学級観察


私は、学級委員長委員会の六年生。委員長である。
とはいえ、優秀な後輩がいるため、委員会にはほとんど顔を出していない。
行っても茶飲みに付き合わされるだけなんだから、まぁ一人くらいいなくてもいいはず。

しかし新しい一年生が入ってきてしばらく、どうやらその様子が少し変わったらしい。
私が顔を出してまた茶飲みに戻ってしまったら嫌だし、ここはこっそりとのぞいてみよう。


「(・・・ん?)」


こそこそと後輩と鉢合わせないように委員会へ向かえば、道中で話題の当人たちが同じ方向に向かっている姿を見つけた。


「(あれは・・・尾浜と彦四郎か。なんとも、微笑ましいことだな)」


委員会中に書くつもりなのか、学級日誌を小脇に挟んだ尾浜が彦四郎に手を引かれている。
なにやら談笑しているようだが、さすがにその内容までは聞き取れない。しかし、彦四郎はやけに生き生きとした目で尾浜を見上げているし、尾浜もまんざらでもなさそうだ。
かなりまじめな部類の彦四郎があんな表情を浮かべるってことは、やはり噂は本当だったんだろうか。


「(しかし・・・本当だとしたら、いかがなもんかとも思うんだがね)」



委員会に割り当てられている部屋へ入っていった二人を見届けてから、自分も屋根裏に潜む。
中を覗くと尾浜の後頭部が見えて、学級日誌を書き込んでいるようだった。
彦四郎は?と部屋を見回すと、隣の部屋から湯飲みを4つ、盆に乗せた彦四郎が顔を出した。
尾浜もそれに気づき、顔を上げてへらりと笑う。


「ありがとう、彦四郎」

「いえ、これくらい。お茶請けは戸棚にあった大福でよかったですか?」

「うん。それ、三郎のお勧めだから、きっとおいしいよ」

「それは楽しみですね」


彦四郎の表情は見えないが、尾浜の表情が本当に菓子を楽しみにしているのがありありと伝わってくるもので、お前本当に五年生かと少しあきれた。
ていうか、これじゃ私がいた頃となにも変わってない。
?と疑問符を浮かべていると、すらりと戸が開いて鉢屋と庄左ヱ門が姿を現した。


「おー。もう来てたのか」

「三郎、庄ちゃん。お疲れさま」

「お疲れ様です。すみません、鉢屋先輩を連れてくるのに手間取っちゃって」

「庄ちゃんったら辛辣!」


おやおや、ずいぶんと打ち解けているようだ。
私が顔を出しているときにそんな軽口をたたいている姿は見たことないぞ?
ちょっとうらやましく思いながら、やはり前にいた二人と同じように座り茶に手を伸ばす姿を見て、うーんと首をひねった。
たわいもない談笑が始まった眼下に、これは噂は噂でしかなかったか?と思う。
まぁ、学級委員長委員会に仕事がないのはいつものことだし、委員会活動時間が休憩時間になるのは別にかまわないんだけど。
そもそも私が学級委員長だって言うのがおかしいんだよなぁ、完全に人を動かすより自分が動く!な体育委員会気質なのに・・・と思考があらぬほうへ流れ始めた耳に、ふいにそれまでと違った音が入り込んできた。


「ところで先輩方、今週はどんな授業だったのですか?」

「んー?そうだねぇ、今回は・・・」


ぱらり、と先ほどまで手にしていた学級日誌をめくりながら、授業を思い出しているように見える尾浜。
だが、どうやらその裏では鉢屋と矢羽根を交わしているようだった。
さすがに五年専用の矢羽根は聞き分けられないが、このタイミングなら内容の察しはつくというもの。
ていうか、本当にあったことをそのまま話すようであれば止めに乱入してやろうと思ったのが今回見に来た理由だし。


「あぁ、今週は学園長の紹介で、学園長の友達の和尚さんのところに説法を習いにいったんだ。少し遠い山にあるお寺だから、行き帰りに時間が掛かったんだよ」


五年生の今回の実習は、首化粧。
実際に戦場に行って、練習用の首を拾い、なければ死体から切り取って、化粧を施す。
実際城仕えになったとき、入ったばかりの新人が請け負うことも多い忍務だと聞いた。
そんなことを十になったばかりの一年生に告げるのは、酷だろう。


「説法を?そんな授業もあるんですか?」


きょとんとして首をかしげる二人に、二人は笑ってうなずいた。
もちろん、五年生にもなれば、そういった実習もこなしていかなければならない。
二年後には、どこで、何を、しているかも、わからないのだ。
経験を積まないと、学園という箱庭から出たとたんに消えてしまうような灯火では役に立たない。

そういう、ものなのだ。

酷だということも理解しているのか、矢羽根での口裏あわせと平行して一年生たちへの説明が続く。


「忍者は時に、僧に化けることもあるからな。そのときに説法のひとつもいえないようでは話にならない、というわけだ」

「三郎は特にいろいろと変装できるからね。外面だけじゃなくて中身もそろえば、鬼に金棒!」

「潜入に適しているのは、確かだな」


少し得意そうな声色でそう返す鉢屋。
一方、


「・・・先輩」


それをじっと見つめる庄左ヱ門の目が、気になった。


「ん、なんだ?庄左ヱ門」

「そちらに行かせていただいてもよろしいですか?」

「!?えっ、ちょっ聞いたか勘右衛門!」

「じゃあ彦ちゃんはこっちおいでー」

「う・・・わかりました」

「あっさり!?私が頼んでも動いてくれないくせに!」

「鉢屋先輩は・・・何か安全じゃなさそうで」

「え、なにそn「よくわかってるね」・・・庄ちゃん!?」


急に騒がしくなり始めた眼下に、思わず笑いが漏れそうになる。
どうやら何か思った庄左ヱ門が、鉢屋の膝に乗ることを決意したらしい。
空気を読んだ彦四郎は尾浜の膝へ。
鉢屋はいつもべたべたしようとするくせに、いざこられるとどうしたらいいのかわからないらしいな。
耳を赤く染めてわたわたと腕を動かしている姿は少し滑稽だ。
その隣で尾浜と彦四郎はほのぼのしてるし。
何とか忍び笑いをこらえていると、鉢屋の方も落ち着いてきたらしい。
この状況を据え膳と見なしたのか、ぎゅーーーーと効果音がつきそうなくらいがっちりと庄左ヱ門を抱きしめた。
尾浜もそれにならって彦四郎を抱きしめ、肩に顔を埋める。
・・・その背からは、後輩を抱きしめているときの喜びは感じられなかった。
やはり、精神的に簡単な実習ではなかったのだろう。
少し丸まった背がまるで、泣いているようにみえる。
幼いながらにもそれを感じ取ったのか、抱きかかえられている一年生たちも文句ひとつ言わない。
後輩に悟られるようではまだまだ、といえばいいのか、聡すぎる一年生たちに苦笑を漏らせばいいのか。
しばらくそうしていたが、ふと「先輩、」とかすかな声が耳に届いた。


「・・・ん?」


それは彦四郎からのようで、顔は上げないまま尾浜がくぐもった返事をする。
彦四郎は膝の上でぐっと拳を握り、言おうか迷うような仕草を少し見せた後、息を吸い込んだ。


「僕たちは、先輩方の直属の後輩ですから」

「そんなに簡単に、潰れませんから」


そこまで言って、次の言葉が出てこなくなったらしい。
それとも、尾浜が腕の力でも強めたか。
はくはくと口を開けては閉じ、を何度か繰り返して、ぐ、と唇をかみ締めた。


「・・・見せられるうちに、見せられる人に見せておいてくださいね」


それを引き継ぐように口を開いたのは、庄左ヱ門。
ぴくり、と鉢屋の肩が震えるのが、見えた。
・・・まったく、ここの一年生は聡すぎるだろう。
守る対象に「泣いてもいい」なんて言われるのは、苦しいだけのときもある。
守る対象だからこそ、見せられない涙もある。
この子達もいつかは通らなければならない道なのだ。今はまだ、知らないままでいい。
そんな想いを汲み取ってしまっているのだから。まったく、末恐ろしいものだ。
ここからではよく見えないが、ゆっくりと顔を上げた二人の目にきっと、涙はない。
そっと慈しむように後輩たちの頭を撫でるその顔はきっと、微笑んでいるのだろう。
彼らもまた、聡く、優しい子達なのだから。







「(やれやれ、無要な心配だったかな)」


この分ならやはり、学級委員長委員会は彼らに任せても大丈夫そうだ。
そっとその場を後にした私は、いつもの場所、体育委員会のナワバリに向かった。
案の定幾ばくもしないうちに体育委員会と遭遇し、鏡のように片手を上げて挨拶を交わす。


「・・・お、圭吾、来たか!」

「あぁ。やっぱり私の後輩は優秀だ」

「わはは!だろうな!だが私の自慢の後輩も負けてないぞ?」

「それもよく知ってるよ。さぁ、今日も行くか」

「ああ!」


「「いけいけどんどーん!!!」」

((((誰か、この人たち止めてくれ・・・!!!))))


後輩が大切で自慢でとびっきりなのは、どこも同じだろう?


xxxxxxxxxxxxxxx
back