麗らかな春、と言いたいところだけど、もう桜も咲いているのに今日は風が強くて少し冷え込む。
それでも学園の庭に咲いている桜から舞い散った花びらがつむじ風に乗って部屋の前を踊っているから、とても綺麗で、部屋の前の廊下に座ったままそれを眺めた。

少し寒い。でも、綺麗。

あ、二つできた。暢気にそんなことを考えていると、二つのつむじ風はダンスでもするかのようにくるりくるりと花びらを舞い散らせ、すいっと消えていく。
思わずクスリと笑みを漏らせば、隣に馴染んだ気配が座り込んだ。


「寒い」

「寒がり」


桜のダンスで楽しくなった気分のまま返せば、「何で廊下に出てるんだ、」と若干恨みがましそうな声を掛けられる。
部屋で温まってるとでも思ったのかな。
まぁ、私もそこまで寒さに強くないから、普段だったら部屋に閉じこもっていたかも知れないけど。
今日はだって、いいものが見れたからね。


「仕方ないだろ。ったく、春だってのに何でこんなに寒いんだ」

「着膨れた忍者なんてかっこ悪いよ」

「着膨れてないだろ」


ふるりと体を震わせた三郎は、確かにいつも通りの姿で特に半纏を着ているわけでもない。
雷蔵君が寒さに強いから、三郎はそれに合わせるしかなくて着ていないのか、私の部屋で温まるつもりだったから着てこなかったのか。
そんなこと、私にはわからないけど。


「うん、だから三郎はかっこいい」

「・・・そーかよ」


照れてぶっきらぼうに視線を逸らす三郎が、とても愛しく思えてニコニコとした顔が笑みの形から中々戻らない。
多分私、へらへらと馬鹿な女だとか思われてるんだろうなぁ、とか思いながら、それでも頬は上がり続ける。
それにまたつむじ風同士が激突してばらける、なんて場面を目撃してしまったものだから、流石箸が転がっても笑えるお年頃。
ついに抑えられなくなって、クスクスと笑いが漏れてしまった。
ちょっとあまりに顔が緩んでしまったから、下ろしていた足を上げて膝を抱え、顔を少し隠してみる。
そうして落ち着きを取り戻そうとしていると、「こら、」と三郎から軽い拳骨が降りてきた。


「?」

「・・・私の寝る場所がなくなるだろう」


下ろせ、と端的に言われて、寝る場所?と思いながら素直に足を下げる。
するとすかさず三郎が腿の上に頭を乗せてきて、少し驚いた。


「・・・風邪引くよ?」

「・・・かもな」


どうやら何も考えてなかったらしい。
らしくもない行き当たりばったりな三郎の行動に、照れ隠しと判ってさらに笑いがこみ上げてくる。
照れ隠しに、さらに恥ずかしくなることしてどうするんだろ。
耳、赤いよ?


「しょうがないな。看病はしてあげる」

「それは吉報だ」


雷蔵君に似せた柔らかい髪を撫でながら、暖かい気持ちで再び庭に目をやる。
今度は二つのつむじ風が一つになって、大きく空へと溶けていった。





そして一方。二人に気づかれないように木陰から覗く影が四つ。


「・・・ちょっと、あのバカップル何とかしてよ。自分の顔があんなふうになってるの見るのちょっと嫌だよ」

「自分で何とかしろよ。俺嫌だぜ。あの空気に入ってくの」


かなり嫌そうな顔をしながら小声で言い合う二人は、級友のいちゃつきシーンを複雑そうに眺めている。
その後ろでは幾分冷静に状況の分析をして、こちらも小声で話し合っていた。


「ジュンコでもけしかけたらどうだ?確かかやは苦手だろ」

「最近は頑張ってるみたいだよー。それに、逆に悲鳴でもあげちゃったらジュンコちゃんが危ないんじゃない?」

「ジュンコを危険な目にあわせるわけにはいかねぇなぁ。孫兵に殺される」


ダメダメ、と首を横に振る竹谷に、雷蔵は嫌そうな顔を少し緩めて肩を竦めた。


「・・・もう。どうする?あの二人はほっといて、僕達だけで花見に行こうか?」

「雷蔵・・・それ、三郎が拗ねることわかってていってるだろ」

「あは、」


やはり自分の顔を好きなように使われていることに少しの怒りは感じているらしい。
言葉だけの笑いは、声も目も笑っていない。
それにうすら寒さを感じながら、触らぬ神に祟りなし、とそっと視線を逸らす。


「・・・雷蔵、三郎に関することでは大分迷わなくなってきたよな・・・主に三郎に辛い方向で」

「それでいいってわかったんだよ」

「・・・ご愁傷様」


その言葉が今後雷蔵から辛く当たられることとなる三郎に対するものなのか、そう判断せざるを得なくなるまで三郎に遊ばれた雷蔵に対するものなのか。
言った本人はどちらにも取れるように告げたつもりだったが、他の三人にはどうとられただろう。
雷蔵はさして気にした風もなく、再び二人に目を向ける。


「でも実際、あれに声掛けても三郎不機嫌になると思うんだよね。・・・あ、何あれだから僕の顔で恥ずかしいことしないでってばちょっと」

「・・・雷蔵さん、怖いです・・・」


その表情を直視してしまった勘右衛門が思わず敬語で呟けば、竹谷が雷蔵の視線を追って二人の方を見る。


「おー、膝枕か?いいなぁかやの太もも柔らかそう」

「うわ・・・その発言、かなり変態だぞ・・・」


竹谷の変態発言に久々知が全力でドン引けば、竹谷も自分の発言のまずさに気づいてハハ、と頭をかく。
青少年なのだから致し方ない、といってもこの真面目には通じないだろう。
二人に習って甘い空間を眺めていた勘右衛門は、三郎の様子にじっと目を凝らして少し眉根を寄せた。


「ていうか三郎もこっちに気づいてるよね?あれって見せ付けてるのかな?」

「・・・じゃあ僕達だけで花見に行っていいってことだよ。自分はかやさんとイチャつくから、お前らはお前らで好きにしろってことだって。さ、行こう」

「・・・雷蔵に賛成」

「祟りの起きないうちにずらかろう」

「後で三郎に思い切り自慢話してやろうね」


各々思い思いの表情を浮かべて、勘右衛門は最後に一つ、三郎にあかんべをしてからその場を去った。
気づいたかどうかはわからないがきっと気づいただろうし、もはや気持ちの問題だ。
自分達が動いたことによってできた風がかやを喜ばせ、連動的に三郎を喜ばせていることには気づかなかった。


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