挑戦者に応えぬ道理なし!


結局私たちは昨日、何時まで経っても帰ってこない先輩たちに呆れて遊びに行って、いつの間にか忘れて布団に入ってしまった。
思い出したのは眠い目をこすりながら布団から出て、同室の二人も起こして顔を洗いに部屋を出た後。


「おはよう諸君!昨日は世話になったね!」

「あ、おは…え?」

「やあやあ!今日もいい朝だ!きっとすばらしい一日になるよ!」

「そうで…は?」

「さっそく食堂のレイディの朝食を頂きに行くとしよう!美味しいに違いない!」

「もちろんで…んん?」


井戸では組の皆に挨拶をしているその人を見て、そういえば、と昨日あったことを思い出したのだった。


「「「ヒロさん!?」」」

「おぉ、三人組ではないか!おはよう!」

「「「おはようございまーす!」」」

「「「「だあっ!」」」」


よい子の挨拶を返せば、近くでずっこける音がいくつも響く。
は組のみんながずっこけた音にしては大きい音がしたな、と思ったけど、それを確認するより早く、いち早く立ち直った伊助が小声で話しかけてきた。
は組の皆は慣れてるもんね。


「乱太郎、あの人って前に乱太郎たちのこと助けてくれた人だよね?」

「うん、そうだよ。ヒロさん!ちょっと変わった人だけど、悪い人じゃないよ」

「まぁ…僕らにあんなに当然のように挨拶してきてたから、ちょっとずれてるんだろうなとは思ってるけど」

「庄ちゃんったら、辛辣ぅ…」

「あっ、立花せんぱーい!おはようございまーす!そんなところでなにしてるんですかぁ?」


ちょっと警戒してるのか、物言いのきつい庄左ヱ門も加わって、三人でこしょこしょと話をする。
その一方で音のほうを振り返っていたしんべヱが、木の枝に絡まってずっこけている六年い組の立花仙蔵先輩を発見したらしかった。
…もしかして、木の上にいたのにずっこけたから落ちちゃったのかな?
立花仙蔵先輩は少しの間「ぐぐ…」とうなっていたけど、それでもすぐに立ち直るとキッとこちらを睨んでくる。
おぉぅ、今日一番の立花先輩の表情が恐ろしいことに…


「おはようございまーすじゃないだろう!何故こいつがここにいるのか疑問に思わないのか!」

「すみません〜、何しろこの人神出鬼没なもので」

「何処に現れても可笑しくないっつうか、どこにでもいるっつぅか」

「呼べばすぐ来てくれるんですよね〜ヒロさん!」

「その通りだ!ところで、君も生徒か?いやはや、この学園は優秀な人材が多い!すばらしい教育の賜物だな!」


当然だ、と言わんばかりの勢いでうんうんと頷いてくれるヒロさんにほっこりしていると、立花先輩がんん゛っ、と大きく咳払いをした。
風邪かなぁ?あとで善法寺先輩にお伝えしておこう。


「…呼べばすぐ来る、というのは?」


少し離れたところから質問してくる先輩に、もっとこっちに来たらいいのに…と思いながら「あぁ、」と声を出す。
そして説明するためにこの間あったことを思い出して、自然と頬が持ち上がった。


「この間、お使いの帰りに道に迷ったとき、ヒロさんの名前を呼んだらすぐに来てくれたんです!」

「変なポーズつけてたけどな」

「一緒になって迷っちゃったけどねぇ〜」


不満のようなことを言う二人だけど、その表情は私と同じように嬉しさが隠しきれていない。
だって嬉しいんだもの。
あの時…お団子屋さんで「すぐさま駆けつけてみせる」と言ってくれた言葉通り、「助けて、」と心細くて弱弱しい声だったにも関わらず、本当にものの数秒も経たないうちにきり丸の言う変なポーズで現れたヒロさん。
あっけに取られているとヒロさんは「敵は…いないようだな」とポーズを解いて近づいてきてくれた。
本当に来てくれたことに驚いて少し泣きつきつつも、どうやったら帰れるかを聞いてみたら…、しんべヱの言ったとおりの結果になったけど。
「ここは…どこだ?」と困ったようにきょろきょろしだしたヒロさんに、助けに来てもらったことも忘れて肩を落としたことも、ついこの間のことだからよく覚えている。


「むぅ…精進せねばな。ホークアイが不可欠か」


むむ、と難しい顔をしているヒロさんに、私たちはぺたりとくっついた。
確かに一緒に迷ってしまったけど、傍にいてくれた。それだけで、私たちはとっても安心できたんだ。
ふふ、と嬉しそうに笑う声は誰が出したか分からなかったけど、私も同じ気持ちだったからそれでいいや、とますますぎゅっとヒロさんに抱きつく。
ヒロさんの傍って、なんだか落ち着くんだよなぁ。


「…ヒロさん、と仰いましたか」


私たちの様子を黙って見ていた立花先輩が、機を図ってヒロさんの名前を呼ぶ。
真剣な様子の声に、頭をなでられて幸せな気分になっていたのがふと落ち着いた。
とりあえず空気を読んでヒロさんから少し離れてみるけど…立花先輩、あんなに緊張してどうしたんだろう?
ヒロさんは相変わらず気にした様子もなくニコニコしてるし。


「あぁ!よろしくな。君の名前も教えてくれ!」

「立花仙蔵と申します。是非、貴方と勝負させていただきたい」


突然の申し出に、「えっ」と小さな声が出た。
この話の流れでどうして戦う必要があるのか、さっぱりわからない。
しかも、戦い好きの食満先輩やいつもギンギンに忍者してる潮江先輩じゃなくて、学園一クールな立花先輩からの申し出だ。
おろおろと先輩とヒロさんを交互に見ていると、まだ近くで成り行きを見守っていた庄左ヱ門にちょいちょいと袖を引かれた。


「乱太郎…その、ヒロさんって…強いの?」

「う、うーん…」


庄左ヱ門にそう聞かれて、どう答えようか迷ってしまう。
七松先輩と互角に走れるみたいだけど、それだけで強いとは言えないし、前に山賊を倒したのも結局よくわからなかったしなぁ…
直接戦ったところは見たことがないから、あんまり戦うのが好きなわけじゃないのかも。


「むむっ…致し方あるまい…ならば相手になろう!」

「「「ええー!?」」」


そんなことを考えていたのにあっさりと返事をしたヒロさんに、驚いて三人揃って大声を出す。
立花先輩も少し驚いてたみたいだけど、すぐに後ろへ跳んで戦う準備に入っていた。
でもでもちょっと待って下さい!


「ヒロさん、立花先輩と戦うんですか!?何で!?七松小平太先輩のときは渋ってたのに!」

「止めといたほうがいいっすよー?あの先輩の武器、超カゲキっすから」

「ヒロさんと立花先輩、どっちが強いのかなぁ〜」

「むっ!これは聖徳太子の教えか…まずは三人からということだな!まとめると、小平太のときでこの学園の上級生は手ごたえのあるものが多いと知ったから、勝敗ではなく勝負がしたいのだ!」

「「「おぉ〜」」」


よくわからないけどなんとなくカッコいい台詞にぱちぱちぱち、と三人で拍手を送っていると、離れた立花先輩のほうから低く押し殺した声が聞こえてきた。


「…そろそろ始めたいのだが…?」


その声の低さに驚いて振り返ると、米神をピクピクと痙攣させている立花先輩が。
怒ってる…!と気付いた瞬間その場にいたは組全員で顔を青くして、そそくさと縁側へと避難した。
触らぬ立花先輩に宝禄火矢なし、だしね。
本当はこの場から離れたほうがいいんだろうけど、ちょっと勝敗も気になるし。
は組の皆で一触即発の雰囲気を固唾を呑んで見守っていれば、異様な雰囲気を察した上級生たちが集まってくるのも時間の問題。
そしたらきり丸が目を小銭にして観戦チケットを売りに商売を始めるのは、もういつもの光景だった。



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