挑戦者よ、私を超えてみろ!


「あっ、ヒロさん!」

「やぁ!しんべヱ、きり丸、乱太郎!今日も元気に大志を抱いているか?」


相変わらずちょっと変わったことを言いながら両手を広げるヒロさんが、忍術学園にやってきた。
この間町であったときにまた来てくださいといっていたのを覚えていて、忍術学園まで食堂のおばちゃんのご飯を食べに来たらしい。


「それにしても中々奥まったところにある学校だな!来るまでに少し迷ってしまった。しかし田舎の学校はその登下校から子どもの体作りを支援する、すばらしい環境だ!今後ともこの姿勢を大切にしていただきたいものだな!」

「忍術を教える学校だから、あまり目立ったところにおくのもねぇ」

「ん?どうした?」

「いいえなんでも!それより、早く食堂のおばちゃんのご飯食べに行きましょう!今なら空いてると思いますよ!」


ぽつりと漏れた言葉は少し聞こえてしまったけど、慌てて誤魔化せばヒロさんは「うむ、それはありがたい!」と気にした様子もなく流してくれた。
よかった〜…。私たち、まだ自分たちが忍者のたまごだってヒロさんに伝えてないんだよね。
ここは学園だから忍装束を着ているし、知っている人が見たら分かるんだろうけど…
ヒロさんは「それがこの学校の制服か?」と珍しそうな顔で言っていたから、きっと忍者のことは何も知らないんだろう。
だったら下手に巻き込まないようにするためにも、忍者のたまごであることは言わないほうがいいって土井先生も言ってたし。
うっかり言っちゃわないように、気をつけなきゃ。


「お話ししてたら僕もおばちゃんのご飯食べたくなっちゃった〜。ヒロさん、急いでいきましょう!」

「あぁ!生きるということは常にエネルギーを消費しているということ!身体に感謝するためにも、早速食事だ!」


いつも通り「しんべヱは何もしてないじゃない」と突っ込もうとしたけど、それより早くヒロさんがしんべヱに同意するようなことを言ったせいで何も言えなくなってしまった。
元気よく歩いていってしまった二人に、なんとなく置いていかれてしまった私ときり丸。


「…ヒロさんって、結構食いしん坊キャラ?」

「きりちゃん、言わないでおこう…」


きり丸の余計な一言が否定できない。
ただ大きくため息をついて、「待ってくださいよ〜!」と前を行く二人の後を小走りで追いかけた。






食堂のおばちゃんに作ってもらった遅めのお昼ご飯を食べるヒロさんと、その隣で二回目のお昼ご飯を食べるしんべヱの向かいで他愛もないことを話しながらお茶を飲む。
ヒロさんは不思議なことを言う人だし、言っていることが分からないことも少なくないんだけど、不思議と話していて面白い。


「この辺りの生き物は小さいものばかりだな。この間かなり森の奥までいったが、せいぜい私と同じくらいの大きさの熊しかいなかった」

「森の奥!?熊!?な、なんでそんな危険なところに行ったんですか!!」

「いや、ちょっと確かめたいことがあってな。私が前にいたところには私より数倍大きい熊もいたぞ?」

「えぇっ!?そ、それで戦って倒したんですか?」

「勿論逃げたに決まっている!」

「だぁっ!」

「野生の生き物は自分の身を守るために戦うのだ。こちらも自分を守りたいだけなのだから、戦う必要はない」

「そんなこと言ってぇ。負けるのが怖いんじゃないの?」

「きりちゃん!」

「勿論それもあるがな!捕食されてしまうわ!!」

「だぁっ!」


諸国を巡ったというヒロさんは私たちが知らないことをたくさん知っていて、この辺りにはいない生き物の話や土地の話はまるで自分がそこで冒険をしているかのような気分になってくる。
逆に身近な話も豊富で、最近町で評判のお団子やさんで食べた何が一番おいしかったとか(これにはしんべヱがすごく食いついてた)、珍しいキノコを見つけたから食べたら息がしばらく臭かったとか、そんなちょっとした失敗談も話してくれた。


「って、ヒロさんやっぱりキノコ食べたんですか?」

「む、最近寒くなってきたからな。雑草が枯れ始めてしまったのだ」

「やっぱり雑草も食ってたんだ…」

「もっとおいしいもの食べましょうよぉ…」

「何を言う!今まさに極上の食事にありつけているではないか!こんなに幸せなことはそうそうないぞ!」

「…基準、ひっくぅ…」

「きりちゃん、しぃっ」


だから私たちも、キノコの見分け方だとか今年大量発生しているカメムシの話だとか、そんなどうでもいいような話がまるでクラスの皆といるときのような気軽さでできた。
話し方の暑苦しさがちょっとだけ滝夜叉丸先輩を思い出すけど、あんなうぬぼれやなところが全然ないから本当に楽しく笑える。


「えぇ?そんなこともあるんですかー?」

「うむ。この間も…む?」


時間が経つのも忘れてヒロさんと話し込んでいると、不意に廊下からどたどたと急いだ足音が聞こえてきた。
それに気付いたヒロさんがお茶を置いて、入り口のほうに目を向ける。
そして、まるで見計らったかのようなタイミングで緑色の影が現れたのは、ほとんど同時だった。


「な、七松先輩!?」


現れたそれは、体育委員会委員長、六年ろ組七松小平太先輩。
先輩は私の言葉なんて聞こえてないのか、すぐ目に入る位置にいたヒロさんと視線を合わせた。
その瞬間、先輩の顔が好戦的な笑みに変わった。


「お前がヒーローってやつか!」

「むっ、誰だね君は!?ヒーローというのは日常の中では影を潜めておくもの。簡単に正体を明かしてはいけないのだよ!」

「細かい事は気にするな!お前、強いんだってな?私と勝負しろ!」

「勝負?…ふっ、やめたまえ。君と私とでは話しにならない」

「そうか?やってみなければわからんぞ!」


…すごい勢いで言葉が交わされて、口を挟むどころか話しているほうを見るので手一杯だった。
とりあえず今はそう言われてヒロさんが少し考え込む仕草をしたから、ようやく息を付けただけ。
どうして七松先輩がヒロさんのことを知っているのだとか、何で戦いを挑むのだとか、そういう疑問が解消されるのはまだしばらく後になりそうだった。
考えごとが終わったヒロさんは、ふぅ、とわざとらしくため息をつくと机に手をついて立ち上がる。
その目はやっぱり、七松先輩と同じように好戦的に笑んでいた。
…初めて見る表情かも。


「やれやれ…。では軽く運動してやろう!まずは脚力だ!」


一瞬いつもの雰囲気と違うヒロさんに硬くなった身体は、その言葉を聞いた瞬間に弛緩した。
あぁ、やっぱりいつものヒロさんだ。


「え?いや、私は学園で手合わせできればいいんだが」

「何を言う!マラソンも立派な勝負だ!細かいことを気にする必要はない!」

「!…なはは!わかった!では手始めに、裏々山まで競争だ!」

「ヒーローに敗北の二文字はないっ!」


バビュン。
ヒロさんの提案に一瞬あっけに取られた七松先輩は、続く言葉にとても嬉しそうな顔をされたと思っ…ているうちに、二人の姿は食堂から消えていた。
後には、律儀に「ご馳走様でした!」と返された食器と、ぽかんとした顔のまま先輩たちが消えたほうを見るしかない私たちが残る。


「…忙しい二人だねぇ」

「波長があってんだかあってないんだか…」

「とりあえず、近くの人は疲れるってことがわかったね…」


はぁ…と三人揃ってため息をついたところで、視点変更。
私たちはあとは先輩たちが帰ってくるのをのんびり待つことにします。






そして、視点は変わってこちら七松小平太!
今は、裏裏裏山を越えたところにある森の中をヒロという男と並走している。
普段だったら息切れするような距離ではない。体育委員会のランニングコースの一つだ。
だが。


「っはぁ…っはあ…!なかなか、やるじゃないか…!」

「な、っはは…!楽しいぞ…!ここまで、全力で、一緒に、走れたのは、お前が、初めて、だ!!」


そう。全力疾走。
私の全力疾走についてくる…どころか、虎視眈々と追い抜く機会を窺っているこいつは、やはり強い。
本当は長次と文次郎が認めたこいつの実力を肌で感じたかったが、これで十分だ。
鬱蒼とした林を抜けるときの体捌きは熟練のそれ、足場の悪い地面を走る足運びも一朝一夕で身につくものではない。
疑う必要はない、という話だったが、これで今後の楽しみが一つできた。
こいつが“敵”だとしたら、私はどこまで戦えるだろうか。
ぞくりと背中を走る高揚感に、自然と口角が上がる。
敵でなければ、全力で戦えないのだから。
強い者がいるのなら、それでこそ、だ。


「ふ、ふふ…っまだまだいけるぞ…!さぁ、次は、どこを、目指す…っ!?」

「…っよしっ、次は、あの山だべらっ!?」

「んなぼぅっ!?」


会話に夢中で気付かなかった…なんだコレは!?
突然ひっくり返った世界に、髪を逆立てて呆然と両手を上げているヒロの姿が映る。
これは…獣獲りの罠にかかったのか!?


「な…なんだね、コレは…」

「何でこんなところに、罠が仕掛けられてるんだ…っ!?」

「おっ…おやぶーん!!二匹、かかりやしたぜぇーっ!!」


ゆらゆらと回る視界の中、聞こえた声にヒロと顔を見合わせた。
ここまで全力で走りとおしてきたからか、ヒロの息は荒く、顔は赤い。
かくいう私も、突然の停止と血流の変化に追いつけず、心臓と頭が激しく痛みを訴えている。
唐突に引っ張り上げられた足も脱臼こそしていないものの、筋を痛めたようだ。
ヒロと仲良く一つの罠に引っかかったままどうすることもできず…というか現状把握に手一杯でどうしようと考えることもできず、なすがままにゆらゆらと揺れていると…がさがさと、先ほど声が聞こえた方向から足音がいくつか聞こえてきた。
そこでようやく、一抹の危機感を覚える。


「…ヒロ、どうする?」

「何、問題ない。逆さ吊りではあるが、両手は自由なのだ。身体を捻るだけで銃弾を避けることと比べたら…」


言葉は頼もしいものの、声に覇気がない。
「うん?」と少し身体を捻って視界を回し、目に入ったヒロの顔を見てぎょっと目を剥いた。


「!?お、おいヒロ!顔がどす黒くなってきてるぞ!?」

「ふ、はは…ピンチは、チャンス、なのだ…ガクッ」

「ヒローーー!?」


どうやら頭に血が上りすぎたらしい。
何故か口でガクッと言いながら白目をむいたヒロに、焦って声をかけても反応がない。
もうすぐ藪を割って出てくるであろう山賊たちの人数によっては、正直まずいかもしれない。


「…くそ、」


ガサリ、と藪を割って出てきた人数に、つい悪態が口をついた。
多すぎだろう、一体どんな大物を捕らえるつもりだったんだか。
わらわらと現れた五人の男に、ぐ、と拳を握った。



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