冬
「おかしい・・・早すぎる・・・」
明るすぎる外の光を惜しむことなく透き通す障子は、外の気温さえも惜しむことなく室内へと届けてくれる。
妙に気の早い今年の冬は、師走に入ったばかりだというのに外の景色を白銀へと変えていた。
寒さにはめっぽう弱い私は、夏の間はしゃぎまわっていたのが嘘のように布団に包まって丸まっている。
顔を出すのすら辛い。むしろ自分の吐く息で布団の中が温まるので、頭を出すのは正しい判断だと思えない。
寒さのせいか酸欠のせいか、判断能力まで低下した私はそのまま意識を手放した。
「うわ、やっぱり」
呆れたような、笑うようなその声が聞こえたのはどれぐらい経ってからだったのだろう。
降り積もる雪のせいなのか、静けさが支配していた空間に突如飛び込んだ音と冷気に意識が覚醒すれば、その声の持ち主も誰なのか容易に想像がつく。
というか、私の部屋に無断で入ってくる男なんて、一人ぐらいしか知らない。
「・・・本当にそういうところだけは実力つけていくんだから・・・」
「ちょっとかやー?布団被ったままじゃくぐもってて何言ってるかわからないよー?」
「顔を出して欲しいならせめて扉くらい閉めて」
「おっと」
今気づいた、といわんばかりの声を出してぱしん、と扉を閉める音がすれば、ようやく外の冷気が僅かながらも遮断される。
それでも男が一緒に連れてきた冷気はせっかく温まっていた部屋を冷やすのには十分で。
布団を被っていても十分感じる室温の低下に、私はますます固く布団を巻きつけるのであった。
「・・・ほんとに寒さに弱いねぇ・・・温石使ってるんでしょ?」
「・・・とっくに冷えてるよ・・・」
触れるのも嫌になった元温石を足で布団の中から追い出せば、耐え切れないといった風に吹き出す音が聞こえる。
「ぶふっ・・・!かや!何か産まれたよ!?」
「・・・死産だったみたいだね・・・残念」
ケラケラと楽しそうに笑う男に冗談を返せば、さらにつぼだったようで必死に笑いを耐える気配が伝わる。
あれでも一応侵入者だという自覚はあったようだ。
これ以上大きな声で笑えば、いくら近くに人の気配はないとはいえくのたま長屋に男が居ることがばれてしまう。
そうすれば忍び込んできた本人だけでなく、私にまで害が及ぶのだから本当にわずらわしい。
・・・まぁ、この男の侵入自体を煩わしいと思っていない時点で、私の負けではあるのだけど。
「・・・ほら、もう扉も閉めたことだし、そろそろ出てきたら?」
「・・・ん」
ごそごそと布団の中で体勢を変えて座り込み顔だけ出せば、一気に冷たい空気が頬に触れる。
それに顔をゆがめれば、目の前の男が苦笑を零して手を伸ばしてきた。
軽く目を伏せて待てば、大きくていくつか肉刺のある手がそっと頬を包む。
その温かさに眉間によっていたしわが解れるのを感じ、私も現金だなあ、と内心で呆れた。
なんだかんだ言いつつこの男・・・尾浜勘右衛門が私の部屋に侵入してくるのを止められないのは、基礎体温の高いこの男の温かさに少しでも縋りたいからだ。
「かやー、お前のほっぺた十分あったかいよ?」
「だからこそ布団の外が寒く感じるのだー」
「のだー?」
「のだ」
「のだー」
ついでに、この下らないノリも結構好きで。
正直に言えば、尾浜勘右衛門という男のことが、かなり好きで。
彼が何故こうして私の部屋へと足を運んでくれるのかは知らないけど、この時間が至福であることも確かで。
今日のように本当に寒い日はともかく、多少冷え込む位の日にもいそいそと布団に包まる私は相当重症なんだろう。
「でも確かに、今日はやけに寒いよね・・・おれも冷えちゃいそう」
「え゛。」
「ね、おれも一緒に布団被っていい?」
「は!?」
「このままじゃおれも冷えちゃうよー」
今まで走ってたから温かいのであって、火鉢なんて贅沢なものがあるわけでもないこの部屋にいるだけではそのうち冷えてしまう、と男は言う。
それは由々しき事態だ。が。
「(だからって仮にも男を布団の中に招き入れるって・・・!)」
「別に横になろうってわけじゃないんだからさ!二人とも座ってれば、絵面的にもそこまでまずくないだろ?」
「座って・・・?」
ふと思いついたのが、今の体勢のまま頭から布団を被るような。
しかしそれではきっと布団の面積が足りず隙間から空気が入ってしまうし、そのうち苦しくなることが目に見えている。
とすると、とそこまで頭を回転させたところで、男の表情が含みを持った笑みに変わった。
「えーいっ」
「!?ちょっ!・・・っひぃ!!」
「うわー、かやも布団もぬくい〜」
「寒い!冷たい!」
「だって今まで外に居たんだよ?体はともかく、服は冷え切ってるよ〜」
大丈夫、そのうち暖かくなるって、と後ろ・・・というより耳元から笑みを含んだ声が聞こえて、内心パニックに陥る。
というか、突然好きな人に後ろから抱きこまれてパニックにならない人がいてたまるか!
思わず騒ぎそうになった口を何とか閉じたのは、この状況を誰かに見られるのが確実に一番まずいと寸でのところで気づいたからで。
そして、宣言どおりすぐに高い体温が背中から伝わってきて、その心地よさにその体勢のまま落ち着いてしまった私はきっと馬鹿なんだろう。
「・・・くそぅ、あったかい・・・」
「・・・だろー?」
返事まで少し間があったものの、基本的に声の調子が変わらないのだから、きっと不埒なことは考えていないだろう。
ならもう、まぁいいか、と体の力を抜いて身を預ける。
勘右衛門の体は私なんかすっぽり覆いつくしてしまえるぐらい大きくて、安心して体を預けることができて。
このまま寝ちゃうのもいいかなぁ、なんてぼんやり考え始めたら、意識が無くなっていくのも早かった。
「(ちょっと・・・無防備すぎでしょ、これは・・・)」
自分の腕の中で眠ってしまった存在に、自分で作った状況とはいえどうしたものか、と頭を悩ませる。
これは果たして、自分は男として認識されているのか。
「(ま、焦らずじっくりとわからせてやろうかな)」
今はまだ、温もりを与える存在でいい。
「(近いうちに、熱を与える存在になってあげるから)」
今はまだ。
無防備にさらされる唇や、首筋ではなく、米神に。
慈愛の意味をこめて、唇を一つ落とした。
一方。
くのたま長屋の天井裏・・・ではなく、普通に忍たま五年長屋の一室にて。
「・・・んで、どうだった?」
「どうもなにも・・・なんかもう、居た堪れなくなって帰ってきた」
「あーやっぱそうなったかー」
忍たま五年生といえど、くのたま長屋は厄介な地。
いつものように覗こうものなら、くのたまたちが嬉々として料理してくれること間違いなしだ。
天井裏など論外、足を踏み入れようものなら遠慮も容赦もかけらも無い罠の数々が待ち受けているだけで。
そんな中に勘右衛門が入り込めたのは、自覚は無いが秒読みの公認カップルというよくわからない認識をもたれているからだったりする。
「やっぱり勘右衛門って、天然なようで結構策士なところあるよね」
「・・・くそ、つまらん」
「やっぱ俺も行けばよかったか?」
何とか兵助だけでも、と送り込んだものの、兵助の性格ではこうなることは予測できたといえばできたのだが。
雷蔵はもともとこういったことには向いてないし、竹谷も気配を消すのは一流なのだが・・・
「お前の伝え方は感覚的だからなぁ・・・」
「そんなことねぇって!」
「「おほーって感じだった」とか「やべぇよ!まじやばかった!」とかで何が伝わると思うんだ」
「う・・・!・・・っていうか、何でお前がいかねぇんだよ!こういうときこそうってつけだろ!?」
「・・・・・・」
「・・・・・・な、なんだよ、黙り込んで・・・」
突然反論どころか反応すらしなくなった三郎に竹谷がうろたえると、雷蔵が隣で困ったように笑った。
「・・・どうやらこの間、くのたまの子に悪戯を仕掛けたのがばれたらしくてね。散々仕返しされた挙句、くのたまの子達暫くは怪しいと思った相手は顔をひっぱるようにしようって決めたらしくて」
「あー・・・それは・・・」
「ご愁傷様というか・・・自業自得というか・・・」
級友たちから一気に哀れみの視線を向けられた三郎は、憮然とした顔をして目を逸らした。
どうやらあまり知られたくないことだったらしい。
「・・・それはともかく、このまま勘右衛門の状況を把握できないのは我々の沽券に関わる」
「何時の間にそんな大事に?」
「ていうか、雷蔵の状況も俺たち知らないよな」
「え、僕も見られるの?」
「もちろん雷蔵のもだ!下手な女に引っかかっていたりしたら見過ごすわけにはいかん!」
「ふーん・・・僕の目を信用してないんだね、三郎」
「そ、そんなことは・・・だが万一ということも」
「まぁ、所詮見たいだけなんだけどな」
「俺たちも見られたんだし、フェアに行こうぜ」
「・・・しょうがないなぁ」
途中若干冷たい空気が一部流れたものの、比較的平和な五年は今日も平和だ。
14歳というお年頃な少年達は、今日も人の・・・特に知り合いの色恋沙汰に興味津々なのであった。
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