親務


「仕方ないよ・・・仕事だもん」

「・・・は?」


自分の耳がおかしくなったのかと、一瞬疑った。
今、仕方ないと言ったか?この女。
病気で死にかけたというのに、それを見舞いにすら来ない親を、仕方ない、と?


「・・・・・・」

「あ・・・ご、ごめんね?せっかく来てくれたのにこんな話して・・・」

「ほう、私の機嫌が悪くなっていることはわかるのか」

「・・・・・・」


俯いて困ったように笑うかやに、そんな表情をさせたいわけではないのに、と後悔の念が湧き上がる。
しかしそれを表に出すことはせず、気持ちを切り替えるために一つため息をついた。


「・・・お前に言っても仕方ないのはわかっている。だが、それでは私の腹の虫が納まらん」

「え・・・」

「だが、お前に言いたいこともあるな」


顔を上げたかやと視線を合わせ、捕らえる。
私の気迫に押されつつも目を逸らせなくなったかやをしばし睨み、おもむろに口を開いた。


「・・・何が“仕方ない”だ」


自分の眉間に、皺が寄っていくのがわかる。
・・・こんな女、放っておけば良いのに。それができない自分に嫌気が差した。
何が忍だ。こんな女一人に執着しておいて、何が。


「・・・お前は子だろう。子というのは、親に愛されて然るべきだ」

「こ、子どもって・・・私もう成人して」

「親がある限り子は子だ。独立?そんなものは親が死んでから考えろ。迷惑?かけてやれ。産んだ以上その責任が親にはある」


確かに、そんな甘い世界ばかりではないのかもしれない。
けれど、一人で生きていけないのは人類共通の弱点なのだ。


「ならば、娘が生きるか死ぬかの場面で仕事を優先していいはずがない」


命あっての物種とはよく言ったものだ。
この時代、仕事の収入が少なかったくらいで一家全員首をくくらなければならないわけでもあるまい。
かやの目が揺れるのをじっと見つめ、衝撃を受けている様子につきそうなため息をぐっとこらえた。
親は「この忙しい時期に病気になんかなるな」という戒めの意味をこめて言ったのかもしれない。
けれど、その言葉は決して、病気で弱った心に突きつけていいものではないはずだ。


「それを何とも思っていない様子に、私は腹を立てた」


少なくとも、完全に蓋をしている。
傷を隠している。
隠しても治るどころか、膿んでいくばかりの傷を。


「怒れ」


そんな言葉を突きつけられたことに。


「泣け」


仕事を優先し、自分を放置したことに。


「甘えろ」


その権利が、当然のものとしてお前にある。


「・・・っ!」


くしゃり、と顔をゆがませたかやの頭を引き寄せ、ゆるりと撫でる。
ようやく、泣いたか。
大して声を出すこともなく肩を振るわせ泣く様子に、もっと言ってやろうか、とむくりと頭を擡げる心を何とか押さえつけ、肩を包み込むようにトン、トンとゆるく叩く。
やはり私では、限度があるか。
悔しいが、かやは私に最後まで心を許していない。
当然だろう。付き合いもそこまで深くないし、何よりコイツには想い人がいる。
私では、そいつの代わりにも、家族の代わりにもなれないのだ。
だからこそ、その権利があるにも関わらずそれをしないそいつらに腹が立つのだ。
一通り涙を流して幾分すっきりしたのか、少し体を離したかやを開放して席を立つ。


「ご、ごめん・・・ちょっと、涙腺弱くなってて・・・」

「ふん、ならばもっと弱くしておけ」

「え」


未だ笑おうとするかやに吐き捨てるように言葉を残し、扉に手を掛ける。
爆弾になるやもしれんが、そんなもの知ったことか。
敵に塩を贈ることに比べれば、安いものだ。


「アイツにここに来るように言っておく。何をおいても、な」

「え・・・えええ!!?」


パタン・・・と閉じた扉の向こうから聞こえる驚きの声に、少しおかしくなってふ・・・と笑いを零す。
しかしそれも一瞬で、次の目的地に向ける足は自然、早足になっていた。






「・・・仕方ないでしょう。ウチは自営業だから、稼ぎ時に働かないと店の存続に関わってくるんですよ」

「そんな程度の店、潰してしまえと思うのだが?」

「なっ・・・そんなことできるわけないでしょう?」

「丸一日店を休めと言っているわけでもあるまい。仕事場と病院がそこまで離れているわけでもあるまい。昼休み、たった10分顔を見に行くぐらいのこともできないと言うのか?」

「・・・私たちも休まないとやっていけないんです」

「そのためには、死に掛けたくらいの娘は放っておいても仕方ない、と」

「・・・そんなことは・・・」

「言動が一致しないな?」


黙り込んだ親に一歩詰め寄り、胸倉を掴み上げる。
驚いて目を見開く親に、感情のままにぶつけた。


「娘が寂しがっていることさえわからないのか!?ふざけるなよ馬鹿者が!!」


どうしても、この一言を言ってやりたかった。
この親にも育った背景があるらしい。
親に愛されることなく育ってしまった、それが普通の家だったのだと、そう聞いた。
・・・それを、娘の口から、言わせるのか。
“仕方ない”と、娘に諦めさせたのだぞ。


「子は、親を選べないのだ」


自身の口から、搾り出すような声が漏れる。
親も子を選べないと、傲慢な親は言うかもしれないが、それは違う。
親は子を、育てるのだ。
それを疎かにして、それを已む無しと割り切られて、それで幸せといえようか。


「“自分の下に生まれて幸せだ”と、胸を張らせてやれ!!」

「それが、親としての最大限の感謝だろうが!!」


“生まれてきてくれて、ありがとう”と。

我が子への感謝を。


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