中秋の名月とはよく言ったもので、今日も今日とて綺麗にまん丸のお月様が頭上に輝いている。
夜の闇もなんのその、と辺り一帯を冷たい光で照らし出す様は何度見ても飽きない。


「今年も随分一気に冷えたねー」


話すと同時に口から出て行く白い息に少し嬉しくなって、はー、と息を出してみる。
湯気のようにあっさりと消えたそれを見送れば、隣に来ていた気配が座り込んだ。


「あぁ、紅葉がすごいよな」

「おかげで空気も冷えて、月が綺麗に見える見える!いやー、絶好のお月見日和だね」


隣を見ながら声を掛ければ、珍しくやわらかい表情で頷いてくれた。
手に湯豆腐を入れた器を持っていて、そこからは例えではない湯気が立っている。
暖かそうなそれに、表情の理由はそれか、と少し笑えた。


「満月は行動を制限されてしまうから、忍者としてはよくない日だが・・・たまには、悪くない」

「豆腐ばっかのくせに」

「お前こそ、本当の目的は酒だろ?」


呆れたように笑っているその視線が私の手に向いているのに気づき、軽く持ち上げてちゃぽちゃぽと揺らす。


「月は金を取らないからね。絶好の肴だよ」

「・・・お前らしい」


お互い様ね、と軽く笑い、特にそれ以上会話を交わすことなく自然と月を見上げた。
一応は、彼・・・兵助とは、恋人同士ということになるのだけど。

兵助は、恋人らしいことをしない。
たとえば、こういうときに手を握ったり、肩を引き寄せたり。
それどころか、必要以上に近づこうとしない。
もしかしたら、事故や必要に駆られたとき以外、私に触れたこともないんじゃないかな。
常に一定の空間を空けているそれは、必要以上に踏み込んでこない距離感が心地いいとも取れるけど、恋人の距離としては少し首をひねってしまう。
元来の性格から人との距離を遠めに取っている私はそれでいいけど、兵助はどうしてだろう。
私と同じと思うには、普段彼が友人たちと接している時の距離感が邪魔をする。
まぁ、友人たちのほうがずかずかと詰めているっていう考え方もあるかもしれないけど・・・
精神的なものを重視しているのかな。
私に女としての魅力がこれっぽっちもなくて、友人感覚で付き合っているから・・・とか、そういうことは考えない。
伊達に五年も忍者になるための勉強をしてきたわけじゃない。色の授業だってちゃんと受けてる。
しっかりと鍛えてきた観察眼は、兵助が私を異性として見ていることも教えてくれた。
私としては・・・兵助となら、もう少し進んだ関係にしてもいいと、思っているのだけど。

ちら、と隣で不自然でない程度な空間を空けて座っている兵助を盗み見る。
その瞳は月の光を受けてキラキラと光っていて、恋人の贔屓目を抜きにしても整っている顔立ちだと思う。
彼はきっと、好きでもない女の横にこうも平然と座り続けるなんて器用なこと、忍務でもなければしないだろう。
・・・気にしすぎ、かな。
私も下手にずいずい詰め寄られても、きっと警戒してしまうだろうし。
今のままでいいと思っているうちは、気長にのんびりいきますか、と視線を月に戻し、く、と一口含む。
じんわりと広がる酒の味と、冴え冴えと空を照らす月に、美味い、と思わず顔が綻ぶ。
そちらに集中してしまった私は、隣からそっと見つめてくる視線に気づくことはなかった。






そして、一方。


「・・・あぁもうじれったい!そこは腕を掴んででもこちらを振り向かせるところだろう!」

「ちょ・・・三郎!聞こえちゃうよ!」

「知るかそんなもの!どうせ兵助なら気づいても放置するだろう!」


別の屋根の上から、二人に気づかれないようコソコソと覗く、お約束の四人。
慌てて三郎の憤りを宥める雷蔵も、「それはそうだけど・・・」と若干苦笑気味だ。
しかし今にも屋根瓦を拳で叩きそうな三郎を放っておくと、ばれるばれない以前に近所迷惑になること間違いない。
ただでさえ学園の者が寝静まる夜半、こんな風に気配を消して屋根に登っていればどこぞの鍛錬馬鹿に「曲者!?」と攻撃されかねないと言うのに。
同じように覗いている他の二人は、三郎のことは雷蔵に任せるのが当然とばかりに我関せずで役に立たないし。
もう、とため息を漏らせば、助け舟のつもりなのか竹谷が苦笑いしながら話を振ってきた。


「かやも気づいてないのか?」

「あの子はお酒が入ると一気に警戒心弱くなるから・・・」

「あぁ・・・だから飲みのときは兵助が付きっ切りなのか・・・」


同じ光景を思い出したのか、若干遠い目をしながら先ほどからほぼ微動だにしていない二人にまた目を移す。
酒好きなかやは、いくら呑んでもぱっと見はほとんど変わらない。
それは酒に呑まれるようでは忍者として失格だという理性が戦っているからなのか、単純にそう言う体質なのかはわからないが・・・
問題は、見た目は変わらないのに、普段の人に対する警戒心がかなり薄れることだ。
酒を呑むときは気を抜いてもいいときと判断しているのかは知らないが・・・男として、警戒心の薄い女が目の前にいて何も思わないということはない。
だからこそ、仲のいい面子で酒を呑み交わすときは久々知が付きっ切りとなるのだが。


「今こちらを振り向かせれば、おそらくかやの唇は酒で濡れていることだろう・・・そうなれば、月の光で艶やかさを増したそれに食らいつかない愚か者はいない!」

「間違いなくお酒の味がする接吻になるね・・・」

「酒の味見をさせろとか言って口内を舐め取ってしまえばいい」

「・・・三郎って結構そういうこと考えるんだな」


こちらもなぜか熱が入ってきている三郎に竹谷が呆れれば、ようやく自分が言っていることに気づいたのか少し静かになる。


「でも確か、かやってそういう口先系嫌いだよね」

「私はかやを落とそうなんて思っていないから問題ないだろう」

「・・・まぁ、そういうもんかな」


身も蓋もない三郎の物言いに苦笑しながら、それ以上言及することを止める。
口ではどうこう言いつつも、実際そういう場面になると三郎がどうなっているか、よく知っているからだ。
それがまた本気かどうかを見極めるポイントにもなっていたりするのだが・・・それはまた別の話。

その後も四半刻ほど二人を観察していたが、どうやら発展しそうにないと見切りをつけ、湯豆腐も酒もない状態でこれ以上いても風邪を引くだけだとその場を去った。






四人が去ったあと、それを確認した男がそっとその距離を縮めたことは、夜空を照らす月だけが知る。


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