大切な先輩


合宿二日目、自主練時間。
澤村たちとのコンビネーション練を一旦終わらせた菅原は、スポドリを飲み込んでふう、と息を吐いた。
まだまだ上手くいかない、けど、確実に成功率は上がってる。
うずうずとした達成感を感じる一方で、自分達が練習している間は他の連中も当然練習している、という烏養コーチの言葉が脳裏を過ぎって、気を引き締めさせる。
ぐるりと体育館の中を見渡せば、それぞれが思い思いの自主練を続けていて、負けてらんないな、とボトルの蓋を閉めた。

シャツを捲り上げて汗を拭いたところで、菅原の視界にふと挙動不審な者が映る。
それはボールを持ったまま足を一歩踏み出したり、くるりと後ろを振り返ってみたりと忙しない。
今度は何があったんだろうなぁ、と少々の呆れを含ませながら、けれどそれを悟られることのないよう笑顔を見せて菅原はそれに声をかけた。


「大野、どうしたー?」

「!?あっ・・・す、菅原先輩・・・!」


律儀な大野はペコリと一つ頭を下げて「お、お疲れ様です」と挨拶をしてくる。
けれど菅原は、その一瞬前に大野の視線が音駒のリベロに向いたことを見逃さなかった。


「?夜久君に用事?」

「いやっ・・・!あ、えと・・・」

「・・・?そういえば昨日レシーブ見てもらってたっけ。あれから仲良くなれたかー?」

「ぇ・・・あ、・・・ぃえ・・・」

「・・・・・・」


目に見えて気を落とした大野の様子に、ピンと電球を灯らせる菅原。
分かってしまえば、菅原が取る行動は一つだった。


「おーい、夜久くーん」

「!?」


軽い調子で声をかけて、振り返った夜久にこっちこっちと手招きをする。
海と談笑していた夜久は、軽く断りを入れると小走りで二人の下へ近寄ってきた。
それに硬直するのは大野である。


「おースガ君。どした?」

「ごめんな、急に呼びたてて。昨日はありがとなー。大野が世話になったみたいでさ」

「あー・・・いや、余計なことじゃなかったならいいんだけど」


昨日の西谷と澤村の姿を思い出して、苦笑気味に笑う夜久。
あのあと西谷にこってり絞られたみたいだし、やっぱり手出さないほうがよかったか?と若干の後悔もある。
リエーフと一緒に面倒見てやるとは言ったものの、どうしたものかと考えてはいたのだ。


「そっ!?そ、っ・・・!」

「?」


そんな夜久の言葉を聞いて、思わず、といった風に声を上げる大野。
けれど二人の会話を邪魔してしまった、と慌てて口を押さえて目を伏せてしまった。


「大野、どうした?」

「ご、ごめんなさい、邪魔して・・・!」

「そんなことないべー。大野が思ったこと話してみ?」


菅原が柔らかい口調で拾い上げれば、大野は恐る恐る二人の表情を伺う。
表情こそ違えど、二人に共通した大野が話し出すのを待っている雰囲気に、大野はおずおずと口を開いた。


「ぅ・・・ぁ、あの・・・っ夜久、先輩・・・っ」

「お?おー、何だ?」

「きっ、昨日は本当に、ありがとうございました・・・!もう、ほんと、わけわかんなくなってきてたので・・・っ、本当に、助かったんです・・・っ!」

「そこまで感謝されるほどのことでもねーけどな」


口ではそう言いつつも、夜久はまんざらでもない気分で軽く笑った。
これだけ真っ直ぐに感謝の気持ちを伝えられて、悪い気分になる人など早々いないだろう。
逆に素直すぎて少し照れくさいのを誤魔化すように頭をかけば、勢いに乗ったらしい大野がぐっと掌を握りこんだのが見えた。


「あっ、あの・・・!も、もし・・・!ほんとにあの、暇なときとか、気が向いたときでいいので・・・!まっ・・・ま、ま、・・・っまた!お、教えていただけ、ませ、ません、か・・・っ!」

「いや、どもりすぎだろ」


まるで一世一代の告白のように宣言する大野に、さすがの夜久も呆れて突っ込みを入れる。
けれど、本当に本気で頼んできている様子に、これは応えねえわけにはいかねーな、と格好を崩した。


「全然かまわねーよ。昨日も言ったろ?リエーフと一緒にしごいてやるからよ」

「・・・!あ、ありがとうございます・・・!」

「よかったなー大野」


大野の後ろでまるで保護者のように動向を見守っていた菅原が、うんうんと頷いて我が子の成長を喜ぶ。
夜久に喜色満面の笑顔を見せていた大野も、その声にはっと後ろを振り返って頭を下げた。


「ぁ・・・す、菅原先輩、ぁの・・・、ありがと、ございました」

「ん?俺は何にもしてねーべ?頑張ったのは大野だろ」


「よかったなー、」と大野の肩を叩く菅原に、遠くから「スガー、続きやるぞー」と声がかかる。
それに「おー!」と返事をしたかと思えば、「じゃ、頑張れよ!」とあっさりその場を去ってしまった。
流れるような去り際に思わず見送ってしまった夜久が、「すげー・・・」と半ば放心状態で呟く。
スマートと言うか、なんというか。


「・・・スガ君かっけーなぁ」

「はい・・・もう、ほんとにいつもお世話になりっぱなしで・・・」

「いつもあんな感じなのか?」


またしっかりお礼言えなかったなぁ・・・と若干落ち込んだように呟く大野に、思わずそう問いかける。
菅原が手馴れているように見えたのもあったし、大野が頼みごとをするときはいつもあんな風なのかとの疑問も含めてだったが・・・
案の定、大野から返ってきたのはこっくりと深い頷きだった。


「この前も、先輩たちから助けていただきましたし、トスのアドバイスもいっぱい・・・!あ、この前はテーピングが切れたとき、分けてくれたりもしてくれて・・・!」

「お、おう」


思いのほか熱を入れて返ってきた言葉に、よっぽど世話になってるんだな、と菅原の普段の苦労を推し量る。
けれどそれにおんぶに抱っこで甘えているわけではないということは、大野の表情ですぐに分かった。


「ほんと、すごく優しいんです・・・。申し訳なくなるくらい・・・」

「そこはまあ、素直にありがとうって言っておいてやれよ」

「で、でも、僕全然何も返せなくて・・・」

「スガ君が見返り求めてると思うか?どうしても気になるんなら、何かできるときに手を貸してやればいいんだよ」

「・・・・・・」

「・・・お前、ほんとスガ君のこと大好きだな」


明らかに納得していない様子に、思わず苦笑が漏れる。
「はい・・・」と沈んだ声ではあったものの確かな肯定の返事に、これは本当に好かれてるなぁと他人事ながら面映く感じた。


「・・・よく、菅原先輩みたいな兄がいたら、と思います」

「・・・それ言ってやれば?喜ぶと思うぞ」

「そそそそんな・・・!滅相もない・・・!」

「そう言うと思った」


けど、そんな風に純粋に慕ってくれる大野だからこそ、菅原もついつい世話を焼いてしまうんだろうな、と。
青くなったり赤くなったりと忙しい大野を笑いながら、俺も人の事言えないか、とそっと苦笑した。


=〇=〇=〇=〇=〇=
リクエスト:銀龍草様
「へなちょこがスガさんに世話やかれる。まんざらでもない」
back