誰とでも仲良く!


北風が冷たくなってきて、朝起きてすぐは綿入れを着たまま活動するようになってきた今日この頃。


「へーすけ、今度の休み暇?」


いつもならこちらの予定なんて気にせず突っ走る勘右衛門が、軽い調子で聞いてきた。


「?あぁ、特に予定は入ってないけど…」

「やった!町北のお団子食べに行こうよ!」

「?北って…もっと近くにあるじゃないか。わざわざあそこまで行かなくても…」

「帰りに豆腐屋寄るよ?」

「起き次第出発するから、寝坊するなよ」


さて、冬用の外着を出しておかなきゃ。






そんな会話をした数日後。
天候もよく、出かけるには絶好の休日が手に入った。
とはいってもやはり冬の気配を感じる気温は息を白く染める。
はぁ、と息で遊びながら足取り軽く歩を進める勘右衛門は、何が面白いのか学園を出てからずっとこの調子だ。
鼻歌でも歌い出しそうな様子に苦笑しながら、ふと気になっていたことを聞いてみることにした。


「ところで、何でわざわざあそこなんだ?」

「帰りに豆腐屋に寄れるからでしょ?」

「そう、いつも俺が誘うと嫌がるのに、わざわざ豆腐屋に寄ってまで俺を連れて行きたがった理由だよ」


誘われたときは思わず舞い上がってしまったけど、あの日の勘右衛門はらしくないところが多くあった。
用件を先に言って予定があいていなかったら他の人に当たる、というのが勘右衛門のやり方で、こちらが勘右衛門の用事に付き合う気になれないときの逃げ道を用意するのがいつもなのに、今回は予定から確認してきた。
その後も妙に髪型を気にしてみたり、突然自分の声が中在家先輩と似ているんじゃないかとか言い出したり。
落ち着かない、と全身で表現していたわりに、声や表情はいつも通りなのだから図太いというか天然というか…


「…やっぱ兵助にはばれるかぁ」


他の人にばれてないと思ってるあたり、天然のほうが比重が重いかもしれない。
無言で続きを促すと、勘右衛門はぽりぽりと頬を掻いて「へへ、」と照れくさそうに笑った。
その頬が赤いのは、寒さだけのせいではないだろう。


「…んーまぁ、大した理由じゃないんだけどねー。かわいー子がいるんだよ、あそこ」

「店員さんか?」

「そ。お菊ちゃんって言うんだけどね。くるくるよく動く子なんだー」


軽い風を装っているが、昔から本気で隠そうと思っていないことは表に出やすいからな、勘ちゃんは。
声の調子はぐっと上がったし、手をそわそわと前で組んだり後ろで組んだり。
落ちつかな気ながらもなんとも嬉しそうな様子に、あぁきっと今とても幸せなんだろうと感じてふわりとした気持ちになる。


「…そうか」


忍が一般人と添い遂げることは中々に難しい。
正体がばれたとき、真っ先に弱点と見なされ、狙われるからだ。
けど、できればこの幸せをもっと。
彼に掴んでほしいと、そう思った。






…のに。


「…ヒロさん、少し痩せました?」

「そんなことはないぞ?いたっていつも通りだ!」

「…無理しないで下さいね。もし冬があぶないなら、うちに来てくれて構いませんから」

「そんなことを軽はずみに言ってはいけない!軽い女と思われ、また暴漢に襲われかねないからな」

「…ふふ、そしたらまた、守ってくださるのでしょう?」

「ヒーローは必ず!助けに参上することだろう!」


傍目から見ても砂糖を吐きそうなくらい甘い雰囲気に、反比例するように空気が重く、冷たくなっていくのを感じた。
店に入ってすぐ、勘右衛門の視線で“お菊ちゃん”が誰かを悟る。
そしてそれと同時に、隣で仲睦まじく離している男の存在に気付いた。
辛くも“お菊ちゃん”…お菊さんは男に現を抜かして仕事を疎かにすることはなく、俺たちに気付いて注文をとりに来てくれたのだけど…暇を見ては足繁く男の下に通っている姿から、お菊さんの気持ちは一目瞭然だ。
そして、その相手の男というのが、最近学園でも噂になっている自称“ヒーロー”、ヒロだったのも神経を逆なでする要員のひとつだったんだろう。


「…ふーん、」

「か、勘ちゃん…」

「んー?どうしたの、兵助?」

「……」


にっこりと微笑むその笑顔が、絶対零度だと気付いてやってるんだろうか。
それ以上声をかけることもできずに運ばれてきたお茶を含めば、贔屓目なしに美味しいお茶にほぅ、と息を吐く。
少し冷静になった頭を働かせれば、ここ最近学園で流れる“彼”の噂に意識がいった。
…噂における“彼”は、俺たち忍からはかけ離れた存在らしい、というのが第一印象だ。
助けを求めれば一瞬で現れ、人助けをしては見返りも求めず去っていく。
山賊を買収して忍術学園の懐に入り込もうとしているのではないか、という考えも出ていたが…それは、町の人も同じように助けていることで払拭された。
では何のために、という議論が上級生の間で交わされた時期もあったが、徐々に減っていく参加者と解答の見えない話し合いに、それもいつのまにか解散している始末。
“不用意に関わらないほうがいい人物”というのが話し合いに参加しただけの忍たまの結論で、“謎は多いが一先ず危険はない”というのが“彼”と実際に関わったことのある忍たまの結論だ。
五年生はほとんど関わってないから前者だが、警戒心の強い六年の面子のほとんどが後者の意見であったことが印象的だった。
「見れば分かる」と何度も言われたが、…“これ”を見て、いい印象を抱けというほうが難しいのだ…
別に、身体に触れたり直接的に甘い言葉をかけたりしているわけではないから、全くの他人事であればそれなりに微笑ましく見ていられるのだろうけど…
片恋をしている状態であんないい雰囲気を見せ付けられては、こちらとしては堪ったものではない。
少しでもその雰囲気を避けたくて、「すみません、お団子を一つ」と欲しくもない甘味を追加で頼む。
「あ、はーい」と振り返って厨に向かうお菊さんに、いっそ仕事になっていなければ突っ込みようもあるのに、と不穏な考えが頭を過ぎる。
そして厨に注文を伝えたお菊さんがそのまま会計をする客の相手をし、「ありがとうございました!」と明るく送ってから金の整理をしている、そのとき。


「…ヒロさんだから、言うのに」


ぽつりと呟かれるその言葉は、鍛えた俺の耳には届いてしまった。
それは、勘右衛門も同じ。
さらに他の客からの注文を受けて、手伝うために厨に引っ込んだお菊さんの後姿を目で追いかけると、聞こえてくるささやき声。
あぁ…聞かないほうがいいないようだなんてこと、嫌でも分かるのに…。


「…お菊ちゃん、ヒロにベタ惚れだなぁ」

「そりゃそうだ。危ないところを何度も助けてもらってるんだからな。くっつくのも時間の問題だろ」


ガタン、と音を立てて勘右衛門が立ち上がった。


「…あは。おれ、ちょっと食べ過ぎちゃったみたい。外歩いてくるね?」

「勘ちゃ」

「へーすけはちゃんと食べてからおいでよ。ここの団子がおいしいのはほんとなんだから」


そういって店を出て行く勘右衛門。
追いかけたいのに、「お待たせしました!」と運ばれてきた団子が邪魔をする。
あぁ、くそ!おいしいのはいいけどでかいんだよ!
もちもちとおいしいそれを悪戦苦闘しながら食べているうちに、勘右衛門は店の外に消え、お菊さんは厨に再び下がっていく。
それを見計らっていたのだろう、さきほどと同じささやき声が再び聞こえてきた。


「それがなぁ…。わかってるのかわかってないのか、ヒロがまるで反応しねぇのよ。朴念仁かっての」

「お菊ちゃんにあんだけ分かりやすく言い寄られてんのにか!かーっ、贅沢なやつだねぇ」

「直接そういう話題を振れば、面白いくらいに真っ赤になるんだがなぁ。遠回しな誘いにはからっきしだ。こりゃあ、ヒロのケツ蹴飛ばさにゃ動かんぞ」


その内容に少し驚いて、口いっぱいに団子を含んだまま顔を上げる。
俺今、リスみたいになってるんだろうなぁ…
って、そんなことはどうでもいい。
思わず確認するように“彼”の方を見てしまったのに、そこには既に誰もいなかったのだ。
あれ!?と視線を彷徨わせれば、少し寂しそうなお菊さんが手のひらに視線を落としている。


「あーあ、今日も負けだな、お菊ちゃん」

「次郎さん…もう、からかわないで下さいな」

「まだ頑張るんかい?」

「…えぇ、…無駄だとは、わかってるんですけどねぇ」


ヒロさんよりいい殿方が現れればいいのに、と諦めたように笑うお菊さんの姿を、ゆっくりと咀嚼しながらじっと見つめる。
…これだけ熱烈に惚れ込まれる、ヒロという男。
…あまり、いい印象はなかったけれど…少し、興味が沸いた。
勘右衛門寄りでも、お菊さん寄りでもない、中立の立場から、彼を見てみたい。
ごくりと団子を飲み下し、金を席において立ち上がる。
まずは町の人から情報収集、かな。
勘右衛門は…落ち着いたら、迎えにいこう。



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