仮面の人


「最、悪・・・やらかしたなぁ、もう」


じんじんと熱を持ち始めた足首に手を当てて、少しでも熱を逃がそうとしてみるけど、手の方もそんなに冷えてなくて意味はなさそうだ。
まぁ、こんなところまで走りこんできたんだから、体が冷えているわけもないんだけど。


「ていうか、ここどこ・・・」


こんなところっていうか、どんなところ・・・
ぼけっと星の瞬く頭上を眺めながら、梟の鳴き声に耳を傾ける。
鈴虫の音も聞こえてきたし・・・
とりあえず授業で習った足首の固定法を試してみようと頭巾をはずし、細長く裂いてから巻きつけてみる。


「う〜ん・・・いたた・・・」


けど、やっぱり処置の仕方がなってないのか、痛みが邪魔をしてうまく固定することができない。
こういうとき、新野先生やせめて善法寺先輩がいてくれたらやさしく手当てしてくれるのに・・・と悶々とする感情のままに頭巾の成れの果てを引き結ぶと、ズクリと足首が悲鳴を上げる。


「・・・〜〜〜っく〜〜〜・・・」

「アホか。そんな無茶苦茶な縛り方したら痛むに決まってるだろう」

「!?」


唐突に頭上から響いてきた声に、慌てて見上げるとそこには。


「ぅひぉっ!?」

「・・・もっとマシな悲鳴は出せんのか・・・」

「そんな顔が目の前にあったら出ますて!何してくれるんですか鉢屋先輩!」

「会話が成り立ってないように思うのは私だけか?」


こんなやり取りは実は一度や二度ではない。
頭上から響いた声に見上げてみれば伝子さんの顔、なんてことはざらなのだ。
私も学習能力がないわけじゃない。心がまえだってできるようになってきていたのだけど・・・


「何で八宝斎・・・」

「たまには趣向を変えてみるのもいいだろう?」

「余計なことを!」


せっかく伝子さんの顔に慣れかけていたのに、これでふりだしにもどってしまった。
くっそ〜、と頭を抱え込みたい衝動を抑えていると、鉢屋先輩の手が頭の上に乗ってきた。


「ったく、ただでさえ不器用なお前に自分の傷の手当てなんてできるわけないだろう。さっさとその手を離せ」

「!?のわっ、ておおおいぃぃい!?」


そのままがくがくとゆすられて脳みそがシェイクされ、慌てて乗っている手をどかそうと頭上に手をやる。
と、その隙に私の手から簡易包帯がするりとすり抜け、それはそのまま鉢屋先輩の手に収まってしまった。


「あ!」

「第一、4年にもなって足元もおろそかに走りこむとは・・・お前みたいなヤツを雇うところなんてあるのか?」

「失礼な!くノたまでありながら滝夜叉丸と渡り合えるんですよ!?すごいと思いません?」

「滝夜叉丸は木の根に蹴躓くような女に梃子摺るのか」

「くっ・・・!」

「実践ではないから気を抜いていた、なんてのは言い訳にもならんからな。学園を出たらなんの保障もないんだ」

「わ、っかってますよ!」

「さて、どうだかな。・・・ほら、さっさと乗れ」

「あ?」


目の前にさらされた人体の急所に、思わず、つい、寸鉄を構えそうになってしまった。
いやいや違う、この体勢はほら、あれだ。


「・・・馬跳び・・・?」

「そんなわけあるか!その足悪化させるつもりか!?」

「っわ、」


振り返りざまに腕を引かれ、鉢屋先輩の背中に倒れこむようにして覆いかぶさってしまった。
あわてて離れようとするも、それよりも早く先輩の手が足に回り、そのまま立ち上がられてしまう。
いつの間にかあれほど痛んでいた足は上手く固定されており、たいした痛みは感じない。
ということはつまり。


「・・・えー・・・」


え、助けられてるの?あの、鉢屋先輩に?
口を開けば罵詈雑言・・・とまでは言わずとも、皮肉のひとつやふたつは挨拶なこの人が?


「・・・何だ、何か文句でもあるのか」

「(・・・ここは、礼を言っとくべきだよなぁ・・・)・・・いえ、ありがとうございます・・・」

「・・・ずいぶんと不服そうだなぁ・・・?この場で落としてやってもいいんだぞ?」


ひくり、と口元が引きつっていそうな雰囲気で言われて、慌ててフォローを入れる。
ぶんぶんと首を振ったせいで不破先輩を真似た作り物らしい髪がふわふわと頬に当たった。


「いやいや、感謝してますってホント。え?ただ・・・えぇ?」

「いちいちうるさいやつだな。大人しく助けられることもできんのか」

「先輩が珍しいことするからこっちも調子が狂うんですよ!」

「・・・たまにはな、気まぐれだ」


はき捨てるように告げる先輩に、そんなこともあるのか、と半ば感心する勢いでその後頭部をまじまじと眺める。
暗がりの中では大雑把な判断しかできなかったけど、どうも先輩の耳が赤く染まっているように見えた。
今日は、特に寒いわけではないんだけど。


「・・・そういえば先輩はどうしてあそこに?先輩も走ってたんですか?」

「・・・気まぐれだ!」

「え、ちょ、どならないでくださいよ。ただでさえ近いんですから」

「もうお前黙ってろ!」

「・・・えー・・・」


歩く速度が速くなった気がしたけど、そんなに振動は来ないんだから。ホント、割と紳士なんですね。




「前言撤回!」「何の話だ!」「鉢屋、たとえくのたまでも女性は丁寧に扱っておいたほうがいいぞ」




(「学園に着いて立花先輩に会った途端落とすとか、マジで無い!」)
(「くっそイライラする!」「いっそ素直になってみたら?」「そんなの負けたみたいだろ!」「まぁ、先に好きになったほうが負けらしいしな」「断じて認めん!」)



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