呼び声にはすぐ参上!


久しぶりにゆっくりできそうな休みができて、私ときり丸、しんべヱは三人で町に出かけることにした。
最近なんだか妙に忙しくて、遊ぶ暇もなかったからなぁ…
一緒に歩く二人もいつもより楽しそうで、うきうきした気分で町に向かった。


「はー、久しぶりに町に出られたね!」

「そうだなー。何でか最近、町にお使い行くことなかったし…それどころか、町に出る暇もなかったけど」


げっそりとした様子のきり丸に苦笑してから、確かに、と最近休みのたびに入っていた補習授業を思い浮かべた。
お使いがないのはいいことだけど…僕たち、遅れていた授業を随分こなせたんじゃないかなぁ?
考えていたら、土井先生がやけに嬉しそうに僕達に声を掛けていた姿を思い出した。
…しばらく土井先生の笑顔がトラウマになりそう。


「もう、そんなことどうだっていいじゃない!僕、それよりお団子が楽しみ!!久しぶりにできたてのお団子が食べられる〜!!もう、僕我慢の限界だよ!」

「しんべヱったら…」


今からよだれの止まらない、いつも通りのしんべヱに苦笑しながら町へ向かう。
そうだ、せっかくの休みなんだし、学園のことはこの際忘れて楽しもう!
いつもよりずっと足取りの軽いしんべヱを追いかけるように足を進める。
そういえば、しんべヱはこのあいだ僕達を助けてくれた人に食券をあげて、代わりに町で買い食いする予定だったのが今までできなかったのか。そりゃ足も速くなるよね。
しんべヱにしたらほとんど小走りの速度に、「待ってよしんべヱ!」と声を掛けながらきり丸と二人で追いかけた。


「お団子、楽しみだね〜!」

「そうだね、早くいこう!」


楽しみなのは、私も同じだけどね!






目的のお団子屋さんに入って思う存分食べ、少しすると店の前が少し騒がしくなってきたのを感じた。
それは怖さからくる悲鳴とかじゃなくて、どちらかというと嬉しさが見え隠れするようなもの。
何があったのかな?と二人と顔を見合わせていると、一人の男の人が後ろに笑いかけながらお店に入ってきた。


「ではな!困ったことがあったらまた言うといい!」


その言葉と、声に、入り口を振り返る。
あの声、もしかして。


「あ」


お店の人に声を掛けているその人を見て、やっぱり、と声にならない声で続ける。
前に山賊から僕達を守ってくれた、あの人。
確か名前は…ヒロさん、だっけ?
あの時は変な格好をしていたけど、今は普通の町の人と同じような着物だ。
けど、あれだけ印象深いとさすがに覚えていたのか、私の視線につられて振り返ったきり丸としんべヱも「あ、」という顔をする。


「ん?あ、雑草の人!」

「きり丸〜、失礼だよ!そんな風に呼ぶなんて…」


また怒られそうなことを聞こえそうな声で言ってしまうきり丸を慌てて嗜めれば、きり丸も思い出したのかちょっと舌を出して頭を掻いた。


「んん、そっか。えーっと、名前は…」

「ヒロさんだよ!おーい、ヒロさーん!」


人懐こいしんべヱが声を掛ければ、呼ばれたことに気付いたヒロさんが振り返った。
少しきょとんとした表情で私たちのことを見ていたけど、それはすぐ笑顔に変わる。
あの人も、しんべヱに負けないくらい人懐こいみたいだなぁ。


「んっ?…おぉ君達はいつぞやの…!えーと、食券とゼニと…眼鏡じゃないか!」


けど、続いた言葉に、三人一緒に椅子からずり落ちた。
食券にゼニに…眼鏡って!


「な、何ですかその覚え方ー!?」

「この人、俺より失礼だぞ!?」

「私にいたってはほとんど印象に残ってなかったってことですか!?」

「いやーはっはっは」

「はっはっはって…」


空笑いするヒロさんに、改めて自己紹介する。
私たち、二回も自己紹介したの初めてかも…
「うむ、しんべヱ、きり丸、乱太郎だな!」と繰り返す順番に、印象の深さを実感してため息が出た。
私、何も主張してなかったもんなぁ…


「すまんすまん、最近新しく覚えなければならんことが多くてな」


そう言って少し申し訳なさそうに眉を寄せる様子からは、悪気は見られない。
本当に忙しいみたい…と首を傾げるのと、ヒロさんが気持ちを切り替えたようにぱっと顔を上げたのは同時だった。


「で、久しぶりだな!あれから問題なく過ごせているか?」

「あ、はい。この間はありがとうございました!」

「いやいや、こちらこそ一飯の恩だ。また何かあったら遠慮なく叫ぶといい!」

「叫ぶって…」


大げさな、という思いで苦笑しながら呟く。
せいぜい困ったことがあったときに近くにいたら、声をかけるくらいなものなのになぁ。
そんな風に考えて、愛想笑いで誤魔化そうと思ったのに…ヒロさんが、大きく頷いたものだから。
笑いが、止まってしまった。


「あぁ、叫ぶんだ」


その目はあの時、私たちを助けてくれたときと同じ目で。
困ったことがあったときに声をかけるとか、そういう話をしているんじゃないってことが、すぐにわかってしまった。
そしてそれと同時に思ってしまう。


「…そんなことで、助けられるわけないじゃん」


出かかった言葉は、きり丸が言ってしまった。
私たちは問題に巻き込まれることが多い。
大抵は先生方や上級生が助けてくれて無事に終わるけど、それも捕まってしまってから。
その場に居合わせて、一瞬で助けてくれるなんて、そんな夢みたいなこと。


「いいや、助けて見せる」


きり丸の言葉なんてまるで気にしていないかのようにきっぱりと言い切られた言葉に、息が詰まった。
だって、そんなの。
ヒロさんが近くにいない可能性のほうが、高いのに。


「大きな声である必要はない。しかし、心を込めろ。

“助けて、ヒーロー!”とな!

どんなところにいても、すぐさま駆けつけてみせよう!」


本当にそんなこと、できるはずがない。
だけど。
自信満々なヒロさんの表情と、力強い言葉。
馬鹿みたい、と笑い飛ばすこともできたかもしれないけど、私たちは。


「…はいっ、ありがとうございます!」


泣きそうになるくらい、その言葉が嬉しかったんだ。
どんなに慣れたと言っても、悪者に捕まることが怖くないなんてはずがない。
絶対に助けに来てくれる、という信頼はあっても、いつ助けに来てくれるかなんてわからなくて。
その“いつ”が、ずっと先だったらどうしよう、とか。とっても怖いときは心臓が潰れそうになってしまうんだ。


「また、食堂のおばちゃんのご飯食べに来てくださいね!」


しんべヱの精一杯の感謝の言葉が、いつもより少し鼻声に聞こえる。


「そんときは、割のいいアルバイト紹介しますよ」


きり丸が鼻をこするのは、何かを誤魔化すときのくせだっていうことも知ってる。
二人共、私と同じ気持ちなんだって、分かった。
精一杯の「ありがとう」を込めてヒロさんを見上げる。
ヒロさんは少しきょとんとしていたけど、すぐに嬉しそうな顔で私たちの頭を撫でてくれた。
その手の感覚に、お兄さんがいたらこんな感じかな、ってちょっと思う。
この人に頼っても大丈夫だと思える、安心感。


「ありがとうな、またお言葉に甘えるとしよう!」


私たちはヒロさんの手の下で、こっそりと笑いあった。
温かくて、大きいね。



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