無自覚な人


「はぁ!?かやアンタ、恋したことないの!?」

「え、うん、まぁ・・・」

「だめだめ、勿体無い!かやなら選び放題なんだから、町にでも行っていい男捕まえといで!」

「や、でも変な男捕まえてきてもまずいわよ。まずは、学園の男を観察して眼を鍛えなきゃ!」




「はぁ・・・」


先ほどまで繰り広げられたくのたまたちの熱い論議は、私を疲れさせただけな気がしなくもない。
恋バナが女の子の眼の色を変えさせるのはわかっていたけど、あそこまで熱くならなくても・・・
基本的に冷めている私には付いていけない世界でした。


「見ろ、と言われてもなぁ・・・」


かさり、と先ほど押し付けられた半紙には、これから私が為すべき忍務が箇条書きで示されている。


「一、まずは五、六年の忍たまを観察すること。特に・・・なんで塗りつぶしてあんの?」


誰かを指名しようとしていたのか、かろうじて“先輩”らしい文字の右半分ぐらいは見えるけど、肝心の名前はこれでもかというくらい塗りつぶされている。
いったい何があったのか・・・この一覧が書かれていたときすでに意識がお空の彼方だった私にはわからない事実だ。
まぁとりあえず、五、六年を観察すればいいんだろう。

・・・と思いながらも足が薬草園へ向かっているあたり、私も大概やる気がないな、とは自覚してますはい。
や、だって仕事という名の日課なんだから仕方ない。仕方ないったら仕方ない。
そうだ、一応あそこも生物委員会の管轄なんだし、もしかしたら竹谷がいるかもしれない。
だったら一応、五年を観察するっていう課題はこなせるじゃないか。

そうだそうだ、と言い聞かせるようにうんうんと頷きながら歩を進め、やってきました薬草園。
何度見ても広大だ。
さて早速、と屈み込んで雑草をむしり、害虫をのけて添え木を挿し、水をやって獣避けの罠を張り・・・
ふぅ、と一息ついて腰を伸ばすとあら不思議。まだ東にあったお天道様は橙に傾きかけていて、さほど離れていないところには竹谷が屈みこんで畑の手入れをしていましたとさ。
うわ、集中しすぎた・・・気づかないとかくのたまとしてそれ如何に。


「あー・・・竹谷?」


若干気まずく思いつつ、問いかけるように名前を呼ぶ。
すると当然すぐに気付いた竹谷は、作業の手を止めて顔を上げ、にかりと笑った。


「お、一段落ついたか?なら休憩しようぜ」

「・・・お言葉に甘えて」


たぷん、と揺らされた竹筒は中に水が入っているんだろう。一緒に掲げられた袋にはきっとお饅頭とか。
生物委員会の管轄とはいえ、竹谷は動物、私は植物と担当を分けているため、竹谷がこちらを手伝う必要はない。
それなのによく様子を見に来てくれたり、こうして手伝ってくれるのは彼の人柄なんだろう。


「ふぅ・・・」


日陰に移動して手ぬぐいに水をたらし、首筋や額に当てて涼を取る。
さすがに半日働きっぱなしは疲れる。鍛錬とは違う感じに疲れる。
朝餉のときに友人たちに絡まれた精神的疲れを癒すつもりで来て、肉体的疲労が溜まってしまったような気がする。まぁ精神的なそれより、よっぽどいいけど。


「何か悩みでもあんのか?」

「は?」


唐突に話を切り出されて、思わず素っ頓狂な声が出てしまった。どこからそうなった。


「いや、さすがに近づいて声かけたのに気付かないって、何か考え込んでんのかと思って」

「はぁ・・・近づいて、声までかけたの・・・」


それにすら気付かない・・・うわ、へこむわ。
そんなに悩んでるつもりはなかったけど、そういうのもあったのかもしれない。実際頭から離れてはいないし。


「んー・・・大したことではないよ。ただ、朝から友人たちにからかわれてね・・・」

「珍しいな。かやならからかわれたくらいでそこまで引きずらないだろ」

「まぁ、単純な揶揄なら。けどこんな指令出されちゃ、やんなきゃなんないんかなーって思って」


ほら見てよ、と指令書を取り出し読み上げる。
忍たまが絡んでいると知れたら警戒するかもしれないから、二つ目から。


「一、見ていて気分のよくなる人についてよく考えること。考えるって・・・なんつー曖昧さ・・・」

「一、一人に絞って、その人とよく話すようにすること。わざわざ?面倒じゃないのかな・・・」

「一、向こうから話しかけてくるようになったら、私たちに報告すること。・・・これ、目的なんだっけ・・・?」


確か私が恋をしたことがないから、眼を鍛えるため・・・だったっけ。
眼に関してがなにもない気がする。というか、向こうから話しかけてくるようになったらもうそれ秒読みになってないか。経験がないだけで知識がないわけじゃないんだぞこんにゃろう。
やっぱり遊ばれてたかな、とため息をつくと、竹谷が横から半紙を覗き込み、「へぇ〜」と興味があるそぶりを見せた。
・・・まぁ、竹谷ならいいかな。そこまで深読みできないだろうし。


「俺これ、もう二つ目まで達成できてるな」

「・・・へぇ。それって、忍たま?」


いや、すみません。正直馬鹿にしてました。だって竹谷だよ?虫取り網が学園一似合う男だよ?後輩からの人気はあるけど、女からはいまいちな雑巾髪の竹谷だよ?


「いや、かやだけど」


だからこそ、そんなことをさらっと言われてしまった私は心臓を二寸くらいは飛ばしてしまうわけでして。


「・・・は」


いやいや、でも忍たまと変わんないでしょ。友情意識でしょ。うん。なんかノリ軽いし。うん。そうだそうだ。
そんなふうに自分を納得させていたのに、さらなる追い討ちが掛かる。


「よく働くいいやつだなーと思ってたんだよ。でもお前気付けばここにいるからさ、もしかして今もいんのかなーと思って来てみるとやっぱいるし。そこらへんに咲いてる花見て、そういえばかや、この花みて前和んだ顔してたなぁとか考えてたり。それで無性に顔見たくなってここ着てみたらやっぱいたからそん時はさすがにちょっと笑ったけど」


花見て和んだ顔してたのか私?というかいつ見られたんですか。
ていうか、私みたいな存在がそこまで他の人の脳内にいたことがびっくりです。
あいた口がふさがらないでいると、竹谷の暴走は途切れることなく続く。


「そんで顔見たら話したくなるだろ?くのたまには色々な目にあわされてきたからちょっと躊躇したんだけど、話してみたらさっぱりしててすげー話しやすいやつだってわかってかなり嬉しかったなー」


あぁ、だから最近なんだかやけに話しかけられてたわけですかそうですか。
・・・・・・・・・。


「あ、そういやこの間雷蔵に連れて行ってもらった茶屋が、中々旨かったんだ。今度一緒に行かねぇ?」

「・・・一先ず友人に報告してからにするよ」

「報告?」

「うん、何かいろいろすっ飛ばしちゃった気がするから」


だって、無意識とはいえ私を好いてくれている(かもしれない)人がいるなんて、想定の範囲外です!




(「この場合どうすんの?」「竹谷かぁ〜・・・まぁでも面白そうだし、行っておいで!」「(やっぱ楽しまれてる)」)

(「あ〜俺も恋してーよ!」「この無自覚が」「一番楽しい時期なのにね」「相手の子もやきもきしてたりして」「どっちもどっちらしいから、丁度いい組み合わせだろ」)



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