月明かりに踊る


日もすっかり落ちた頃、部活の時間は終わりを告げる。
体育館の電気を消して、ツッキーと帰路に着いたとき、部室に忘れ物をしたことに気づいた。
ツッキーに理由を告げて先に帰ってもらい、一人暗い夜道を学校に戻る。
今日は月が綺麗に見えるから、外灯があんまりないこの道でも道がわからなくなるなんてことはない。
特に支障なく部室に戻って忘れ物をかばんに詰め、練習の疲れもあってか眠気の襲ってくる体を再び歩かせた。

そこまでは別に、順調だったんだ。

夜の学校で一人きり、なんて、ホラー映画でよくある状況に少し神経がとがってたところはあったかもしれないけど。

ふと、耳にするりと入り込んできた音に、思わず足を止めてしまった。

歌、のように聞こえる。
途切れ途切れのそれは鼻歌に近いくらい不明瞭で、けれど聞こえるのだからそう遠くはないはず、とキョロリと辺りを見渡す。
多分、部室棟の角を曲がった辺りから。
女の人の声に聞こえたということもあって、こんな時間に誰が、と好奇心が足を動かす。

・・・誰もいなかったら、ダッシュで帰ろう。

恐る恐る建物の影から顔を覗かせれば、フワリと舞う、制服。
月を背景に踊るその人は、どうやら烏野の生徒。

けど、うちにダンスやバレエ部なんて、ないし・・・

月明かりにぼんやりと照らされる横顔に、そんな思考がゆるりとかき消されていく。
どうやら歌いながら踊っているらしく、かすかに動く唇は思わず目を惹きつけられる。
ゆったりと動く腕が風に靡くように降ろされて、合わせるようにその人の体が沈んでいく。
かと思えば、伸び上がるように真っ直ぐ腕を伸ばして立ち上がって。

目を奪われていたことに気づいたのは、その人がゆっくりと動きを止めて、同時に歌も止まったときだった。

突然普通に歩き出したその人に慌てて部室棟の影に隠れて、足音が遠ざかっていくのを確認してほっと息をつく。


な・・・なんだったんだろう・・・


思わず隠れてしまったけど、ちょっと顔を確認するくらいのことしておけばよかったかな、と少しの後悔が頭を過ぎる。
チラ、ともう一度顔を覗かせても、もうそこにその人の姿はなくて。

これっきりかもしれない。

けど、もしまた同じような状況があったら・・・そのときは。

・・・な、なんて言おう・・・


顔も見てないのに“一目ぼれしました”なんて、絶対言えないしなぁ・・・



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