセン!」
「いや、どうしたの?おでこ真っ赤だけど」
思わず店内に戻って怪我?と及川が問うても、頭を下げながら「スミマセン、」と繰り返すだけでその視線は俺達とテーピングの棚とをチラチラと行き来する。
何かあったのか・・・?と眉を寄せていると、目当てのものが見つかったのか、商品を2,3引っつかむと「スミマセン、ごめんなさい・・・!」と腰から90度に頭を下げてレジに走っていってしまった。
「お会計1,049円です」
「あっ、・・・あっ!、おサイフケータイで・・・っ!袋、いりません・・・!」
「ありがとうございましたー」
そのままこちらを振り返ることもせず店から転び出て行く大野に、及川と顔を見合わせた俺達の行動は決まっていた。
「・・・で、追いかけてきたわけだけど・・・コレ、どういう状況?」
「・・・及川と岩泉か」
「!?あっ・・・ご、ごめんなさいっ・・・しっかり挨拶もせず・・・!」
「イヤ、緊急事態だってことはわかったからいいんだけどよ・・・なんでその相手が牛島なんだ」
「ぼっ・・・僕が悪いんですぅ・・・!あんなところで、靴紐なんて構ってるから・・・!」
「靴紐は道路の端に寄って結べ。見晴らしのいい場所のほうがこういった事故は起こりにくい」
「はぃ・・・っ!!その通りです・・・!」
だいたい状況はわかった。
大方、この交差点の手前で大野がしゃがんで靴紐を結んでいたところに牛島が突っ込んできて、転んで足を捻ったとか・・・そんな感じだろう。
そんで多分、大野も牛島の膝を額でモロに受けたんだろうが・・・気にする余裕もねえ、って感じだな。
額だけ赤い顔は真っ青だが、身体に染み込んだとおりに動くのか牛島の足首をテーピングで固定する手際に迷いはない。
「ど・・・どうですか?足・・・痛み、ます・・・?」
「動く分には問題ない。だが少し緩いぞ」
「!!まっ、巻き直します・・・っ!!」
「何でそんなにえらそうなの?」
「コイツ普段から絶対王者かよ」
ビリビリと、今巻いたばかりのテーピングを端から剥がしていく大野。
それを当然のように見つめる牛島。
様子を見る限り、大した怪我じゃないんだろう。
・・・おそらく、次の大会には影響がない程度の。
「・・・せっかくなら大会に影響が出るくらいの怪我しちゃえばよかったのに」
「・・・オイ」
「岩ちゃんもそう思わない?」
嫌な笑みを見せながらわざとらしくそう言う及川の言葉に、大野の手が震える。
本気でそう思ってないのは、この場ではきっと俺が一番よくわかるんだが。
「・・・本心か?」
「っ・・・ホントむかつく!」
何気に付き合いの長い牛島も、それなりに及川の機微を察することができるようになってしまったようだ。
あっさりと言い負かされてしまった及川を「ボゲ」と普段のように罵ると、「ど、どうでしょう・・・?」と牛島の足元から大野の不安気な声が聞こえてきた。
そちらに視線を移すと、牛島がテーピングを巻き終わった足を軽く動かして感覚を確かめている。
「・・・うむ。よくできている」
「あ、ありがとうございます・・・!」
「上様か?」
「圭吾ちゃんもこんなやつにそんな下手に出なくていいと思うよ」
「い、いえ・・・ほんとに・・・」
「では、俺は行く。次は気をつけろ」
「「・・・・・・」」
「ほ、ほんとに・・・スミマセンデシタ・・・」
あまりにもあっさりと、用が済んだらサヨウナラなドライ対応に、もはや呆れたため息もでない。
軽く足をかばいながら走っていく牛島の後姿に、殊勝にもずっと頭を下げている大野のほうに同情してしまいそうだ。
「・・・あー、災難だったな」
「圭吾ちゃんもおでこ、冷やしたほうがいいんじゃない?」
「あ、は、はぃ・・・」
なんだかグダグダな空気に、なんで俺らここに来たんだろう・・・とコンビニでの決断を後悔する。
別に何ができると思ったわけでもねえけど・・・大野の様子があんまり切羽詰ってたしな・・・。
「・・・もう大丈夫か?」
「えっ・・・?あ、ハイ!す、すみません失礼な態度で・・・!」
「イヤ、・・・大したことなさそうで、よかったな」
まぁ、追いかけてきた理由を突き詰めればそこだろう。
相手が誰であれ、大野がこれ以上気に病む必要はなさそうだし。
コイツ相手に気負ってもな・・・と言葉を素直に伝えれば、大野は少し驚いたような顔をした後、気の抜けたような表情をみせた。
「・・・はぃ・・・」
「・・・ズルイ岩ちゃん!いいところもってっちゃって!」
「はぁ?何言ってんだ」
唐突にキャンキャンと騒ぎ出した及川を宥めすかして、オロオロと成り行きを見守る大野に「じゃあな、」と軽く手を上げる。
そういうところには敏感な及川がころっと表情を切り替えて笑顔で「またね〜っ」と手を振れば、大野も「あっハイッ」と頭を下げた。
その顔がまた上がる前に来た道を辿れば、及川からのクソうるせぇ抗議もまた始まる。
まぁ、つまりは一件落着ってやつだろ。
「・・・帰ったら、頭冷やそう・・・」
・・・大野のでこに何の処置もしていないことに気付いたのは、家に帰ってからだった。
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リクエスト:なん魚様
「へなちょこと牛若・阿吽との絡み」
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