ココア、コーヒー、冬の空


「寒・・・」


今日だけでもう、何度目だろう。
つい口から出てきた言葉は、白い息と共に夜空へと消えていく。
隣に座る留も、最初は「そうだな、」とか、「おー、」とか返してくれていたけど、もう無言で空を見上げるだけになっていた。
何度も同じこと言ってめんどくせーとか思われてるかもなぁ、と少し思う。
ちらりと顔色をうかがっても、鋭い目付きと赤く染まった頬のアンバランスさにばかり目がいって、感情まで読み取れない。
物語の世界なら、留が眉をひそめてたり、唇を引き結んでたり、って描写で感情が読み取れるのに。
現実はそうもいかないよね、と少し思った。





以外とロマンチストな留に「星を見に行こう」と誘われたのが、ことの始まり。
つい「今夜?」と応えれば、そんな急ぎじゃねぇけど、と苦笑されてしまった。
三次元の住人には通じなかったようだ。
まぁなんだかんだ行くことが決まったら、後は天気と相談するだけ。
曇りで見送った日が何日か続き、漸く晴れた今日。
キンキンに冷えきった空は観測にはもってこいの天気だけど、いくら防寒したところでその寒さには勝てそうになかった。
肩甲骨の間と腰とお腹に張ったカイロの恩恵に少しでもあずかろうと、ベンチの上に足を上げて背中を丸める。
それでも上を見上げるからすぐに首が痛くなって、背もたれに寄りかかった。

観測をはじめて早一時間。
お目当ての彗星は、まるで見つからない。


「・・・ほんとに見えるの?」

「伊作からの情報だと、丁度今くらいの時間に見られるはずだが・・・」


あ、今少し眉をひそめたのがわかった。
でもその意味するところが、私に対してなのか伊作君に対してなのかがわからない。
やっぱり現実、そうはいかないよねーとまたマフラーに顎を埋めると、留が携帯を取り出したのが視界の端に写った。
横目で覗いてみれば、伊作君とのメールを読み返しているみたい。
そこでネットじゃなくて友達の情報を確認する辺り、留だなぁと少し笑った。


「・・・ちょっとトイレ」

「ん、」


パタンと携帯をたたんだ留がポケットにそれを仕舞いながら立ち上がる。
さっき私も行ってきたところだったから、なにも言わず送り出した。
冷えると行きたくなるよね。
別に治安が悪いわけでもないから一人にされることに不安もないし、特に見送ることもなくそのまま背もたれに頭まで預けた。

見上げれば視界一杯の、満天の星空。
高台にある人気のない公園は、こういうデートにはもってこいの穴場スポットだ。
多分ここを見付けたから誘ってくれたんだろうな、とバイク好きの彼の活動範囲の広さを思い浮かべてまたクスリと笑う。
一人ではめったにホームグラウンドから出ることがない私とは、とことん反対側の人間だと常々思う。
いつ捨てられてもいいやと思って付き合い始めたのに、最近それが少し怖くなってきたのが問題だった。
留が私の何を気に入って一緒にいてくれるのか、わからないから対処しようにも二の足を踏む。
ナントカ彗星さん、これ以上私の不安を掻き立てないでくださいな。
探しても探しても見つからないこの感じと一緒だとか、考えちゃうじゃないですか。


「ん、」

「ん?・・・あ、っと。ありがと〜」


帰ってきた留が、上を向いたままだった私の額に、飲み物を乗せてきた。
冷えきっていたから特に熱さも感じず、でもそこに乗せる?と少し笑ってそれを受け取る。
帰りながら飲み始めてたのか、ふわりとコーヒーの匂いが漂う。
私も冷めないうちに、と思って確認もせずカシリとプルタブを引いて、口に含んだ。
・・・いや、一瞬早く匂いでコーヒーではないと気付いたんだけど、それよりも甘いものが口に入ってくる方が早かった。


「っ?」


予想外の味に思わず慌てて缶を元に戻せば、チャプンと音がして留がこちらを振り向く。


「・・・どうした?」

「いや、コーヒーだと思い込んでて・・・」

「?ココア嫌いだったか?」

「いやいや、大丈夫大丈夫。ココア好きだよ」


逆に、私の好みを知っていたのが予想外というか・・・
大抵「ブラックで飲んでそう」とか言われる性格してるから、甘いのも好きだってことは忘れられがちだってだけで。
誤魔化すように「びっくりした、」と笑いながら言えば、留も「あるある、」と乗ってきてくれる。


「ジュースだと思って麦茶とか飲んじまうと、滅茶苦茶苦いよな」

「そーそー。何か妙に甘かったから」


そのままどちらともなく視線をまた空に向ける。
会話が途切れない、なんて疲れることもなければ何の反応もなくて気まずい思いをすることもない。
本当に、私には過ぎたくらい丁度いい人。
このままのーんびりふわふわな付き合いを続けていければいいんだけどなぁ。



「「あ、」」



視界を真っ直ぐ、一本の線が横切る。
あれって、


「流れ星・・・?」

「だな。すごいぞ、彗星見に来て流れ星見られるなんて」


嬉しそうに声が弾んだ留のテンションに少しおかしくなって、クスクスと笑いをこぼす。
留の言う通り、いっそこっちの方が運がいいくらいだ。
2ヶ月間割りと自由に見られる彗星と、流星群があるわけでもないのに見える流れ星。
所詮宇宙の塵の塊だとかロマンのないことを言う人もいるけど、広大な宇宙の一画、それが集まって燃えるその瞬間を見ることができる。
それって十分、美しく奇跡的なことなんじゃないかと思うわけで。


「・・・あーなんかもう、当初の目的越える収穫だわー」

「だな。これ以上はさすがに堪えるし、そろそろ帰るか」

「賛成。私は満足です」


何かもう、元気づけられました。
悩みが解決したわけじゃない。
でも、安心できる'何か'は、十分手に入った。


「うー・・・さみ。かや、クリスマスプレゼントは是非暖かくなるものを頼むぞ」

「もう出来ちゃってるので注文は受け付けられません〜」

「え、手作り!?」

「そだよ〜」

「マジか!何作ってくれたんだ?」

「25日まで待ちなさい」


今なら、留の表情を描写することができそうだ。
'ぱあっと明るくなった'表情は、私の心も温かく灯す。


「楽しみだな〜クリスマス!」

「私もだよ」


きっと不安は、必要ないとわかったから。






(「え?あの彗星なら消滅したからもう見れないよ?」「!?」)


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