「――日ノ本一の兵がそんなに死が恐ぇかよ」

 先程喉まで出掛かったその言葉を真田の背を見ながら呟いた。激昂した真田に吐いてやっても良かったが、それをすれば上田の城を壊滅させかねない。取り繕い方を覚えたと言っても、生来の激しい性がそれを許さない。

「どうすんだよお前んことの旦那。テメェの所為であんなになっちまったぞ」

 風がまるで俺を追い越す様に吹いたかと思うと木の枝がカタカタと弱々しく音を立てて揺れる。死人に口無しとは言うが、実際はそんな事は無いのかもしれない。よく桜の木はその下に埋まっている死人の血を吸って美しく咲くと言うが、この枯れかけた様子では人で無い忍びの屍がかえって毒になってしまったようだ。

「代わりにテメェの娘に執着しやがって」

 猿飛が死んでから、もう随分経つ。任務遂行の代償の傷は手当の施しようがなく、最期は真田の顔を拝みながらこの桜の木の下で事切れたと聞いた。
 それから半年も経たない頃、政務の合間に落ち込んだ情けない面を拝んでやろうかと上田に立ち寄れば、真田はその無骨な腕に可愛らしい乳飲児を抱えていた。恐ろしいほどの無垢なまなざしで愛おしそうに見つめるその先。見覚えのある赤毛の稚児だった。
 本来であれば微笑ましいことこの上ないであろうその画に妙な胸騒ぎがしたのを覚えている。予感がしたのだ。何かおぞましいようなおかしな予感が。どうかそれは俺の勝手な思い過ごしであるようにと、それを振り払うように揶揄い半分に稚児が出来たなんて聞いてねぇぞと言ってやればその恰好を崩す事もなく、何の憚りもなく己の子では無いと言う。

『佐助の娘だ』

 瞬間、肌が粟立った。
 今となってはそれを愛でる姿に妙な不安を感じたのは杞憂では無かったのだと思う。忍びの郷で種付けをしたのか、はたまた何処かでこさえたのか、兎に角猿飛には娘がいてそれをどうにか呼び寄せて名目は小姓として伴れている。美雨は乳飲児の頃から上田に居たのだ。乳離れしようも忍びの術を学んでいる気配は一切無く、父親譲りの赤毛を結ってすくすくとただの子供のように成長するその姿を見るうちに忍びとして覇気が無いのは一目瞭然で、成る程、真田は光源氏の真似事でもするつもりかと半ば呆れつつも妙な不安の行きつく先が分かった事と歳の所為もあり微笑ましく見ていたのに。
 ここ数年で恐ろしい程しなやかに己の身体を操るあの身のこなしは流石猿飛の娘と言うべきか。その能力を秘めた身体ではやはり人間の女としてではなく、忍びとして生きるのが美雨にとって最良であるように思えてならない。勿論選ぶのは美雨自身であるが、その選択肢を与えてやるのは育ての親として当然であるべきだろうと思う。身の丈に合った場所で生きることがどれ程の幸せか分からない訳では無いだろうに。
 しかし真田は猿飛という唯一無二の存在を喪った事からそれの代わりにするように美雨という存在に盲目的になった。真田にとって最もと言えるほど近しい存在だった猿飛。その娘だと言われれば真田が美雨を伴れることは自然な事だとさえ思う。しかし蝶よ花よと行き過ぎるまでに愛でその有為な芽を摘もうとするその姿は美雨を猿飛を喪った喪失感を埋めるだけの玩具のように扱っているようにしか見えない。大方、美雨を忍びとした際に、猿飛の二の舞になると信じて疑わず、それを恐れて何者の干渉を許さないのだろう。何物にも代え難い存在が己の手の中からすり抜けて行くかもしれないという恐怖。決して理解出来ない訳では無いが、日ノ本一の兵と謳われた男が小さな子どもに執着するその姿は言われのない遺憾ばかりを深くしていく。

「無様じゃねぇか、真田幸村」

 そしてそこから抜け出せず、あの幼い手を握りながらその小さな身体に今日もあいつは忍びの面影を延々と探しているのだろう。それが不毛な事だと気付いていながら穏やかな面を装い、これからもずっと、気付かない振りをしたまま。
 

I know everyone
is this and looking
back is meaningless,
Just I think never heal
from this fear.


(俺は誰もがそうであるように、振り返ることは無意味だと知っている。ただ俺がこの恐怖から癒えることは決して無いのだと思うのだ)


20160815