爆発こそヒーローの供!


さて、朝っぱらからこんな予定ではなかったのだが…
まぁ機を逃すことはない、と油断なく男を見据える。
男…ヒロと名乗る、自称ヒーロー。
ヒーローというのが英雄や勇士という意味であることは、先日カステーラさんに聞いて把握している。
何が、ヒーローか。
ふん、と小さく鼻を鳴らして下級生を見送るヒロを睨みつける。
三人組から話を聞いた。小平太からも。
それらの話を総合すると、実力者であることは確かなのだろう。
そして、敵ではないと判断した文次郎や長次の話。
…たとえ人格に優れていたところで、それを利用されれば簡単に寝返るというのに。
そしてさらに、時には非情な忍務をこなす我々を、こいつが“悪”と見なさない自信は何処から来るのか。
下級生が十分離れたことを確認したヒロはばっと後ろへ跳んだかと思うと、近くの木へと飛び移る。
身を隠して頭上から攻撃する気か、と身構えたが、こちらの思惑をよそにヒロは一瞬で降りてきた。
一体何を、と片眉を上げると、どうやらその手に何か持っているようだ。
目を細めてそれを確認するのと、ヒロが再び飛びずさって草むらにしゃがみ込み、何かを取るのは同時。
そして、あまりのばかばかしさに一瞬気が遠くなった。


「さぁ、準備は整った。いつでもかかってくるがよい!」

「……」


そういって構えるヒロの左手首には、手のひら大の木の葉。右手には、藪草を刀のように構えている。
…確かにあの草は不用意に突っ込むと手を切ってしまうこともあるが…それにしたって、なんだこれは!


「…私は茶番を演じるつもりはないのですが」

「あぁ、私もだ!」


ブチッと、頭の中で何かが切れた音がした。
「あ、イった」ときり丸が呟いたのが聞こえたが、そんなことはもうどうだっていい。
懐から火車剣を取り出すと、着火してすぐさま打ち出した。
あれは特別導火線を短くしてある火車剣。ヒロの眼前で爆発したそれは、大きな煙幕を張る。
そして続けざまに今度は普通の手裏剣を打てば、煙幕から無数の手裏剣が襲うことになるのだ。
「おいおい、本気だな…」とか、「わああ!?手加減しなよ仙蔵!」とか、いつの間にか増えた観客の聞こえてくるが、やはりどうでもいい。
もはや決まったも同然だ、とヒロの悲鳴が聞こえるのを待つ…と。


「リーフシールド!」


キキキン!と、金属同士がぶつかる音が煙幕の向こうから聞こえてきた。


「(…何っ!?)」

「煙幕とは、やるじゃないか立花仙蔵!だが私のリーフシールドはこの程度では敗れんぞ!」

「くっ」


何か暗器を持っていたのか。気付かなかった。
あまりにも普段の行動が忍離れしていたから油断していたが、やはりあの男は忍者だ。
これはやはり今、徹底的に叩いて忍術学園に危害を加えようという気をなくさなければ!
そう思ったが早いか、懐から宝禄火矢を取り出したのが早いか。


「今度はこちらから行くぞ!リーフソーーード!」

「なっにいいぃぃーーーー!!?」


突然割れた煙幕と、文次郎の間抜けな声。
そして。
割れた煙幕の向こうに、藪草を振り下ろした格好のヒロが、いた。






おかしい、こんなはずではなかったのに。


「はぁっ!」

「むっ…爆弾か!爆発攻撃はヒーローの背景を盛り上げるためだけにあるのだ!とうっ!」

「この…っ!ならば!」


ちゃっかり観客に綺麗に見えるよう立ち位置を調整する余裕まであるヒロに、冷静さが失われていく。
バッと懐に入れた手が触れた武器を取り出し、考えるより早く着火してヒロに向かって放つ。
回転しながら弧を描いて飛んでいった火車剣に、ようやく気付いて舌打ちをした。


「ん?それは先ほども見た武器!同じ武器が通用すると思うのか!」


カカン、と突っ込んできたヒロの持つ藪草と火車剣がぶつかり、鋭い音を奏でる。
ヒロが通り過ぎた背後で爆発した二つの火車剣に、これだ、と眉間の皺を深くした。


「ヒーローは常に成長を続けるものなのだよ」


違う。そこではない。
こちらの心情を読めているようで全く読めていないこの男が忍なのではという考えはとうに捨てた。
だが、その代わりに台頭してくる疑問。
何故、藪草が鋼の手裏剣を退けることができるのだ。


「そして」


聞こえた声にはっと意識を戻せば、いつの間にか肉迫しているヒロ。
慌てて刀を抜けば、まるでそれを待っていたかのように刀に向かって藪草を振りぬいてきた。


「常に相手とギリギリの戦いに身を置き!」

「くっ…!」


キン!と刀同士が切迫する。
一手一手は決して重くない。
所詮は藪草、とでもいうのか、刀の重みが乗らないそれは直接当たっても骨まで届かない程度の力。
だが、その分、まるで風を相手にしているかのように、


「(―――速い…っ!!)」


斬撃も、切り返しの速度も半端じゃない。
怒涛の攻撃に、太刀が追いつかない。
運よく藪草をすり抜けても、左手についているちっぽけな木の葉が邪魔をする。
馬鹿な、この私が、剣術で…負ける、だと…!?
もはや次の手を考える余裕もない。
ただがむしゃらに振り上げただけのそれはいともたやすく避けられ、そして。


「完全勝利を収めるものこそが、ヒーローと呼ばれるのだ」


妙に長く感じたその瞬間。
ヒロの太刀…藪草の腹が手の甲に当てられた。
草で叩かれたとは到底思えない痛みに刀を取り落とし、それをすかさずヒロが遠くへ蹴り飛ばし。
ガクリと膝を付いた私の首筋に藪草が当てられたことで、観客から歓声が響いた。


「いい勝負だったな!」


俯く私に、ぽいと藪草を投げ捨てながらヒロが笑顔で言い放つ。
ヒロの手から離れたそれが、草に相応しいしなり具合でひらひらぽとりと地面に落ちるそれが視界に入り、俯いたまま声を出した。


「…ヒロ、お前に聞きたいことがある」

「なんだね?」

「お前は一体、何者だ?」


唯一視界に入る足が、こちらを向く。
さすがにそれだけでは感情を読み取ることはできない。
だが、顔を上げることも、できない。


「私は…ヒーローだ」

「違う。私が聞きたいのは、その力のことだ」


予想していた答えに、すぐさま切り返す。
ピクリ、と重心が後ろに向かったのがわかった。
…聞かれたくないこと、ということか。だが、容赦してやる義理はない。


「何故、唯の草が鋼の刀と互角にやりあえる?」

「…それを伝えるには、秘密結社の許可が必要だ。私の口から言うことはできない」

「…では、お前の力はあとどれぐらいある?文次郎が言っていた津波、乱太郎たちが言っていた光、そしてその刀。まだ何かできるのか?」

「…それも、言え゛っ!!」

「「「あ」」」

「では、最後にもう一つ」


何事もなかったかのように立ち上がり、入れ替わるように腹を抱えて崩れ落ちたヒロを見下ろす。
あぁ、今ならお前の言葉に賛同できるな。
いい勝負だった、と。


「ヒーローが負けないものなら、今のお前は何になる?」


誰がさっき勝負がついたと言った?
忍とは、裏をかき、騙すもの。
刀がなくなっただけで勝負ありとは、随分甘い考えじゃないか?
おい下級生、こんなことで「卑怯だ」なんて言っていたらこの先この学園に残れないぞ。
お前たちも苦い顔をするな。別にお前たちにこの手を仕掛けて勝ったことなんて、私は気にしていないぞ?


「ふ、…ふふ、ふ…、ヒーローは、ライバルとの戦いなら…負けることも、あるのだよ…っ」


らいばる?と首を傾げてもう一度ヒロを見下ろす。
ぐふ、と口先だけのようにしか聞こえないうめき声を上げていたはずのそいつは、俯いていた顔を既に上げていた。
…かなり強く打ち込んだつもりだったんだが。
すでにケロッとした表情のヒロに、眉間に皺を寄せてしまう。
だが、次に続いた言葉には、私の常識が甘かったとしか思わざるを得なかった。


「ちなみに、ライバルはいずれ必ず仲間となるからな!」


らいばる、というのが何を指すものなのかはわからない。
だが、それが私のことを指しているということぐらいは、容易に察しがついて。
溜めていた何かが、ぷつんと音を立てて切れるのがわかった。


「ふ…っざけるなぁーーー!!!」


本日最大級の爆音が鳴り響くのは、学園の中庭。
仙蔵の機微を察した上級生たちにより、下級生の安全は守られたのであった。



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