気絶?いやいや、黙して隙を伺うのだ!


「よっ…とぉ!」

「っ!?」


不意に訪れた浮遊感と、続けて身体に走った衝撃に覚醒する。
慌てて体勢を整え、迎撃に移ろうとして…全身を縄でぐるぐる巻きにされていることに気付いた。
そうか、あの後、気絶させられて。


「ふーやれやれ、大の男は重てぇから嫌いなんだよなぁ」

「わざわざ重たくなるように気絶させた奴が何言ってやがる」


頭上から私を投げたらしい男の声が聞こえ、その隣からも応える声がする。
二人。
あとの三人も近くにいるようだが…気配が多い。
何人ぐらいいるんだ?


「暴れられたほうが面倒だろ?」

「違ぇねぇ!」


下卑た笑い声が周囲に響く。
多いな。10人は下らない。
だが、暗器は回収されていないようだ。
縛られて転がされていることで感じる硬質なそれらを確認して、これなら、と考えを巡らせる。
近くにヒロもいるようだし、縄を抜けてすぐヒロの縄も切れば、足手まといにはならないだろう。
同じように投げ落とされたヒロが隣で軽くうなっているのが聞こえる。
これなら少し刺激を与えれば起きそうだ。
まずは蹴りだな、と起こし方を軽く考えてから、手首をぐり、と捻った。
こうすれば縄が緩んで、手首を抜く隙間ができる。
…はず、なのだが。
感じた違和感にもう一度手首を捻る。
さらに反対側に、もう一度。
これだけぐりぐりと手首を動かせば、どんなにきつく縛ってあっても少しは緩むはずだ。
しかし…手首から胴体にかけて縛られた縄は、一向に緩む気配を見せない。


「(縄抜けが…できない!?)」


はっとして手を動かし、縄の結び目を確認する。
…手首に巻いてある縄は、普通だ。
が、もう一本。
手首の間を通して、短い縄で手首に巻いてある縄自体を縛っている。
これは、縄抜けを防止するための忍者しか知らない縛り方。
まさか、山賊の中に忍術の心得があるやつが…?


「おいてめぇ、何やってやがる!」

「う゛っ!」

「ん…?お前、その手首の動かし方…」


ごそごそと動いていたら、見咎められてしまったらしい。
髷を勢いよく後ろに引っ張られて、首がのけぞる。
続いて入ってきた初めて聞く声に、痛みに顔をしかめつつ薄目を開いた。


「ははぁん、お前、忍か」


視界に入ってきたのは、米俵に腰かけて、刀を肩に立掛けている男。
ニヤニヤとした口元とは裏腹に、淀んだ目がこちらを見据えていた。


「どこの回しモンだ」

「…私達は、山へ走りこみに来ただけだ!」

「おい、お前」


答えは聞いてないとばかりに別のほうへ視線を向ける男。
指された男が「へい、」と一歩前へ進み出た。
この扱い、態度。
この男が、この山賊たちの頭か。


「こいつの腕や足の布の中、それから襟や袴の裏を見ろ」

「そんなところに何が…っておぉ!?こいつ、こんなところに武器を隠し持ってやがった!!」

「そういうもんなんだよ、忍ってのは。そういうところに武器を仕込んで戦いに行くんだ。走りこむときには錘にしかならんから仕込むはずないんだがなぁ?」

「……」


それは、ヒロと戦うことになると思っていたから。
だが、そんなものに耳を貸すとは思えない。
言い返せず、黙り込むと頭は勝ち誇ったように胸を反らした。


「ふん、やはり忍術はいざというとき便利だな」

「…お前、忍者か?」

「昔、な。あんな儲からん職は他にない。学んできた忍術を使って賊でもやっていたほうが、効率がいいと学んだのさ」

「…文次郎が聞いたら、怒るだろうなぁ…」


いつもギンギンに忍者していて、忍者には正心がなければと常に訴えるあいつは、こういった輩を酷く嫌う。
こいつらと私たちの違いは、それがあるかないか。それだけなのに。


「どうだ?お前も忍なんかやめて、俺の下で働かんか?」

「…そうだなぁ、それもいいかもしれん」


所詮は、正心があるかないか。正心とは、忍術を私利私欲のために使うのではなく、国のために使うこと。
国のため、城主のため、己を殺して影になる。


「ちょうど、馬鹿らしいと感じ始めていたところだ」


それぐらいなら、少しぐらい自分のために忍術を使ってもいいじゃないか。


「そうか。…ふはは、利口なやつだ」


愉快だと、見下した目で笑うそいつに同じように笑い返す。
そう、思う奴がこういった輩に堕ちるのだろうな。
生憎だが、お前は私とは考え方が違うらしい。
さっさと突破口を見つけて、こんなところはおさらばするとしよう。
まずは多少なりとも油断させないとな。


「そいつも忍か?」

「いや、こいつは一般人だ」


おそらくな、と心の中で続ける。
文次郎と長次が認めたのだから、少なくとも忍ではないのだろうが。


「なら、殺せ」

「!?」


当然のように続けられた言葉に、思考が止まった。
思わず身体を反らして頭を見れば、やはり見下した目で鼻で笑われる。


「足手まといはいらん。大したものも持ってないし、そこまで育ってると買い手もねぇだろう」

「だからといって、殺す必要も」

「逆らう気か?」


その目は、まるで私のことを信じてなどいない。
やはり、元忍はやっかいだ。
周りの手下達もそれなりに躾けられてきたのだろう。下卑た笑いが再び響き、敵に囲まれている事実が圧迫感をうむ。
最悪の状況に押し黙るしかなく、苦い想いと共に言葉を吐き出した。


「…わかった」

「聞き分けのいいやつは好きだぞ」


頭の指示により二重に縛られている縄の外側だけが切られ、舌打ちをしそうになるのをぐっと堪える。
慣れたとはいえ、関節を外すのには多少の痛みが伴うのだ。
縄抜けをしていると、目の前に投げ捨てられた刀。
どこかの合戦場で拾ってきたのだろう。
見るからにボロ刀のそれは、一、二回使ったらすぐ使い物にならなくなるのは明白だった。
とてもこの人数を相手に立ち回りを演じることのできる武器ではない。
よくわかってる、と唇をギリ、と噛む。
結局私は、どうすることもできないのか?
抜いた手をプラプラとさせて軽く痛みを飛ばし、身体に纏わりつく縄をするりと落とす。
刀を拾い上げれば、山賊の頭がにやりと笑んだのが見えた。
この分では、ヒロを殺したところで山賊の頭が気を抜くとは思えない。
しかし殺さなければ、形ばかりの信用もくずれ周りの山賊たちが一斉に襲ってくるだろう。
私は、この人数を相手にヒロを守りながら戦えるのか?
カチリと鳴る刀を見つめ、ヒロに視線を落とす。


「…!」


そして、ヒロが目を開けていることに、気付いた。


「、…起きて、」

「その刀は、切れるかい?」


いつから聞いていた、という疑問は、悲観に暮れる影もない目に、喉の奥へと押し返された。
まるで包丁の切れ味を聞いているような口調のそれは、命を握られているとは欠片も思っていなくて。


「この縄を、切れるか?」

「…!」


続いた言葉に、今度こそ目を剥いた。


「おい、…なんだ、起きてたのか。…なんだよ、この人数相手にやる気か?」

「縄を切ってくれたら、私が全て倒そう。君も強い。ここは協力して悪を倒そうではないか」


代弁したかのような頭の言葉など聞く気もないのか。
まるで先ほどの私と頭のやり取りを見ているかのような既視感に、思わず笑いが漏れた。
気が狂った?いいや、違う。
これから始まる反撃戦が、楽しみで仕方ないんだ!


「よし!だが、頭は私のものだ!手を出したら怒るからな!」

「それでこそ私の認めた男だ!」


ぶつり、と重い音を立てて千切れた縄は、その瞬間から武器へと変わる。
手に縄を持ってあっさりと立ち上がったヒロに、山賊の頭は先ほどまでとは打って変わって腹立たしげに歪められた表情のまま、大きく息を吸い込んだ。


「…お前ぇら、やっちまえ!!」

「「「おおお!」」」

「さぁ、あのお山の大将を引き摺り下ろしてみせたまえ!」

「ああ!他は任せたぞ!」

「勿論だ!」


向かってくる下っ端の間をすり抜けて奥へ向かえば、後ろから心強い言葉が飛んでくる。
それに笑って前を見据えれば、あとは一つの戦いに集中するのみ。
不思議なほど、背中に不安は感じなかった。






「問題があるとすれば…」


青年が走る背中を守りつつ、ぽつりと呟く。
心配事はあったが、それをわざわざ告げて不安を煽ることはない。
そう思ったが、青年はもう戦いに集中している様子。
ならば、存分に周りのショッカーたちに聞いてもらおう!


「武器の名前が思いつかんのだ!ロープの鞭…鞭とは英語で何というのだ!?くっ…いっそロープチェーンとでも…いや、鎖ではないのだからそれでは武器の力が半分も発揮されない!由々しき事態だ!私は武器も満足に扱えないほど耄碌した覚えはないのだからな!よって!今回は純粋にロープとして扱わせていただこう!キャッチ・バイ・ロープだ!!」

「う、うわあああああ!?!?」

「な、縄が勝手に…!?」

「げ、幻術だ!惑わされるな!!」

「何を言う、」


ふわふわと浮くロープに“念”を送り、うねりと蛇を模ってみせる。


「全て、本物だよ」

「「「ぎゃああああ!!!」」」


なんとも醜い悲鳴をBGMに、私は私の仕事を終えた。






「終わったか?さぁ!勝負の続きといこうか!」

「あぁ!では学園まで、どちらが早く着くか競争だ!」

「いいだろう!今度こそ勝ってみせる!」

「よーし…いけいけぇ…どんどーん!!」

「どーん!!!」


バビュン。
二人が走り去ったことにより、盛大な砂埃が巻き上がる。
静かな風が吹き、それが収まったその場に。
意識のない山賊たちが20人、縄で縛られて無造作に転がされていた。



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