優しい人


そのお客さんは、どうやら双子のようでした。
初めてお店に来られたときは本当に驚いて、思わず顔を見比べてしまったのだけど。
今から思えばとても失礼なことをしたのに、笑って許してくれるような心の広い方、というのが最初の印象です。

どうやらうちの味を気に入ってくれたみたいで、お友達を誘ってきてくれたり一人で立ち寄ってくれたり、となかなか好評な様子。
お二人の雰囲気はまったく違って、けれど時折片方が・・・いえ、こんな言い方は失礼ですね。三郎さんが雷蔵さんのふりをして人をからかおうとすることがあって、そのときは全然見分けることもできず・・・


「ふふ、うん、あいつは人の真似をするのがうまいんだ」

「あ、やっぱりですか?この間店主の声真似をしてみせてくださったとき、私本当に驚いたんですから」


コトリと湯飲みを置くと、ふわりとした笑みとともにお礼を言われてこちらも自然と微笑む。
やはりこういったふとした瞬間、三郎さんには無い安心する何かが雷蔵さんからは滲み出している気がする。
そして私は、それを感じて「あぁ、ちゃんと雷蔵さんだ」とほっと胸をなでおろすのだった。
最近ようやくこうしてお二人を見分けることができるようになって、それでもやはりお店に入ってきた瞬間にはどちらかわからなくて、ドキリと胸がなるのだけれど。


「・・・三郎のやつ、ここにきて面倒かけてたりしない?」


お茶を飲んで一息ついたその口からぽろりと出た質問に、一瞬返答に詰まってしまう。
最近は一人で来るのはまず間違いなく雷蔵さんだと言い切れるのだけど、少し前まではそれもあいまいで。
逡巡してから、こちらも「失敗したかな」とでも言いそうに苦笑を溢している彼に笑いかけた。


「以前はいらっしゃったこともありますが・・・三郎さんはあまり一人でいらっしゃることはないですね」


以前、一人でいらっしゃった雷蔵さんかと思われる人が、どうも様子が普段と違うと思ったことがあったのも事実。
後の会話から、あれが雷蔵さんではなく三郎さんだったのだと納得することもある。
それも最近ではほとんどなく、雷蔵さんの方がいらっしゃる頻度が高いのも事実。
嘘になることはいってないし、そんなに失礼な返答でもない・・・はずだけれど。
大丈夫かしら?と顔色を伺おうと少し覗きこむと、ふいっと顔を逸らされてしまった。


「あ・・・、ごめんなさい、私ったら、失礼な物言いを・・・」

「あ、いや!そういうわけじゃなくて!ただ・・・っ!」


失敗した、と悟って引こうとすると、がばりと顔があがってその勢いと思わぬ近さに顔が来たことに思わず息がつまる。
それは彼も同じだったようで、一瞬息を詰めて目を丸くした後ばっと距離をとられてしまった。
それが普通の反応のはずなのに、何故か胸がずきりと痛んで。


「あ・・・、えと・・・」

「・・・あ、すみません。厨の方が忙しそうなので、少し手伝ってきますね」


そして初めて、雷蔵さんに嘘をついた。






「ふぅ・・・(らしくないよ私、しっかりしなくちゃ!)」

一旦厨に戻り(これといった仕事はやっぱりなかった)、気を入れなおしてから丁度よく店主に言われて他のお客さんの元へとお茶を運んでいく。
にこりと笑って「いらっしゃいませ」と告げようと口を開いた瞬間、ぐいと腕を引かれた。


「きゃ・・・!?」

「おい嬢ちゃん、ちいとばかし遅すぎるんでねぇの?」


盆を持ったままだったが、手が離れた瞬間向かいで相席していた男性が上手いぐあいに受け止めることができたらしく、お茶がこぼれたり湯飲みが割れたりすることはなかった。
それにほっとして気にしていない風の男性に頭を下げ、捕まれていない方の手で受け取って一旦机に置く。
腕をつかんだ方の男はどうやら割れて欲しかったらしく、向かいの男性をにらみつけていた。


「・・・申し訳ございません。なにぶん私一人なもので」

「だから、どうでもいい客は後回し、か?随分そこの優男とは話し込んでたじゃねぇの」

「え・・・」


はて、この客人はそんな前からこの店にいらしていただろうか。
考えてみるも、話し込んでいたとはいえ新しい客が店内に入ってくれば気づけるくらいには周りに気をつけていたし、そこまで客の多い時間ではなかったから話していたのだから、そんなはずはない。
先ほど店主に呼ばれたときに入ってきたと思って間違いないと思うのだけれど。
思わず黙り込んでしまうと、それをどう取ったのか我が意を得たりとばかりに男の威勢がよくなった。


「あーあぁ!客を選り好んでるような店じゃあ、味もたかが知れてるってもんだよな!」

「ちょ・・・お客さん!」


あんまりな言いようを、大きな声で話すものだから慌てて思わず腕を伸ばせば、ぱしりとつかまれてしまう。


「あん?それとも、待たせた客には他の接待も付いてくる、とかか?たとえば、・・・なぁ?」


捕られた腕から、男の体温が伝わってくる。
ぞり、と荒れた親指が肌の上を這って、ぞわりと総毛だった。
人の体温を、こんなにも気持ち悪いと思ったのは初めてだ。
とっさに振り払おうともがいた腕は、けれどしっかりと掴まれてしまい外れない。


「や・・・やめてください!」

「あの、お兄さん」


思わず涙目になりながら悲鳴に近い声を上げると、不意にすぐそばから落ち着いた、やわらかく安心する声が聞こえてきた。
それと同時に背中に温もりを感じて、パニックになりかけていた頭がすっと落ちついていくのを感じる。
声のほうを振り返ると、その印象と変わらず、やわらかく微笑んでいる雷蔵さんがいた。


「あん・・・?何だ、兄ちゃん。かっこつけたいだけなら、痛い目見る前に消えちまいな」

「すみません、ですがこのままですと、余計な騒ぎが起きてしまいます。岡っ引きが来ると、まずいでしょう?・・・少し表で、相談しませんか?」


でも、その笑みはいつも見るそれとは違い、どこか酷く、冷たく感じた。
男は特に何も思わなかったのか、雷蔵さんの体つきをじろじろと眺め、馬鹿にしたように笑うと「来な」と私の手を離して店の外へと出て行った。
雷蔵さんが離れて不意に背中が涼しくなり、ようやくぬくもりの正体が雷蔵さんの手だったことに気づく。


「ら、雷蔵さん!」


このままでは雷蔵さんがあの男に打ちのめされてしまう。
そんな考えに支配された私は、男だと気持ち悪く感じた体温が雷蔵さんだとひどく安心できたということにも、私が行っても何の意味もないことにも頭が回らず。
慌てて一歩踏み出せば、振り返った雷蔵さんにふわりと微笑まれ、動きが止まってしまった。


「大丈夫、」


その笑みは、さっき男に見せていたものとはまったく違って、いつもの安心する雷蔵さんで。
混乱に拍車がかかってしまった私は、雷蔵さんの背中が店の外へと消えても、しばらくその場から動くことができませんでした。






「・・・本当に、なんともなかったんですか?」

「心配性だね、かやは。大丈夫、本当に話をして、納得して帰ってもらっただけだから」


次の日、何事もなかったかのようにお店に顔を出してくださった雷蔵さんを見て、手からお盆がすり抜けたのは仕方ないと思います。
あんなことがあったのだから、もう来てくれないかもしれないと思っていた私にしてみれば、いつもと同じように微笑んで来てくださった雷蔵さんを見て目の奥がじんと熱くなるのも仕方ないというもの。
茶を出せば「ありがとう」と微笑んでくれる雷蔵さんを見て、胸が高鳴るのも仕方ないでしょう?


「でも、ごめんね。今日は持ち合わせがないから、本当に顔を出しにきただけなんだ」

「そんな!御代なんて要りません。これはほんのお礼です。・・・本当はもっとちゃんとしたものを出せればいいんですけど・・・うちにも、あまり蓄えはなくて」


でも店主も感謝してましたし、しばらくは御代は結構です!と意気込んで言えば、少し困ったように、でもうれしそうな微笑をくれた。


「そんなに気にさせるつもりはなかったんだけどね。でもせっかくかやと話せる機会が増えるんだし、・・・お言葉に甘えるときもあるかな?」

「は・・・」


はい、と元気に答えるつもりが、言葉に詰まってしまった。
私と話すのを、楽しみにしてくれている、んだ。
かっと顔に熱が集まるのを感じて、思わず胸に抱えたお盆でぱたぱたと扇ぐ。


「ところで、すごく話は変わるんだけど、ちょっと相談に乗ってもらってもいい?」

「はっはい?」


唐突に話が変わり、少し慌てて返事をする。
雷蔵さんが私に相談?この感じなら、いつものようなお団子にするか大福にするか・・・みたいなものではないようだけれど。
何事だろう、と首をかしげると、そっと雷蔵さんの顔が近づいてきた。
以前のこともあり、驚いて動けないでいる私の耳元へ口を近づけた雷蔵さんは、そのまま内緒話のように話し始める。


「実は、就職先に悩んでて・・・やっぱり、お給金が多いところのほうがいいかな?」


この体勢になる必要はないでしょう、と正直思いました。
けれどなんとなく、これは、そういう意味にとってもいいのかしら、と、自惚れたくなる空気を纏っていて。


「・・・お給金が多いところは、お仕事も大変なところが多いです」


私もそれに返すように、そっとささやく。


「私は、家を守ってくれるやさしいお人が、一番だと思いますよ」


夫婦になるなら、貴方みたいなお人がいい。
言外にそう告げると、やはり以前と同じように、ばっと顔を離されて。
けれど今度はその顔が、はっきりと赤く染まっているのが見えました。


(「(優しくて守ってくれる、愛しいお方!)」)
(「ねぇ、三郎。もしかして今までも何度か、ああして覗きに来てたの?君の変装を見破れない未熟な僕が悪いのかな?」「ごめんなさいすみませんもうしませんのでゆるしてください・・・!」)



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