「Hey!Monkey girl!そんなとこ座ってねぇでこっちに降りてこいよ」

 背を向けた小さな後ろ姿はいつもその瞳の先に何を見つめているのだろうか。

「伊達のお殿様」
「sigh…。だから政宗でいいっつてんだろ?お前まで堅っ苦しい肩書きで呼ぶなよ」
「そんなことしたら怒られますもん。それにわたしはもんきーがーるではなく美雨ですって何度言えば分かるんですか!」

 腰掛けた木の枝からこちらを見下ろし頬をぷくりと膨らますその姿は素直に可愛らしいと思う。自分でも昔から童には好かれる方だと思っているしその集団に混ざり遊んでしまうくらいは子ども好きだと思っているが、五郎八が産まれてからはそれに拍車が掛かったように思う。それは目の前のこいつも例外ではない。

「Oh〜!逆に一国の領主に向かってそんな口利く方が怒られんじゃねぇか?」
「むぅ…!伊達のお殿様がいっつもいじわるしてくるからです」
「俺が上田に来る度にお前はいつもそこに座ってるからなぁ。たまには俺の胸に飛び込んでこいよ。思いっきり可愛がってやるぜ?」
「伊達のお殿様のはれんち!よめ入り前のむすめにそんなこと言うなんて!」

 言葉の意味も十分に理解していないだろうに、舌足らずな声色で大人たちの見様見真似をするませた姿にに思わず吹き出しそうになる。子どもとは可愛いもので大抵はこちらの売り言葉に素直に買い言葉で返してくる。一国の領主ともなれば仕事の大半は強面の男達に囲まれるものなので子どもと接する時間は貴重な安らぎの一時だ。愛や五郎八と過ごす一時もそれには変わりないが、こうして国の外の子どもというのもその土地の色が出て面白い。

「Sorry.実は今日はお前に南蛮の土産を持って来たんだ」
「えっ?なんばんのですか?」
「美味い甘味だぞ。色とりどりで真珠の様な翡翠の様な美しい色をした甘味だ」
「えぇ…すごい!」
「しかしお前はそこから降りてこないと言う。折角土産を手渡そうと思っていたのに断られた俺の心の傷は深い。折角の土産も渡す気も失せてしまいそうだ」
「うぅ…。そんな言い方はひきょうです…」
「俺の物をどうしようと俺の勝手だろ?」
「うぅ〜!伊達のお殿様はやっぱりいじわるです〜!」

 木の枝に乗っているのをいいことに両の足をバタバタさせて駄々をこねる姿はまさに年相応の子どもにしか見えない。子どもらしい素直で無邪気な表情。しかしそれ故意地の悪い態度ばかりも可哀想だと、金平糖の巾着を己の懐から取り出そうとした時、余計な邪魔が入ってしまう。

「これ、何を騒いでいるのだ」
「真田の旦那様!!」

 その瞬間、まるで一輪の花弁が風に靡くが如くひらりとその小さな姿は目の前の男の腕の中に飛び込んで行く。

「美雨…。この木に登るなと前から言っておるだろう。これはもう枯れかけておる。万一怪我でもしたらどうするのだ」
「ごめんなさい。でもわたしこの木がすきなんです。それにまだ完全に枯れた訳じゃないですもの」
「そうは言っても俺はお前の身を案じているのだ。あまり心配させてくれるな」
「はぁい…。ごめんなさい」
「それと俺のことを旦那と呼ぶな。前のように幸村と」
「だって女中達も家老もそれにこの間の行商だって真田の旦那様って、皆そう呼びますもの」
「お前はいいのだ」
「むぅ…。旦那様の方がかっこういいのに〜」

 大きく無骨な手が小さな体を抱き抱えそっと髪を撫でる。それに応えるように真田に擦り寄る美雨は先程の剣幕はどこへやら、すっかり気を許して甘えている。実の親子でさえ父親に擦り寄るのが難しいこの戦国の世でこのような戯れは中々見れたものではない。

「そうだ美雨。政宗殿から土産にと南蛮の菓子を頂いた。女中に預けておる故、俺からだと申して貰うとよい」
「わあ!うれしい!真田の旦那様ありがとうございます!」
「あまり急ぐと転ぶ故、気を付けてな」
「はーい!」

 そう言ってまるで猫のように地面へ軽やかに降りたかと思うと、屋敷の方へ一目散に駆けて行く。こうなっては俺も巾着の中の金平糖も眼中に無いのは明白で、これをどうしようかとぼんやり考えた。

「全く…。政宗殿に挨拶も無く駆けて行くなど。ご無礼をお許し下され」
「Ha!どの口が言ってんだ。テメェがただ美雨を俺から離したかっただけだろうが」
「はて。何のことやら」

 わざとらしく小首を傾げ笑顔を浮かべる真田。その顔には良くも悪くも感情的で真っ直ぐたった昔の面影は恐ろしい程に見る影もない。

「sigh…白々しいぜ真田幸村。いつまでアイツを飼い殺しにしとく気だ?」
「飼い殺しとは酷い言われようでござる。美雨は然るべき時に然るべき所作を教え込むつもりだが?」
「だからもうとっくに然るべき時だろうが?アイツももう七つになる。直ぐにでも忍びとして鍛えるべきだろ」
「美雨はまだ幼い。忍びとしての術を学ぶにはまだ早かろう」
「甘ぇんだよ。テメェも分かってんだろうが。今のアイツの身のこなしは忍びのそもんだ。それにな、アイツが廊下を歩く音は年々聞こえなくなってく。忍術を叩き込まれてねぇにも関わらず、だ。その道に入れればすげえ忍びになることは請け合いだろうが」
「政宗殿の言い分も承知している。しかし美雨には早過ぎる」
「そう言って一生テメェのとこで囲っておくつもりか?忍び生まれの女が大将の女になれる訳がねぇ。ましてやテメェが死んだら何の後ろ盾もねぇ無力な女だ。それならまだ忍びとして生きる方が浮かばれんだろ?」
「政宗殿それは言葉が過ぎるのでは?何故そう決め付ける」
「アイツは根っから忍びの生まれだ。この時代、楽な生き方なんて出来やしねぇ。ならせめてアイツが手前の力で生きれるようにしてやるのがテメェの役割なんじゃねぇのかよ?」

 一見穏やかに細められていた真田の眼が薄く開く。隙間から見える薄い茶色の眼球の奥に憤りが煌々と揺らめいていて、緩められたままの口元が酷く不釣り合いだった。全く、昔は器用にこんな表情が出来るような奴ではなかったのに。

「テメェがアイツを忍びにしねぇなら俺がしてやる。それ相応の忍術を学ばせていずれは黒脛巾組のくノ一にな」
「それは政宗殿が決める事ではない」
「何綺麗事言ってんだ?」

 風が耳元を駆ける音がする。

「血は争えねぇんだよ」

 まるで野生の獣に噛み付かれた様だった。一瞬のうちに間合いを詰めるのは流石と言うべきか。眼窩の奥に昂り煌る激情と粗暴な勢いで胸ぐらを掴むその拳からはまるで獣の唸り声でも聞こえてきそうだ。

「俺は執着などしていない…!断じて…執着など…!」

 あれだけ取り繕っていたというのに、結果こうして生来の激しさを惜しげもなくぶつけてくるのならば、初めから面倒な事などしなければいいのだ。結局、安い挑発で心中を突かれその怒りの勢いのままに昂るのだ。アイツにとってどう生きる術を用意してやるのが最善か、真田は諒解しているのだ 。諒解しているのに、己の執着からどうにも甘受出来ないでいる。

「Ha!笑わせやがる。テメェがそうして腐ってんならアイツは俺が貰ってく」
「やれるものならやってみろ。美雨は渡さぬ…誰にも」

 その態度を執着と言わずに何と言うのか。ふと、脳裏に小さな後ろ姿が浮かんで揺れた。