傍に居たいだけ


「今日は歩きなんです」


自転車がパンクしたから、という声が聞こえてきたのは、部活が終わってそれぞれが帰り支度をしているときだった。
一つ上のマネの先輩は、いつも最後まで残って戸締りとか確認してくれる。
今日はすみません、と申し訳なさそうに主将に言うけど、清水先輩と違って家が近いわけでもないんだから、早く帰ったほうがいいに決まってる。
そうだ、と思いついて、手早く纏めたショルダーバックを肩に掛けた。


「送ります」

「え?」

「お、そうだな。影山、頼んだぞ」


こちらに背を向けていた先輩が驚いて振り返って、主将が頷く。
家の方向は似てるから、別におかしくなんてない。


「え?いいよいいよ!気にしないで?」

「いや、俺が傍に居たいだけなんで」

「へ?」

「?一緒に居たいんで、送ります」


わかってない様子に、もう一回繰り返す。

先輩の傍に居たいんです。


「な、え?な、なんで?」

「・・・・・・」


なんでか、って、聞かれてもんなことわかんないっす。
腹が減ったら飯を食いたくなるのと同じじゃないのか?

近くにいないと、何か足りない気がする。
傍に寄ると、それが埋まった気がする。

それは誰でもいいわけじゃなくて、この人だからそこはぴったり埋まってくる。


「・・・先輩だから、ッス」


全部を説明するなんて俺には到底不可能で、とりあえずそれだけ言ってみる。
何でかわかんねえけど顔を赤くして目を泳がせる様子に、可愛いな、って思った。


「狼にはなるなよ、影山」

「?ウス」


固まったままの先輩の手を引いて、「お先失礼します」と部員たちに背を向ける。
ため息を付く主将の言葉の意味はわからないし、その後ろで騒いでいる二年の先輩たちの奇行も理解できない。
ただ、俺は。


「・・・これからも、歩いて通学しませんか?」


傍にいたいと思う気持ちが満たされれば、それでいい。



back