偶然などない、すべては必然だ!
それは、春暖かな日差しの中、学園長のお使いに行った、その帰りのことだった。
山道にさしかかり、「あ、ちょうちょだー」と和やかな空気が流れる中、不意にガサリと茂みが鳴り。
「へっへっへ…おい、坊主共!身ぐるみ置いてさっさといっちまいな!そうすりゃ痛い目みるこたねぇぞ!」
とってもべたな台詞と共に、山賊たちが現れた。
いくらべたでも山賊は山賊。危ないことには変わりない。
咄嗟に硬くなった身を慌てて寄せて、卍の体勢を取る。
「ど、どうしよう…!山賊だよ!」
「どうするったって…俺達はまだ戦えないから、逃げるしかねぇだろ!」
「でも、囲まれちゃって逃げ道もないし…」
しんべヱの言うとおり、いつの間にか後ろにも一人山賊がいて、後ろに引き返すこともできなくなっている。
ど、どうしよう…!とうろたえる中、山賊が出てきた方と反対の茂みがガサリと鳴る。
つい一瞬前に聞いたのと同じそれに、また体が硬くなるのを感じた。
まさかまだ増えるの!?
ここは山道に差し掛かったところとはいえ、近くに逃げ込めるような家もない。
一体何人、とそちらに目をやると、一人の男が立っているのが見えた。
でもその人は、ただ立っているだけじゃなくて…
「…へ?」
左手を右斜め上にびしっと突き出し、右手を胸の前で同じようにして、いた。
思わずあっけに取られて変な声が出ると、それを聞きつけた二人が私を見て、その視線の先を辿る。
そして、二人共ぽかんと口を開けた。
その瞬間。
「正義のヒーロー、参☆上!」
「「「!!?」」」
突然響いた声に、私たちだけでなく、私たちの様子をいぶかしみながら見ていた山賊たちの肩もビクゥ!と跳ねる。
でもその人は、そんなことお構いなしでスッと腕を下ろし…びしぃ!と効果音が付きそうな感じで山賊たちを指差した。
「むむっ、見るからに不穏な空気漂うシチュエーション!これは一体どういうことかねそこの大人達!いたいけな少年たちに寄って集って何をしようとしているのだ!」
指していた手を、腰に当てて。
「いや、聞くまでもない…!少年たちの恐怖に満ちた瞳が全てを語っている…!!お前たち!」
「!?」
ビシィ!と再び指を指された山賊達は、あまりのことにあっけに取られていたところを急に指名され、ビクリと身体を揺らした。
無理もない。若干同情してしまう。
口を挟む暇もない怒涛のしゃべりに、入っていたはずの力もどこかへ抜けてしまった。
「少年の手本となるべき大人がそんなことで、恥ずかしくないのかね!同じ大人としての道を歩むものとして情けない!恥ずべきことだ!そんなお前たちを粛清してやろう…矯正してやろう!」
「…あぁ!?黙って聞いてりゃ、オレたちをどうするってぇ!?」
ようやく調子を取り戻したのか勢いづく山賊たちだったけど、男の人は何処吹く風。
ふぅ、とため息をつきながら軽く俯いて首を横に数回振った。
「三下の言葉に耳を貸すべくもない…哀れむはその短慮さ。この私に…正義のヒーローに敵うわけがないのだ!行くぞ!!」
バッと草むらから飛び上がったその人は、あり得ないくらい高く…木々の背を軽く越えて飛び上がった。
思わぬ跳躍力に僕たちが目を丸くしていると、そのままその人は太陽と重なり…
「食らえ!必殺、シャイニングバズーカー!!!」
「「「ぎゃああああああっ!!!!????」」」
「「「…はあああ!?」」」
光が、砲弾の弾みたいに一直線に山賊たちにぶつかった。
「さて、もう大丈夫だ少年たちよ。怪我はないかい?」
「あ…、は、はい。ありがとうございました!」
さっきのは一体何だったんだろう。
あまりの眩しさに思わず目を瞑ってしまっていたから、結局光の砲弾が山賊にぶつかった後、どうなったのかわからないんだけど…
目を開けたときには、山賊たちは全員ばったりと倒れ伏していた。
心配になって慌てて脈を確認したけどどうやら生きているみたいだし、どうやら気絶しているだけのようだった。
一体何をしたんだろう…
目の前に来た男の人は…なんだか私たちより、南蛮から来たカステーラさんのほうが近い格好なんじゃないかな?と思うような着物を着ている。
さっきも良くわからない言葉を叫んでいたし、南蛮から来た人なんだろうか?
その人は私の返事を聞いてにっこり笑うと、うんうんと頷いた。
「素直な良い子だ。礼は良い!気をつけて帰れよ!」
「…タダで助けてくれるなんて、怪しい…おじさん、ひょっとしてこいつらの仲間なんじゃないの?」
「きり丸!助けてもらったのに失礼だよ!」
恩を感じていないようなことを言い出すきり丸に、大慌てで口を塞いだ。
けど、言葉はもう全部出ちゃったから、全部聞かれちゃってる。
良い人みたいだし、大丈夫かな…?と恐る恐る顔色を窺って、げっ、と引きつった声が漏れた。
さっきまでの笑顔は何処へやら…眉間にしわを寄せて口をへの字にしているその人。
怒ってる…!
「まったく失礼だな!」
あ、あれ…?もしかして、あんまり怒ってない?
さっきまでより低い声だけど、なんだか無理に怒った声を出そうとしてるような…
で、でも勘違いかもしれないし、謝って!きりちゃん!
脇を小突けば、さすがに失敗したと気付いたのか、きり丸が口を押さえる。
「あ…、ごめんなさい…」
「素直な謝罪だ!許そう!」
「あっさり!?」
「ところで、お礼と言ってはなんだが…」
「しかも礼は良いって言ったのに請求してる!?」
「ゼニは出せませんよ!」
きり丸が慌てて先手を打てば、その人は予想外の事を言われた、とでも言うかのようにきょとんとした表情を見せる。
けどすぐ合点がいったようで、ひとつ頷いた。
「ゼニ?あぁ、ジェニーか。いや、金ではない。実は少々、腹が減っていてね。近くに食べられる雑草の入れ食いポイントなんかないかい?」
「雑草!?」
「キノコでもいいんだが…」
「キノコ!?」
「あぁ。やっぱり中ったときが面倒だからね。贅沢を言えば、水辺も教えてくれると助かるのだが」
思わぬ要求に、本日三回目の開いた口がふさがらない状態。
良い身なりしてるのに、当たり前みたいにこんなこと言うなんて…もしかしてこの人、かなり辛い境遇の人なんだろうか…
「…おじさん、いや、お兄さん。…どんな生活送ってきてんの…」
「恥じるような生活はしていない!人を助けることは己を助けることに繋がるのだからな!」
「(人助けして損する人だ…!)」
同じようなことを思ったらしいきり丸がそう聞けば、自信満々に返ってくる言葉。
もしかしてこの人、相手が山賊でも「困っている」っていわれたら身包み渡しちゃうんじゃないだろうか?
とりあえず、一応恩人なんだし…さすがに雑草畑を教えてさようなら、なんて訳にはいかないよね…
きりちゃんもさすがに戸惑ってるみたいだし。よし。
「あ、あの〜…、もしよかったら、学園の食堂でご飯食べて行きませんか?」
「学園?君達は学生だったのか!すばらしい、ボーイズビーアンビシャスだね!しかし、生憎金に換わるものを何も持」
「食堂なら食券一枚を三人で…てことは誰か一人が出せばいいから…俺は出さない!」
「きりちゃんたら…」
その人の言葉を遮って宣言するきり丸に、しょうがないなぁ、と苦笑する。
しんべヱも出さないだろうし、ここは私が出すしかないか…
そう思って、口を開いたときだった。
「ぼく、この間おばちゃんの手伝いしたときに貰った食券がまだあるから、使っていいよぉ〜」
「し、しんべヱが食券を譲った…!?これは雄雄しき事態だ…!」
「由々しき事態だよ、きりちゃん」
思わずきり丸に突っ込むことを優先してしまったけど、これは確かに由々しき事態だ。
「…少年が大人の手伝いをして得たものを私のような大人が奪い取っていいのか…!?いや、否!それは断固丁寧にお断りすべきだ!少年の手から希望を奪ってはならない!働く意義を!ニート脱却を!!」とずっとぶつぶつ言っているその人を置いて二人でしんべヱに詰め寄ると、しんべヱはいつも通りの気の抜ける笑顔でふやふやと応えた。
「大丈夫だよ〜、おなかが空いたらまた町までお団子食べに行くから」
「しんべヱ、それ、嫌味だってわかってる?」
「なんだ、君の家は金持ちか。ならば是非その食券、私に譲ってくれたまえ!」
「「あっさり!?」」
さっきまで葛藤していたのはなんだったのか、と目を疑うくらいあっさりと手のひらを返したその人に思わず突っ込む。
なれ慣れしすぎたかな、と内心少し焦ったけど、ぬぁはは!と特徴的な笑い方でその人は笑い飛ばしてくれた。
「金持ちのサポートは遠慮なく受け取るが吉。相手の懐具合に応じて報酬は見極めないとね!」
そんなもんなのかな…
あわよくばスポンサーになってもらい、と一人でどんどん話を進めるその人は、とっても不思議な人だ。
気が抜けるけど、傍に居るとなんだか安心できるような。
悪い人じゃないし、おばちゃんのご飯を好きになってくれたらこれからも学園に遊びに来てくれるかな?
「じゃあ早速学園に戻ろう!僕もおばちゃんのごはん食べたくなっちゃった〜」
「もう、しんべヱったら…」
「じゃあ、行こうぜ」
「宜しく頼むよ、少年たち!」
そんなわけで、この人―――ヒロさんと名乗ってくれた―――は、ちょくちょく学園にご飯を食べに来る、学園のお客さんとなった。
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