仲間との練習


今日は色々と大変だった。
昼間は谷地さんの家でずっと勉強をして、終わったかと思えば牛島さんのロードワークについていくことになって。
まさかそのまま白鳥沢学園の偵察をすることになるなんて思ってもみなかったから、どっと疲れた気分でついため息を吐いてしまった。
思ったより大きく出た音にはっとなって隣を歩く二人の表情を見るけど、聞こえてなかったのか特に変わった様子はない。
・・・鋭い目で前を見据える二人の耳に、入らなかっただけかもしれないけど。
白鳥沢を出てからずっとこんな調子で、士気を高めているらしい二人の横を、ただ黙々と歩く。

あんな、宣戦布告みたいなこと・・・僕にはとても、言えないけれど。
同じ目標を掲げているんだって、同じところへ向かいたいんだって、ただ隣を歩いているだけでは到底伝わるはずもないそれを、少しでも長く感じていたかった。
二人の隣を歩いているというだけで、どこか誇らしい気持ちになれる。
僕は、あんなふうに宣戦布告をできる人たちの隣を歩けるんだぞ、なんて。
虎の威をかる狐とは、まさにこのことだ。
我ながら情けないなぁと小さく苦笑すると、ふと顔を上げた日向君が「あー、」と残念そうな声を上げた。


「もう夕方かぁ。影山、お前の家外明るい?」

「前やった公園と同じぐらいだ」

「よし!ならできるな!」

「や、やるんだ・・・」


すごいね、と呟きながら、自分にはそこまでやる気持ちがなかったことを実感する。
もう家に帰ってからのことを考えていた僕には、やっぱり同じ道を歩む権利すらないのかもしれない。
示し合わせたように見えてきた鞄を預けた駅が、まるで“お前程度じゃここまでだ”と言っているような気がした。


「あ、じゃあ僕、鞄あの駅だから・・・」


それじゃあ、と別れの言葉を告げようとして、二人が揃って足を止めたことに気付いて目を丸くする。


「おー、早く戻ってこいよ!」


そして当然のように言われた言葉に、息を止めた。


「・・・え、い、・・・?いい、よ?先行って・・・」

「何言ってんだ。お前、俺の家わかんねえだろ」

「・・・え・・・」

「待っててやるから、早く行って来い」

「あ・・・ぅ、ん、・・・わかった・・・!」


練習には、どうやら参加することが決定していたらしい。
立ち止まって待ってくれている二人に背を向けて、急いでコインロッカーへ向かう。
家に連絡を入れないと、と思いながらも軽くなった足取りに、我ながら現金だなぁと苦笑した。










暗がりの中、スパイクとレシーブの音が一定の間隔で繰り返される。
影山家の庭で既に一時間以上続けられているそれに、話題は今日の出来事から徐々に明日予定についてに変わっていっていた。


「明日は勉強教えてくれる人誰もいないからなぁ・・・自分でなんとかしないとかぁ・・・」


頑張らないとな、と唸る日向に、影山のスパイクが向かう。
何とか影山に返ったそれを大野にトスすると、今度は影山がレシーブの体勢を取った。
大野が影山に向けて無理のないスパイクを打てば、危なげなく大野の頭上に返ったそれを今度は日向に向けてトスする。


「・・・漢字とか、単語とか、一人で暗記するやつたくさんあっただろ。余計なことしずに、そういうのやっときゃいいんじゃねえのか」

「そうだけどっ・・・っよー。やっぱこう・・・教えてくれる人がいるのといないのとじゃ、安心感?できてる感が違うっつー、か!」

「ぼ、僕が、教えられることは・・・今日、全部教えた、し・・・も、もう、僕にできることは、ない、よ・・・」


頑張って、と日向のアタックをレシーブをしながら大野がおずおずと声援を送れば、日向は返って来たボールを影山に向けてトスしながらため息をつく。


「いいなー大野は。明日試合出れるんだろー?」

「ぅ・・・!ご、ごめん・・・」

「別に怒ってるわけじゃねーよ!けどさ、なんか・・・ずるい」


結局のところ、日向が不満なのはそこだった。
明日自分が一人で勉強しなければならないことはわかっているし、バレーをするためには勉強しなければならないこともわかっている。
けど、自分が必死になって勉強している間、条件は同じはずの大野が試合に出ていることが納得いかないのだ。
成績の差、と言われてしまえばそれまでなのだけれど。


「ごめ、っごめ・・・!」

「・・・明日は何試合あるんだ?」

「ぅえっ・・・ぁ、総当り戦だって、聞いたから・・・多分、3、4試合・・・」

「そんなにあんの!?」

「だっ、大体いつもそれくらい・・・」

「多くね・・・っあだぁ!?」

「ボゲっとしてんじゃねえよ日向ボゲェ!」

「お前今顔面狙っただろ!?」

「ボゲっとしてるからだ!」

「ま、まぁまぁ二人共・・・も、もう遅いし、そろそろ・・・上がる、とか・・・」


思わず大野に顔を向けていた日向の横っ面に、影山の痛烈なスパイクがめり込む。
影山に噛み付く日向をどうどうと宥めつつ大野がどうかな、とチラリと時計に目をやれば、もう20時を回っていることがわかった。
日向はここから自転車で帰らないとだし、なによりもまず空腹という最大の敵がいる。
影山家から漂ってくるおいしそうな匂いは、地味に胃を刺激してしょうがない。
意識したとたんにグゥ、と誰かの腹の虫が聞こえて、影山は舌打ちを一つ鳴らした。


「・・・今日はここまでだ。いいか!寝る前に英単語おさらいだぞ!」

「お前に言われなくてもわかってるよ!ていうか、何でそんなえらそうなのお前!?」

「は、はは・・・」


「ちょっと待ってろ、」と言い残して家の中へ入っていった影山の背を見送って、日向と大野は帰り支度を済ませて玄関の前で待つ。
話題といえばバレーのことで、日向が楽しそうにスパイクを打つ瞬間のイメージを語るのを、大野は簡単な相槌を打ちながら聞いていたのだけど。


「大野、明日、勝ってこいよ!」

「え、」

「おれもビデオ見せてもらうからな!負けたら承知しねえぞ!」

「えっ・・・」


不意に話題が明日の試合のことに移って、思わず返答に詰まった。
何か、勘違いをしているのかな。


「え、と・・・明日のは、か、烏野には、その・・・関係ない試合だけど・・・」


恐る恐る確認すれば、そんなわかりきったことを何故?といわんばかりに日向が首を傾げる。
益々分からなくなって、大野も目を逸らしながら小さく首をかしげた。


「ど、して、気にして、くれるのかなぁ、って・・・」

「?大野はおれたちの仲間だからな!明日は違うチームで戦うけど、それでも負けたら悔しいじゃんか!」


だから、応援すんの当たり前だろ!
躊躇いもなくそう言われて、思わず息を呑んだ。
どう返したらいいのか分からず、無意味に「あ、」や「ぅ・・・」と言いながら口をパクパクさせてしまう。
確かに仲間、だけど。それは同じチームだから、じゃないの。僕は、別のチームにいても、仲間、なの。
言葉にならない思いに溺れそうになっていると、ガチャリと玄関が開いて、そこからぬっと影山が顔を出した。
「ん、」と差し出された手に、反射的に手を差し出して何かを受け取る。


「?あ、おにぎり・・・」

「作ってもらった。それ食いながら帰れ」

「おーサンキュー!」

「あ、ありがとう・・・!」


温かいそれに、小さな気遣いを感じて嬉しくなる。


「大野、明日、頑張れよ」

「・・・!」


そしてまるでついでのように付け加えられた言葉に、今度こそ言葉が出なくなった。
せり上がってくるそれは、馴染みのある感覚ではあるけれど、普段のそれと違うこともわかる。


「ほら、な?」

「?」


ニシシ、と得意げに笑う日向と、何があったのかわからず首を傾げる影山。


「・・・うんっ、ありがとう・・・!頑張る、よ・・・っ!」


絶対に、負けられない。
尊敬する“仲間”からのエールに、大野は精一杯の笑顔で応えた。




(チームだから仲間なんじゃない。繋がっているから、仲間なんだ)


=〇=〇=〇=〇=〇=
リクエスト:夏丸様
「へなちょこと変人コンビとの絡み」
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