壊れるモノ、なおすモノ
「・・・あぁそうかい!ならもう好きにするといい!」
「こっちの台詞だ!お前の顔なんて二度と見たくない!」
五年生が喧嘩をしたらしい、という噂が実しやかに流れ始めて、数日が経ちました。
いつも仲良し五年生、が、そのとき言い合っている姿を目撃した人物は意外と少なく、それが事実確認に待ったを掛けているようでした。
僕は偶々近くを通りがかり、偶然一部始終が耳に入ってきてしまっただけです。・・・本当です。
あ、自己紹介が遅れて申し訳ありません。
僕は用具委員会所属、4年ろ組の大野圭吾です。
4年とはいえ、い組の平、ろ組の田村を筆頭とする綾部、斉藤さんのようなアイドルグループのもつオーラは微塵もありません。
どちらかというと、用具委員1年生の下坂部君のほうが近いものを感じます。
というか・・・1年生の頃の自分を見ているようであるというか・・・
「留三郎!壊れたから新しいのをくれ!」
「っ・・・!な、っ七松先輩・・・!?」
要はひどく、ビビリなわけであります。
用具倉庫の扉を蹴破るような勢いで入ってきた七松先輩は、キョロリと倉庫の中を見渡して、僕一人しかいないことを確認されると首を傾げられました。
「ん?何だ、お前一人か?えーっと確か、大野!」
「あ、はっはい・・・皆さんは塀の補修に・・・」
「そうか、なら怒られなくてすむな!」
なはは!と笑いながら差し出されている手には、穴が開いてぺちゃんこになってしまっているバレーボール。
あぁ、またですか・・・と痛む頭を押さえながら、「では・・・」とぺちゃんこのボールを受け取りました。
今は委員会活動の時間。いつものように体育委員会でバレーをして、勢い余って強く打ち込みすぎてしまったのでしょう。いつのもことです。
何の抵抗もなく僕の手の上に乗ったバレーボールの残骸は、どうやらまだ直せる範囲の破損具合のようで。
僕は後ろに控えている破けたバレーボールの山の上にそれをぽすんと置き、先ほどまで手にしていた直りかけのバレーボールを再び手にしました。
食満先輩が下級生を連れて塀の補修作業に向かわれる一方で、僕はこうしてちまちまと内職のようにバレーボールを繕っているのであります。
別に僕が塀の補修では役に立たないからとかそういうのではなく、単にこうした細かい作業のほうが得意で、逆に他の用具委員はこういった作業が苦手であることが理由なのですが。
あ、食満先輩は別です。力仕事も手作業もそつなくこなされるあの方は父であり母でもあるようですから。
「今は・・・、見ての通り、なのですが・・・お渡しできる代わりのバレーボールがありません。申し訳ありませんが、数日中には直しておきますので・・・」
暗にお引取りを、と願いましたが、何故でしょう。七松先輩はその場から動かれる様子がありません。
それどころか、首をかしげてこちらをじっと見ています。
なになになになに怖い怖い怖い怖い。
「・・・棄てるのではないのか?」
「・・・はい・・・?」
暫く観察された後、言われた言葉はわかりましたが、言われた意味が分かりませんでした。
何故棄てるのですか?まだこんなに綺麗で、破れているのだってほんの少しなのに。
改めて山の上に乗せたバレーボールを手にとって見ても、やはりまだまだ使える様子。
ちら、と七松先輩の様子を窺えば、首をかしげたまま僕の手元をじっと見るばかりで。
恐る恐る、間違っていないことを祈りながら口を開きました。
「これぐらいの破れでしたら、まだ繕えるので・・・」
「お前が繕うのか?」
「はっ、はい・・・」
「へー・・・じゃあ見せてくれ!」
キョトン、と丸い目をこちらに向けられたことにドキドキしながら頷けば、続けられたそんな言葉。
疑問符どころか疑問の形にすらなっていないその言葉に、一瞬思考が止まりました。
「え・・・えええええ!?」
・・・・・・。
・・・と、叫べたらどれだけ楽だったでしょう・・・
そんな風に大声を出して相手の意見に異を唱える胆もない僕は、「・・・は、はいぃ・・・」と蚊の鳴くような声で言うしかなかったわけです。
チクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチク・・・
ひたすらに、ただ只管に。
無心になって針を動かす僕の額と脇と掌には、びっしょりと冷や汗がたれています。
すみません、汗っかきではないと思っていたんですが、環境に耐え切れませんです。
あれからどれくらい経ったのでしょう。
感覚的にはもはや一刻は経っているのですが、日の傾きを見る限り、そして塀の補修に行った先輩方が帰ってこないところを鑑みるに、おそらくまだ半刻も経っていないのでしょう。
「まだ終わらんのか?」
「・・・す、すみません・・・」
これでも精一杯急いで修繕しているのですが・・・。
ようやく一つ目のバレーボールの修繕が半分ほど終わったところで、まだ完成には時間が掛かります。
ゴロゴロと暇そうに転がりながらもじっと見てくる視線に心臓をいくつも消費しながら、ひたすらに手を動かし続けました。
「壊れるときはあんなに一瞬なのになぁ」
本当に不思議だ、と言わんばかりの声色でそんなことを言われて、ふと、首を傾げました。
「・・・直したり作ったりというのは、時間がかかるもの、ではないでしょうか・・・」
相槌のように自然と言葉が零れたのに気付いたのは、ゴロンゴロンと転がっていた先輩の体が、ぴたりと動きを止められたときでした。
「・・・ん?」
「あ、いっいえ・・・」
自分の失言に気付き、慌てて取り繕おうとするものの、・・・視線が痛いです、七松先輩・・・!!
はっきりと、端的に、「言え」とおっしゃられる視線にどうしようもなく、逃げることもできませんでした・・・
一生懸命頭を回転させて、できるだけ不快な思いをさせないような言葉を探し出す。
「た、確かにもっと手早く直すこともできますが・・・それだと、またすぐに壊れてしまうと思います・・・」
早く直すことと、適当に直すことは、まるで違うと思うのです。
どんなに丁寧に直しても、一度壊れたものはどうしても脆くなります。
直した場所からまた亀裂が入り、そして壊れる。
そしてそれは、目に見えないものでも同じなのではないかと思うのです。
いえ、むしろ目に見えないからこそ、直せたと思っていても、表面しか治っていないこともありえます。
ちらりと脳裏を過ぎるのは、一学年上の先輩方の背中。
・・・いえ、他人事に首を突っ込むのはお門違いなわけなのですが。
・・・ですが、
「・・・掛けた時間の分だけ、壊れにくいものができるのではないでしょうか・・・」
あの方達は、五年という月日を掛けてあの関係を作り上げていらっしゃる。
であれば、傷がついたように見えても、また元通りになれるのではないか、と期待しているのです。
あの、背中を向け合った姿は、後輩としてあまり見ていたくありませんし・・・。
だから、その・・・
僕の修繕の手が遅いのは、丁寧に直しているということで、勘弁していただけませんか・・・!
「ふーん・・・成程な。そういえば人は十月十日もかけて生まれてくるんだったな」
え、何でここで人が例えに出てくるのですか怖いです。
ぼんやりとどこも見ていないような目をしていらっしゃるので、おそらく僕に聞かせた言葉ではないのでしょう。
やめてください発想が怖いです連想させないでください。
「だが、どんなに時間を掛けてつくったものでも、壊れるときは来る」
「だから丁寧に扱えって言うんだよ、この破壊魔が」
きゅ、救世主・・・!
声の聞こえたほうを見ると、開け放たれた入り口から後光が差し込んで、神様のようになっている食満先輩がいらっしゃいました。
「お、留三郎!」
「まーた何か壊したのか?」
「ボールをな!そんなことより、面白いもの飼ってたんだな!」
飼ってたんだな、飼ってたんだな、飼ってたんだな、・・・
「飼ってる言うな。そいつは人間だぞ」
け、食満せんぱああああい・・・!!!
もう僕、一生この人についていきます・・・!
「細かい事は気にするな!」とかおっしゃってる人とちょくちょく会うことになりそうだから行きませんけれども!
「ったく・・・圭吾。急がなくていいぞ。直すのには時間と手間が掛かるんだって教えてやれ」
「は・・・はい・・・」
まぁ、勿論そんなことを口にする勇気は1μたりともあるはずがないのですが。
「三郎!お前またイタズラしたのか!?」
「いやいや、今日はハチの顔を借りたから大丈夫だろう!?」
「あほう!オレの顔だって使うなー!」
不意に、倉庫の上を賑やかな声が通り過ぎていきました。
一瞬で通り過ぎていったそれは声だけで、足音がまるでしなかったことや、そもそも屋根の上から聞こえてきたこととか、流石だとしか言いようのないそれらはまぁ置いておくとして。
「何だ、あいつら喧嘩してたんじゃなかったのか」
「何だ、あいつら喧嘩してたのか?」
「いや、・・・あぁ、お前には鉢屋の変装は大して意味ないんだったな・・・」
「最近違う顔をしていたのは知っていたぞ!」
賑やかに会話を続ける先輩方から目を逸らして、手元に集中することにしました。
ただ、口元が緩くなるのはそのままにして。
おそらく七松先輩がこちらに意識を移して、僕の作業が滞ってしまわないように気を使ってくださっている食満先輩のためにも、僕は作業をさっさと終わらせましょう。
時折戻ってくる賑やかな声と、先輩方の他愛もない会話で耳を楽しませながら、僕はチクチクと手を動かし続けるのでした。
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