「だーかーらー俺はずぅーーーっと美雨のこと好きだったんだからね!!!」 南では桜が咲き始める季節と言えど、東北の3月はまだまだ寒い。夜ともなれば冷え込みもひとしお。そんな中で開催されたバイト先での飲み会は所謂追いコンというやつで、あれよあれよと言う間に遂に自分たちが送られる側になってしまった。何だかんだ3年半も勤めたバイト先なので店にも人にも妙に愛着が沸いてしまって、一次会で後輩達から寄せ書きを貰った時は思わず泣いてしまった。けれど楽しい時間は早いもので、現時刻は23時を回った二次会の会場はわりとへべれけの沼と化していた。かく言うあたしも程々に酔いが回っていてかなり気分がよく、バイト仲間とこうしてはしゃげるのもこれが最後だと思うと今日は朝までとことん付き合うつもりでいたのだ。突如、どう見ても完全に出来上がっている及川が向かいの席に現れ、いきなり訳の分からないことを言い始めるまでは。 「……あらま、それはどうも」 「コレだよ!!!悪い虫が付かないように牽制の意味も込めて俺が美雨のこと好きなのそれとなく噂にしたのに全っ然気付かないし!!頑張ってモーション掛けてもあしらわれるし!本当なんなのお前!!これ知らないの美雨くらいだからね!?」 「えっ、えぇ〜〜…」 「あああ言っちゃったぁぁぁ〜〜」 全く予想だにしていない告白の連続に真っ先にどう体裁を繕うのが無難かという考えが真っ先に浮かんでしまい、とりあえずお茶を濁すような態度を取ってしまう。当の本人は恥ずかしさからなのか、はたまた酔いの勢いなのか頭を抱えてテーブルに突っ伏してしまい、外野からは「おー!及川行け行けー!」「全部吐き出して潔く振られて来い」「キャアァ!やっと及川さんが告ってるー!!!」やらの野次が飛んで来ていて、及川の告白よりも自分が話題の中心になっていることが堪らなく恥ずかしかった。昔から不意打ち出なくとも自分に大勢の視線が集まるのは矢鱈と緊張してしまってどうも苦手なのだ。 そこで巻き込んで悪いとは思いながらも隣に居る岩ちゃんに助けを求める。面倒臭い及川の相手は岩ちゃんに任せるのが吉だとこの3年半で身に染みて分かっているし、今頼りになるのもこの人しかいないのだ。向かいでジョッキ片手に頭を垂れる及川を尻目にその肩を叩くと、なんとも怪訝そうな顔をした岩ちゃんと目が合った。 「い、岩ちゃん助けて……」 「一応訊くけど、お前、もしかして及川から好かれてんの知らなかったのか?」 「えっ、だってあたし好きとか言われてないし」 「………まじか」 そして溜息を吐くと岩ちゃんは飲み掛けのジョッキを手に立ち上がりのモーションを取る。これは完全に席を離れようとしている。えっ、何ちょっと待って。絶対的な助け舟が行方を晦まそうとしている現状が飲み込めなくて思わずその腕を掴む。けれどそれは丁寧にそっと払われてしまう。 「ちょっと岩ちゃん!?冷たいじゃん!!」 「及川も腹括ってんだからお前もちゃんと相手してやれ。茶々入れたりしねぇから」 「腹括ってる!?これで?!」 私の反論をさらりと受け流すとビールの残っているジョッキを持って岩ちゃんは隣のグループへ行ってしまう。いや、ちょっと待ってよ、この状態で放置とか勘弁してくれよ。てゆーか、告白以前に完全なる酔っ払いに相手してやれって、結局介抱してやれってことでしょ? 頼りの岩ちゃんから見放されてしまい、もうこうなったら外野の誰かを巻き込んでやる!と周りを見渡す。けれど、先程までの野次が嘘だったかのようにあたしたちに視線をくれている人は一人もおらず、ほろほろとグループの会話に戻っていって盛り上がっている今。なんだこれ。全く望んではいないけれど、酔った勢いとは言え、大勢の前で告白した人がいれば割と注目されてしまうものじゃないのか?みんな初めこそ食い付いていたものの、最早誰一人として聞いちゃいないし見守る奴もいない。いや、別に聞かれたい訳じゃないけど。でも、なんか、こう、あるじゃん?何なのこの興味の無さ。この肩透かし感。もしや及川の言う通り、本当にあたし以外は全員知っていたのだろうか。本当の本当に知らなかったのあたしだけ?何よ、その俺ら全部知ってるら別に今更全然興味ありませんよ感は。最早隣からは「俺及川さんが振られるに2,000円」「俺も」「あたしも」「おい、それじゃ賭けになんねーだろーが」という会話が聞こえて来る始末である。お前たちは悪魔か。可愛い後輩達の背中に黒い翼が見えてくる。 「美雨」 この状況で他のグループに入る訳にも行かず、どこに視線を定めればいいのかと困惑しているといつのまにか回復したのか、及川とバッチリ目が合った。すらりとした背を縮こめるようにして上目遣いで見上げてくるものだからあざといと思わずにいられない。本当にこの人は喋らなければちゃんとモテるのになぁ。元々整っているお顔だけど、今は多量のアルコールのせいで目は潤んでいるし頬は赤らんでいるので、これでドキッとしないと言う方が嘘になる。 「俺、本当にずっと美雨のこと好きだったんだよ。でも結局この3月まで言えなくてさ……あ〜カッコ悪…」 とは言うものの、及川は前屈みになりながらテーブルに半身を乗り出すと視線を外すことなく距離を詰めてくる。元来人と視線を合わせるのが苦手なあたしは恥ずかしさも相まって思わずテーブルに目線を逃す。しょぼしょぼになった唐揚げが2個、白いお皿の隅にちょこんと残っていた。 「美雨」 「な、なにっ、」 「さっきは好きだったって言ったけど、」 ――好きだったって言ったけど、何? ドクドクとうるさい心臓を他所にその言葉は喉までせり上がってきた。だけど、それは知らない声に遮られ、日の目を見ることが出来なかった。 「あのぉ、すみませんがそろそろお時間となりましたので…」 とても気まずそうに私たちに視線を送る彼はどう見てもバイトを始めたての学生だったので、私たちは脱兎の如く財布とアウターに手を掛けたのだった。 ▼ 結局の所、隣のグループでの賭け事は私たちに気を遣う為の口実のようだったようで、二次会をお開きしにして各々が支度をしている時も三次会の会場を探そうと分町をブラブラ歩いている時も、誰一人として告白の行く末を聞いてくる人はいなかった。デリケートな件だと思って弁え気遣ってくれているのか、実はこっそり会話を聞いていたのか、はたまた本当に大して興味がないのか。しかし、どちらにしろ話題を蒸し返されることがないのはとてもありがたかった。今その話題を振られたら、直ぐに冗談めかしてはぐらかし、逃げてしまうだろうから。 そんな事を考えながら、仲間達と群れてブラブラ歩いていると直ぐにキャッチのお兄さんが声を掛けてくる。岩ちゃんが話を聞こうとすると丁度同じタイミングで声を掛けられていたのか、ある後輩が別のキャッチの人を連れてきていて、どっちの店がいいか話し合いが始まった。これはちょいと時間がかかるなぁと思い、近くにあったコンビニの階段を登りその壁に凭れ掛かる。キンキンに冷えた深夜の空気が気持ちいい。ふぅと息を吐けばまるでタバコの煙のように白い色を現しては消えていく。この胸のモヤもいつかはこんな風に消えるんだろうか。そう思ううちに意図せず体が前後に揺れ始めたのでああ、これは、と思う。さっきので酔いは冷めたと思ってたけど、あたしまだ結構酔ってるわ。 「ねぇ、」 年度末と言えどまだまだ冬だから定禅寺通りは所々イルミネーションがキラキラして、分町は呑み屋の看板がギラギラしていて、そこを闊歩するサラリーマンやホスト。酔っ払いの学生はギャイギャイうるさくて、カップルは腕を組んで歩いていて――。年度末の呑み屋街の喧騒の中で、集団の隅にいる2人がキスしていたとしても気付く人などいやしないのだ。立ってるのに及川と同じ目線なんて随分と可笑しい。 「さっきは好きだったって言っちゃったけどさ、」 コンビニの段差の所為でほんの少し屈んだだけでまだほんのり赤く色付いている及川の目元が目の前にあって、やっぱり変な感じだった。 「今だって美雨のこと好きだから」 これ完全に酔った勢いってやつじゃん。さっきの今までただの同僚だとしか思ってなかった及川にこんなにドキドキしてるなんて、どっからどう見ても正気に戻ったらダメなやつじゃん。分かってる。分かっているんだけど。 なのに、なんで期待してんの。なんでこんなにドキドキしてんのあたし。 「俺と付き合って下さい」 あぁ、ダメだ。頷いてしまうなんて、あたしも完全に酔ってるわ、これ。 20180315 |