嫌われても尚、好きでいよう!


「僕、あの人嫌いです」


それを言ったのは、誰にだっただろう。
多分立花先輩だ。「彼のことをどう思う」とか聞かれたから。


「トシちゃんのこと避けるし、卑劣だとか、姑息だとか」


それを聞いたのは、誰からだっただろう。
多分本人が競合地域で叫んでいたのが聞こえただけだ。彼を悪く言う人は学園にはいない。
多分、自分だけ。
下級生はいつでも助けてくれるとかでなついちゃってるし、上級生は様子見と言いながらももう受け入れている姿勢が見える。
先生方は先生方で、何かあればいつでも対応すると静観の構えだし。
そんな、学園に許された存在を毛嫌いする自分はまた、変わっているとか言われるだろうか。
でもそんなの、自分の大切にしているものを否定されたら誰だってそうなる。

ずいぶん深くまで掘り進めたトシちゃんの中から丸い空を見上げながら、ふぅ、とため息をつく。
これに落ちれば、七松先輩でもタダでは済まないだろう。
正面から戦ったら絶対に勝てないあの先輩だけれど、体当たりだけが戦いではない。
七松先輩ですら暗器は仕込む。苦無も使う。体術だけ極めるなら格闘家にでもなればいい。
僕の戦法は踏子ちゃん達と共にある。これを使えば、学園最強と謡われる七松先輩にだって対抗できる。だから、恥じることは一つもない。
けれどああも、正面から否定されては。


「すまなかった!」


まさか当人に、正面から謝られるとは思っていなかったけど。
トシちゃんから顔を出した瞬間目の前にいたその人に、流石に少し驚いた。


「君のスタイルを知らず、プライドを汚した!申し訳ない!」


真っ直ぐな人だな、とぼんやり思う。
こういうところが僕ら忍たまにとっては面白くて、先生方にとっては眩しい存在なんだろうか。
別に、謝られたくらいで僕の気持ちが変わるわけではないけれど。


「詫びがしたい。どうしたらいい?」

「…じゃあ、この子に入ってください」


よっ、とトシちゃんから這い出して、「どうぞ、」と手を差し向ける。
底に罠こそ仕掛けていないけれど、入ったら、というか落ちたらまず助からない。
それに、ここに入ったらその事実は僕だけが知っていることになる。
そのまま蓋をしてしまえば、どんなに大声を張り上げたところでもう誰も助けに来ない。


「わかった!」


ためらうそぶりもなく「とう!」と片方の握りこぶしを上に突き上げて、片膝を上げるという奇妙な格好で穴に落ちていったヒロさんに、ため息をついた。
真っ直ぐな人だ。真っ直ぐでそれでいて、


「…馬鹿な人」


でもこれで、清々する。
謝ったら何でも許されると思う?
言葉を教えてもらい始めたばかりの子供じゃあるまいし。
さて、と脇に盛り上げられていた土に踏子ちゃんを突き刺して、土を掬い上げる。
渾身の深さまで掘った穴を墓穴にしてあげるんだから、感謝してよね。


「ここは暖かいな!とても過ごしやすいぞ!」


まさに踏子ちゃんをひっくり返そうとしたその瞬間穴の中から聞こえてきた響く声に、思わず手を止めて目を丸くした。
うそ。何で平気なの?
踏子ちゃんを置いてトシちゃんの中を覗けば、平然と立っているヒロさん。
…なんで平気なの。一般人なんじゃなかったの?


「…迎えにくるまで其処で反省しててくださーい」

「あぁわかった!必ず迎えに来てくれ!!」

「…」


しょうがないなぁ。


「もういいですよー」

「何!?早いな!?」

「気が晴れましたー。でももうターコちゃんやトシちゃんのこと悪く言うのやめてくださーい」

「勿論だ!では上がるからどいてくれたまえ!」

「はーい」


やっぱり自力で上がってこれるんだ。
トシちゃんの中から「ほっはっ!」とか掛け声が聞こえてくる。
徐々に近づいてくるそれに絶対一般人じゃないよね、と思ったけど、別にどうでもいいか。
疑うことを知らないなんて、絶対忍ではないし。
落ちた時と同じかっこで「はあ!」とか言いながら飛び出してきたヒロさんに、「また落ちてくださいね」と頼んでみる。
「勿論だ!」といい笑顔で返された言葉に、ちょっとだけ満足して次のトシちゃんを掘り始めた。



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