誕生日、なんて


約束をすっぽかされるなんて、わりとよくあること。
けど、いつもならメールの一つでも入っていたのが、今回たまたま送れなかったらしい。


「送信できてないことに気付かないとは文次郎も間抜けだなぁ!」

「・・・お前が言うか・・・まぁ、よっぽど忙しかったんだろう・・・」

「僕に比べたら全然ましだよ・・・僕なんて、僕なんて・・・」

「あー、お前の場合は相手も悪かったんだよ!お前の相手はもっと器の広いやつじゃねぇと!な!だから元気出せって」


これくらいのこと、彼の友人たちに言わせれば「序の口」。
そこに更に一週間は悪い偶然が重なって顔も見れないような状態が、本当の不運らしい。(嘆いているのか自慢しているのかよくわからない)
けれど、その中でも女心の分かるらしい数人は、一様に深いため息をついた。


「・・・何であれ、あやつが大馬鹿をやらかしたことには変わりない。全く、成長せんやつめ」

「・・・返事がない時点で、確かめればいいものを・・・」

「一直線にしか進めない、単純バカなんだよ、あいつは」


ちなみに、今回話し合いが行われた原因である潮江文次郎は、わからない方の人間である。



一番に、なんて贅沢は言わない。
プレゼントは、なんて厚かましいことも言わない。
ただ、残り1分であっても。
「誕生日おめでとう」の一言くらい、と望んで待ち続けた私は、重い女なんだろうか。






「・・・という話をしたのが、昨日のことなの」

「・・・すまん、」

「いいのよ、携帯を見る時間もなかったんでしょう?」


忙しいの、知ってるから。
それに、もう誕生日くらいでギャアギャア言うような歳でもない。


「いや、それでは俺の気が済まん。何か詫びをさせてくれ」

「なら明日、一緒に夕飯を食べに行きましょうよ」

「・・・仕事だ、バカタレ」

「あら、残念」


なら、しばらくは機会なさそうね。
そう言うと、既に険しかった表情を更に歪めて黙りこむ。
知ってるわよ。年度末なんて、経理が悲鳴を上げずにはいられない季節だもの。
総括の貴方が、こうして顔を合わせられる時間に家に帰ってくること自体本当に珍しいことだというのも知ってる。
だから、これは私なりの挑戦状。
「私と仕事、どちらが大事なの?」を裏に潜めて。

・・・わかってる。
私みたいなのとこんな戯れ言を交わすくらいなら、休息を取るべきだということも。
その目の下のクマが物語ってる。
でも。
でもね?


「・・・・・・」


しばらくは険しい顔のままこちらを睨むようにして見ていたけど、私が薄笑いのままもうなにも言わないことを悟ると、少しだけ苦しそうに目を伏せた。
そして何も言わず視線をそらし、上着を脱いで風呂へ向かう文次郎の背中をただ見つめ続ける。
バタン、と浴室のドアが閉まる音がして、ようやく自分が息を詰めていたことに気付いた。
は、と息をついて、視線を部屋の時計に送る。
もうすぐ、日付が変わる。
こんな時間まで仕事をして、疲れているのにそれでも来てくれた愛しい人に対して、私は。


「・・・いつになったら、変わるんだろ・・・」


秒針は、憎たらしいくらいにチク、タク、と正確な時を刻んでいった。






「・・・うそ、」

「何が嘘だ、バカタレ」

「だって、」


今日は、仕事が忙しいって。
玄関を開けた瞬間出迎えた仏頂面に、中途半端に開けたままのドアから冷たい風が入り込む。
それが寒かったのか、眉間にしわを寄せたまま言われた「閉めろ」という言葉に、言われるままドアを閉める。
するとじんわりと伝わってくる、十分に暖まった室内の気温。
何時間も前からこの家にいた・・・つまり、仕事を休んでここにいるということは、明白だった。
会えた嬉しさよりも、怪訝さが先立つ。


「(何で居るの?)」


いや、家の鍵は渡してあるから、別に不法侵入で突き出すつもりはないけど。
当然のように荷物を奪ってリビングに向かっていく文次郎に困惑しながらついていくと、開けられたリビングの向こうからいい匂いが漂ってくる。
まさか、と思いながらも少し足を速めると、そんなに距離があるわけでもない家の中はすぐに先が見えた。
そして見えた先には、


「・・・ポカしたんだ。これぐらい当然だろ」


料理なんて最低限しかできないはずの文次郎の手が、拙いながらも鍋に入っていたロールキャベツを取り出して盛り付ける。
温かそうな湯気を出すそれは、手作り以外の何ものでもなくて。
テーブルの上には既に私の好物が並んでいて、そちらも湯気を出しているのだから。
開いた口がふさがらない、というのを、まさか現実に体験することになるとは思わなかった。


「それから、」


一通り準備を終えた文次郎が近づいてくるのも、微動だにせず見つめていることしかできず。
ぐい、と腕を引かれて、構える間もなく腕の中に閉じ込められる。
もはやキャパシティオーバーしていた私は、されるがままになるしかなくて。


「寂しいならそう言えってんだ、バカタレ」


いつもの口癖に、ようやく呼吸を思い出した。
普段なら言わないようなことを言い出した文次郎に、戸惑いながらも口を開く。


「・・・言えるわけ、ないでしょ。こんな歳になって」

「・・・バカタレ」


本日二度目の口癖は、さっきのそれよりも一層優しい響きを持っていて。


「それじゃ俺は、何のためにここにいるんだ」

「・・・何、私に寂しい思いをさせないため、っていうの?」


キャラじゃないことばかり言うのをからかうように、笑いながら言えば、く、と抱きしめる力が強まる。


「・・・だったら悪いか」


聞こえてきた予想外の言葉は、小さい子どもが拗ねたときのような響きが含まれていて。
思わずくすくすと笑いが・・・漏れるかと思った自分のそれは、鼻が詰まっていてまるで泣く直前のような音になってしまった。


「・・・悪くない」


誤魔化すようにこちらからも抱きつけば、安心したのか抱きしめる力が弱まり、代わりのように頭を撫でられる。
あぁ、やっぱり私はこの手が好きだな、と、玉ねぎのいい匂いが染み付いた服に今度こそ笑いながら頭を押し付けた。



「・・・ところで、これらの料理はどうやって?本当に、・・・えーと・・・自分で?」

「お前・・・」


冷蔵庫からシャンパンを出し、グラスに注いでくれたのを受け取りながら言葉を選んで問うたら、やっぱりヒクリと頬が引きつった。


「いや、だってアンタがこんな凝った料理できるなんて・・・」


バツが悪そうに視線を逸らす文次郎の様子からして、もしかしたら仙蔵君あたりに作ってもらったのかもしれない。
彼の料理はプロ並だから。


「・・・仙蔵に、」


やっぱり、と思った私は悪くないと思う。
大方文次郎のほうが助手のようにこき使われたんだろう。顎で使われる様が容易に想像できる。


「・・・教えてもらった」


だから、その言い方に少し疑問を抱いたのもおかしなことではないと思う。


「教えてもらった?」


普段からものを正確に伝えることに拘っている彼が、自分を持ち上げるようないい振りをするわけがない。
私の言いぶりに、いいたいことが伝わったのかちらりと視線を戻して眉間にしわを寄せた。


「・・・言っとくが、仙蔵は手は出してないぞ」

「え・・・えぇ!?」


ギンッと睨まれた。
いやいや、仕方ないでしょう。だって文次郎だよ?「男が厨に立つなど!」とかいう古臭い考え方の持ち主だよ?
そんな堅物が、これを作った?
改めてまじまじと料理を見ると、成程、確かにところどころ仙蔵君ならしないようなミスが見られる。
なら、本当に?


「・・・長次にレシピを教えてもらって、実践は仙蔵が横から口を出した」


五月蝿かったんだぞ、とぶつぶつ文句を言い続ける文次郎の口を、身を乗り出して塞ぐ。
普段なら絶対にしない、私の最上級の愛情表現。
色々と味見しながら作ったのか、若干変な味なのは見逃してあげる。
だから、少しくらいこぼれたシャンパンは見逃してよね?


「・・・ありがと」

「・・・・・・・・・おう」


三日遅れの誕生日。
こんなサプライズがあるなら、多少遅れたって気にしないわよ。


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