そんな君の可愛いところ


部活が終わって、部室で着替えている途中。
向こうで少し盛り上がっていた元気組が、不意にどっと盛り上がったことからそれは始まった。


「月島ってケーキが好きなんだってな!しかもイチゴショート!」


こっちに近寄ってくるなり似合わねー!とケラケラ笑う田中に、月島は分かりやすく嫌な顔をする。
どこから漏れたんだその情報、と心当たりを睨みつければ、日向は分かりやすくびくつき、影山は理由も分からず睨み返してきた。
その傍で山口が両手を合わせて「ごめんツッキー!」のポーズをとっているし、間違いなく元凶はあの辺りなんだろう。
・・・やっぱり、行くんじゃなかった。日向の持ってきたチラシになんか、釣られるんじゃなかった。
昨日の自分を思い留まらせてやりたい、とため息をついて、月島は田中から目を逸らしてシャツのボタンを留め始めた。


「・・・別にいいじゃないですか。ほっといてください」

「でも確かに、ファミレスの割引クーポンでデザート系選ぶのも珍しいよな」

「男子高校生たるもの、やっぱ肉だろ肉!」


昨日一年で行ったんだって?と菅原先輩まで会話に入ってきて、益々眉間に皺が寄る。
だから、どうしてほっといてくれないのかな。
部活帰りに肉なんて重いもの食べられないし、疲れたときは甘いものっていうじゃないか。
ケーキだってそんなに安くはないんだから、一割引でもそこまで損はないし。
逆にステーキでも頼もうものなら、一割引したって高校生の財布には相当な痛手だ。
だから僕がケーキを頼んだって、そこまで異常な話じゃないでしょ?
言い返す言葉はいくらでも出てきたけど、どうせ言い訳程度にしか受け取られない。
むしろ、話題の中心が肉に移ってきている、この流れに便乗してしまったほうが楽だろう。
ため息一つで言葉を全て飲み込んで、さっさと帰り支度を済ませながら話題が収まるのを待つ。
食べ物の話になると、大抵終わりは「帰りに坂ノ下商店寄るか」になるから、下手に何も言わずにじっとそれを待ってたのに。


「月島君は、ショートケーキ派なの?」

「だからほっといてって・・・、・・・大野?」


ぶり返した話題にイラついて、語気を強めて振り返る。
けど、言い出した相手が予想外だったことで、その勢いは一気にしぼんだ。
妙に目をキラキラさせている大野は昨日、用事があるとかで先に帰っていて、日向発端のファミレス会に行っていない。
だから、その情報が初耳であることは、わかるんだけど・・・
この、普段と違う雰囲気は、一体。


「ショートケーキも美味しいよね!でも僕はチョコもモンブランも、あぁでもチーズも捨てがたい・・・!!スポンジのふわっとした軽さもいいけど、タルトのさっくりした味わいもよくて・・・!」


突如始まったケーキの絶賛に、思わず大野を凝視する。

大野が・・・

自分の意見を二言話すのに、10分かかる大野が。
腹から声を出すことなんて、半泣きの状態でしかできない大野が。

マシンガントーク・・・!?


「お、おい・・・大野?」

「最近はミルフィーユのよさもわかってきて、あの何層にも重なった生地のさくさく加減といったらもう!芸術的っていうのかなぁ・・・!」

「お、おーい・・・」


田中が声をかけても、その勢いは止まらない。
月島に話しかけているというより、もはや演説の勢いだ。
もはや誰も、何も言えない。
部室内が妙な沈黙に支配されて、その中で大野の声だけが響く。


「そうだ!最近駅前にオープンしたケーキ屋さんはもう行った?あそこは生クリームの甘さが絶妙なんだよ!甘すぎず、でもイチゴの酸味とすごくよくマッチしてて・・・!」


大野が思い出したように月島に視線を戻し、その顔が唖然としていることに気付いてふと息を止めた。
そして室内の雰囲気を察し、そっと後ろを振り返って。
部員全員の視線が自分に集中していることに気づくと、大野はピシリと音を立てて固まった。


「・・・あーその、なんだ」


どことなく生暖かい空気の中、澤村が場を納めようとそっと声を出す。
逃げ場を探すように視線を彷徨わせた大野がじり、と一歩足を引くと、澤村は耐え切れない、といったていで小さく噴出した。


「・・・今度何かあったら、ケーキ買ってきてやるよ」

「・・・・・・!!!!!!」


震える声でそんなことを言われて、ぐわあっと顔を赤くした大野がその場から逃げ出そうとする。
大野の意外な姿に部室内が笑顔で溢れる一方で、その首根っこを掴まえて引き止めたのは少々意外な人物だった。


「っ・・・つ、月島君・・・?」

「・・・大野、次の休み、予定空けときなよね」

「えっ・・・え、ぇ・・・?」


室内の喧騒に紛れるようにそっと告げられた脈絡のない誘いに、大野が戸惑ったように視線を揺らす。
察しの悪い大野に月島は舌打ちを一つ鳴らすと、視線を逸らして早口に呟いた。


「・・・駅前に用事ができたから。付き合ってもらうよ」

「え、駅前・・・?あっ・・・、・・・えっ!?」

「ウルサイ大野」

「ご、ごめんつっ、月島君・・・」

「・・・・・・」


分かりやすく声に喜色をはらませた大野に、やっぱり早まったかな、と若干後悔する。
けど、・・・まぁ。
多分、しばらくは休みを楽しみにするんだろうな、と。
緩みそうになる唇を、ぐっと引き結んで鞄を肩に掛けた。


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リクエスト:槐様、零様
「へなちょこの意外なところを発見した烏野・性格豹変、戸惑う烏野」
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