間違いは誰にでもある!間違いに気付いたのちどうするかだ!


俺の名前は富松作兵衛。忍術学園三年ろ組の用具委員だ。
いつもいつもろ組の保護者とか迷子係とか妄想癖とか、そんな不名誉なあだ名で呼ばれる俺だっていいところはある。
今回はせっかく出番を貰えるということで意気込んで来たんだが…


「あぁもう、どこいきやがったあいつら…!」


例によって例の如く、もはや言うまでもない状況が出来上がっていた。
何であいつらはこうも俺を走り回らせるのが得意なんだよ!


「左門ー…三之助ー…?」


がさがさと茂みを掻き分けながら始めは大声で二人の名前を呼んでいたが、今はそうもいかなくなってしまった。
二人を探して探して、どんどん範囲を広げていったらいつの間にかこの前山賊が出たと話に聞いたところまで来てしまったのだ。
どうしよう、山賊に遭ったら…!いや、その前に二人は山賊に出くわさずに走り回れてるのか…!?
もし山賊にぶつかって、売り飛ばされちまったら…!
嫌な想像にさっと顔から血の気が引くのを感じながら、若干涙目であたりをきょろきょろと見渡す。
学園はあっちだから、きっとあいつらは反対方向に突き進んでいるんだろう。
なら、と次の捜索範囲に目星をつけて足を踏み出そうとして…進行方向に、人が佇んでいるのが見えた。
瞬時にザワッと背中中の産毛が沸き立つのを感じる。
山賊。売られる。どうしよう。早く逃げねぇと。でも二人が。あぁ、どうしよう!


「其処行く少年!君は忍術学園の生徒さんではないかい?」

「えっ…あっ!」


パニックに陥りかけた脳みそを引きずり戻してくれたのは、あまりにもあっけなく掛けられた声だった。
そして、声と同時に近づいて来た影は、どうやら学園で見たことのあるそれ。
あれ、確か一年坊主共が世話になったって…えぇと、名前知らねぇんだけど…


「こんなところまで体力づくりに来たのかい?いやぁ、感心感心!やはり若者はそうでなくてはね!」

「いえ、…同級生のやつらがどっかいっちまって…」


ぬあっはっは!と豪快に笑いながら肩をばしばしと叩かれ、まるで大木雅之助先生を相手にしてるみたいだと思いながら返事をする。
ていうか、俺が知らないんだからこの人も俺の事学園の生徒だってことしかわかんねぇはずなんだが…


「…えと、」

「あぁ、すまない。自己紹介が遅れたね。私はヒロ。忍術学園の生徒さんたちとは仲良くさせてもらっているよ」

「あ、俺は富松作兵衛っていいます」


「そうか、よろしくな!」とやはり笑顔を見せる表情に、あ、これは五年の竹谷先輩だと既視感を覚える。
あの、何でも受け入れてくれそうな安心できる表情だ。


「それで、その同級生を探しているのかい?」


なんとなくぼんやりその表情を見ていると、特にそれを不思議に思った様子もないヒロさんに首を傾げられた。
慌ててコクコクと頷いて「あ、はい」と間の抜けた返事をする。
そういえば二人共まだ迷子だった。
なんかこの人と遭遇しちまったことが衝撃的すぎて…ちょっと。
思い出すと俄然不安が蘇ってきて、手足が冷たくなっていくのがわかる。
あぁ…二人共今頃…!…どうしよう…!


「二人共方向音痴のくせに勝手にどっか行っちまうどうしようもないやつらで…今日もちょっと目を離した隙に教室から消えてて…」

「教室?では君は学園からここまで探しに来たのかい?」

「学園中探し回ったんっす!けどどこにもいなくて…!もしかしたらこっちまで来たのかも知れねぇと思って探しに来たが、そういえば最近ここらに根城を作ってる山賊がいるって話思い出しちまって…!!きっと、あいつら山賊に見つかって捕まっちまったんだぁ!!」

「何、山賊!?…このあたりのやつらは概ね改心させたと思ったが、甘かったか…!」

「あいつら大したモン持ってねぇから、きっと身包み剥がされてどこかの裏町で売られて…!どどどどうしよう…!!」

「それはいかん!富松作兵衛、その同級生の特徴を教えてくれたまえ!私もその子達を助け出すことに協力しよう!」


いつもだったら「考えすぎだ」とか、「作兵衛の想像力のほうが心配だ」とか好き勝手言われてそのうち本気で取り合わなくなる俺の悪い癖。
それに最後まで否定せず、それどころか同じようにあいつらのことを心配してくれる人なんて、今までいなかったのに。


「ほ、ほんとですか!?」


自分の思い上がりじゃないか、聞き間違いじゃないのか?
逸る気持ちが食い気味で確認すれば、はっきりと、力強く頷いてくれた。


「一人より二人だ!それに、危険な目にあっている子どもをみすみす見逃すわけにはいかない!」

「あ…ありがとうございます!」


嬉しくて、泣きそうになりながらあいつらの特徴をできるだけわかりやすく伝える。
これで、少しでもあいつらを見つけるのが早くなったら。
藁にも縋る思いで述べた特徴は、ヒロさんが大きく頷いてくれたことで、きっと大丈夫だろうという少しの安心と引き換えにヒロさんへと伝わった。






結論から言えば、いつもと変わらなかった。


「お前らぁぁぁ!やっと見つけた!!」

「あ、さくべー!」

「何処行ってたんだよ作兵衛。探してたんだぞ?」

「こっちの台詞だああああ!!!!」


結局見つけたのは俺で、自覚のない方向音痴がふざけたことを言うのも同じで、「帰ろう」というのにあさっての方向に行こうとする二人の腰に縄を結ぶのも同じだった。
けど、ここまで来るのに俺が不安に押しつぶされそうになることがなかったのが、一度もなかったなんて今までなかったことだ。
やっぱりこれはヒロさんに礼をいわねぇとな、と心の軽さにほくほくしつつ思って、はっと気付く。


「あっ、そうだお前ら!ヒロさんに会わなかったか?」

「ヒロさん?誰だそれは!」


あ、そうか。二人も俺と同じで、話と遠目でしかあの人を知らねぇんだ。
本日二度目の特徴説明をすれば、左門はほげ?と首を傾げていたけど、三之助は思い当たったようでそのタレ目を瞬かせて「あぁ、」と声を出した。


「あー、あの学園に出入りしてる謎の人?それならさっき、あっちに走って行ってたぞ」

「あぁ、あの人か!すごい形相で何かを探しているようだったから、思わず隠れてしまった!」


あっち、と指す指の先は山の中腹へ向かう道を示している。
そして誰のことかわかったらしい左門もぽんと手を打った…かと思うと、衝撃発言をかましやがった。
せっかく探してくれた人から、隠れただって…!?


「ばっかやろう!あの人はお前たちを探してくれてたんだよ!見つかったって、お礼言いにいかねぇと…!」

「え、じゃあまずいんじゃないか?」

「かもなぁ」

「?どうしたんだよ、二人共?」


顔を見合わせて眉を寄せる二人の様子に、今度はこちらが首を傾げる。
何がまずいってんだ?


「いや、てっきりあの人、山賊の仲間かと思ったから…」

「あの人が向かって行った方向で、僕たち山賊の根城を見つけたんだ!」

「…嘘だろおおおおっ!!?」

「「ぐえっ」」


慌てて二人を引きずる勢いで縄を引いて、三之助が指した方向へ走る。
確かこの方向にはねぐらに丁度よさそうな洞窟があって、食満先輩があの辺りは危険だって話してたことがある。
きっとあそこだ!
「さくべ…っ締まってる締まってる!」とか「せめて向き変えさせてぇ…っ!」とか聞こえてくるけど、もうそんなことに構ってなんかいられない。
あぁ、こんなことなら迷子捜索の手伝いなんて頼まなければよかった!
安易な自分の考えに激しく後悔しながら道なき道を疾走する。
後ろの二人も体勢を整えて走ってついてくる音が聞こえるし、目的の洞窟はもうすぐそこ、というときだった。


「ぎゃあああああ!!!!」

「「「!!!?」」」


聞こえてきた声に、慌てて速度を緩める。
なるだけ音が出ないように茂みを掻き分けていけば、さらに悲鳴のような懇願する声が聞こえてきた。


「だ、だから知らねって!そんなガキんちょ見てねぇ!」


…声を、聞く限りはどうやら山賊が劣勢のようだけど。
よく見えるように、と葉を退けた先に見えた光景は、どうにも首を傾げるしかなかった。
そこには、胸倉を掴まれて地面から若干つま先が浮き、苦しそうに冷や汗を掻いている山賊の頭っぽい男と。
その後ろで青い顔をして引け腰ではいるものの逃げるに逃げられない山賊っぽい男たちと。
山賊の頭っぽい男を吊り上げている、南蛮っぽい格好をした男が、いた。
えーと…、状況から考えると、あの南蛮っぽい格好をした男がヒロさんで間違いねぇんだろうけど、
何であんなよくわかんねぇ格好してんだ?
目元を黒い板みたいなので覆ってるのは、もしかして覆面なんだろうか。
でも、目を覆っちまったら何も見えねぇんじゃ…


「いいや、その二人の友人がお前たちに攫われたに違いないと言っていたのだ!友人がそう言いきるのだから心当たりがあるのだろう!」


やべぇ、おおお俺のことだああああ!!


「全く、つい先日懲らしめたというのに…心を入れ替えずに同じ過ちを繰り返すとは笑止千万!嘆かわしいぞ!」

「ちゃ、ちゃんと自分たちで生計立てようと頑張ってるべっさ!ほら、鍬!このあたりば開拓して、畑肥やそうって…!」

「何…?」


や、やばい。ヒロさんが不審に思い始めてる…!
これ、俺が成敗されちまうんじゃないか…!?


「さくべ、どうした?」

「ん?」


気付かれたー!!!
ばかやろう左門空気嫁!読めよ!空気を!読む空気が凍りついたわ俺の周りだけ!!
あぁ終わった、俺の12年の人生…
振り返ったヒロさん?と板越しに目が合った気がして、ぴしっと背筋を伸ばす。
あぁ、死刑を待つ極悪人の気分だ…


「おぉ、富松作兵衛!と、その二人が探していた学友か?」

「は、はい…おおお俺の考えすぎで、こいつら山のの中ふらふらふらしてただけみたいで…!」


ヒロさんがぱっと手を離せば、どさりとその場に崩れ落ちる山賊の頭。
その姿にぞっとして、慌てて視線をずらせば、一歩一歩近づいてくるヒロさん。
目元が見えないせいで、よけい感情が読み取れない…!
でも、絶対、怒ってる…!!
そりゃそうだ、こっちの勝手な妄想で振り回された挙句、二人は俺が見つけちまってるんだから、何もいいトコなしなんだし…!


「では、こちらの勘違いだったのだな」

「ひいいいいすみませんすみませんおお俺のせいで…」


来たる怒声や痛みに備えてぎゅっと目を瞑り下を向く。
ううぅ、すぐ終わりますように…!


「そうか!よかった!」


その声色が、あんまりにも本当に嬉しそうな声だったから…思わず、顔を上げてヒロさんの表情を確認してしまった。
黒い板に遮られてやっぱり目元は全然見えなかったけど、口元は声の通り弧を描いていて、うんうんと頷く姿に嘘は見られない。
…ほんとに怒ってねぇのかな?


「疑って悪かったな、お前たち!」

「い、いや…いいって、ことよ…」


振り返ってさらりと謝るヒロさんに、ぐったりしながらも片手を上げて返す山賊?…の頭。
あ、あれ…?山賊ってこういうとき、すっげえ怒るもんだと思ってたけど…なんかあっさりすぎねぇか?
茂みに微妙に隠れたまま首を捻れば、「作兵衛、もう立ってもいいんじゃないか?」という左門の声と「そうだ、お詫びにいいことを教えてやろう」というヒロさんの声が被る。
一先ず上から降ってきた声に従って立ち上がれば、開けた視界の中に山賊たちのほうを向いて人差し指を立てているヒロさんの背中がはっきりと見えた。


「ここは日当たりが悪い。少し上ったところに日当たりのよい小高い丘があったから、畑を作るならそちらにするといい!」

「お、おう…」

「さて、迷子も見つかったことだし、ヒーローの出る幕はなかったな!うむ!では、さらばだ!」


はっきり、見えていたからこそ、目を疑った。
「とう!」と掛け声をかけて跳び上がったと思ったら、その姿は一瞬で木立の向こうへと消えていったのだ。
予想以上の跳躍力に唖然としていると、後ろからつんつんとつつかれた。


「作兵衛、もう行こうぜ」

「三之助…お前、あの跳躍力に驚かないのかよ!?」

「だってさっき見かけたとき、七松先輩顔負けの速度で走っていってたから。あれぐらい跳んでも可笑しくないって」


当然のように言う三之助に「そ、そういうもんか…?」と半ば呆然としつつ返して、「学園は、こっちだー!」と山賊のほうに走り出そうとする左門の縄を無意識に握り締める。
山賊たちもこれだけ騒いでいる俺たちに気付いているようだけど、特に何か仕掛けてくる様子もないし…なんか、疲れ切ってるって言ったほうがいい気もするけど。


「…あ、ヒロさんにお礼、言い損ねたな…」


今度、食堂にご飯食べに来たとき…声、掛けてみよう。



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