最初はただなんとなく、パトロールもだりィし少しならサボっても構わないだろうと大通りから抜けただけだった。土方さんも来てることだし、ちょろっと外しても大事ねェだろうって。そんな軽い気持ちで小さな路地に入った。夜の繁華街に溢れ返る、何とも言えない雑多で澱んだ空気が少しずつ薄くなっていく。それと引きかえに徐々にはっきりと輪郭を持つ気配が一つ。烏合のような人混みを抜けたのは幸いだった。それが確実に追ってきていると分かって、敢えて足を止める。ドンッと大きな鈍い音と衝撃で目の前のコンクリートがせんべいのように容易く割れる。とっさに頭部を庇うが、飛び散った欠片が勢いよく四肢を叩く。痛ェなオイ。

「何しやがンでィ」

 徐々に霧散する薄い煙の中で先に見えたのは大きな番傘。妙に見覚えのあるそれは見た目に反してかなりの重さと硬度があるのだろう。割れたコンクリートの中に刺さっているのに衝撃を受けた形跡が見えない。

「ゴッメーン☆屋根の上散歩してたらうっかり傘落としちゃってぇ!キャハッ☆」

 目の前の女はその番傘を自在に操り、不自然なほど大きな布を頭から被っている。そこから露出している腕に巻かれた布。顔はゴツいゴーグルでほぼ見えないが、カンフーシューズにチャイナ服。これはもうアレしかないだろう。

「こんなバカ重い傘で散歩たァ、ドン引きでさァ。物騒なモン持ってる女はモテねェぜ?」
「か弱い可憐な乙女に向かって酷ぉい!(泣)紫外線バンバン浴びろっていうの?(怒)」
「対策なんざ十分だろィ。何でィその包帯は。ツタンカーメンもびっくりでさァ」
「ツタンカーメンって誰( ^∀^)?」
「物騒な上に頭もカラッポかい」
「地球の常識を世の常識みたいに語るのはやめてくれる?そんなんじゃモテないぞ☆地球人さん」
「しかも地球語下手かよ」
「ハァ?ちゃんと最近のテキストで勉強したんだけど?」

 女の言葉尻に合わせて銃弾が飛んでくる。番傘を向けられた時点で予想がついたのが幸いして避けることが出来たが、女がなかなかの腕であることは確かだった。万事屋のチャイナ娘といい、宇宙最強の種族ってのは骨が折れる。

「どこの者でィ。さっきから俺のことつけ回しやがって。生憎俺ァ清楚な女が好みなんでねェ」
「依頼主から沖田を殺せって言われてね。あたしはただの雇われの殺し屋よ」
「それにしちゃァやり方がの脳筋すぎやしねェかい。殺し屋って奴ァ、フツーは遠くからバンってもんだろ」
「多様性の時代だから色んな殺し屋がいるのよ。それに真選組の沖田ってのは強いって聞いたしね!」
「へェ?そりゃ嬉しいねェ」
「依頼さえこなせばちょっと遊んだって構わないでしょ」

 間合いに入る速さが並じゃないと思った瞬間に前髪が切れた感覚だけが残る。上体を反らすのが一瞬でも遅ければ首を持っていかれていた。いつの間にか番傘は背中に背負われ、女が手にしているのは鈍く光る燻し銀。紛れもない日本刀である。

「殺し屋のくせに俺と刀で勝負をするつもりかィ?命知らずじゃねェか」
「折角だし同じ獲物でね。地球に来てから、刀ってやつを少しかじったの。そしたら存外面白くってハマっちゃってさ。さっき頭空っぽって言ったこともあの世で後悔させてあげるね」
「宇宙人のくせにあの世は信じてンのかよ」

 女が向かって来ると思った次の瞬間には刀に重い衝撃が走る。流石にかじった程度では大振りで動きに隙はあるが、そこを速さと筋力で補うような剣筋なのが厄介だった。正直、荒削りだがセンスは悪くない。それでいてかなり好戦的とくれば、あまり相手にしたくないタイプではある。

「ワァ!すごい粘るじゃん!沖田ってやっぱり強いんだね!」
「生憎、傘で暴力振るうチャイナは知ってるもんでねェ」
「マジか!あたしら絶滅危惧種なのに世間狭すぎ。ウケる」
「それにかじっただけの刀捌きなんざ、ある程度動きの予測は出来ンだよ。にわか野郎」
「ハァ?ご新規様がいてこそのジャンル発展だろうが。古参アピうざ〜」

 ギチッと鈍い音を立てて合わせていた刃越しには、その鋭さにも負けない目が見える。ゴーグル越しにもギラギラと発光する何かが見える気がして、コイツが楽しんでいるのが分かる。刃を合わせるほどの距離ならば拳や足が飛んでくるのかと思いきや、刀一本で向かって来るのも純粋に斬り合いを楽しみたいからなのだろう。意外とそっちの礼儀は弁えるタイプなのか、面倒くせえ相手だなと思った途端、刀が受けていた重圧がいきなり消えた。不意打ちかと身構えるが、奴はすでに間合いの向こう側に立っている。一呼吸前まで刃を交えていたはずなのに、その刀が消えたかのように滑らかに払い、更にこちらとの距離まで取るとは。やっぱりコイツ面倒くせェ。

「う〜ん、やっぱ沖田いいね!」
「ハァ?」
「今までの奴らはぜーんぜん骨がなくてつまんなかったけど、アンタは結構楽しめそう!刀の練習にもなるし、今殺すのは勿体無いね。今日はもうやめとく〜」

 薄暗い明かりの中でも分かるくらいその口元は屈託なく笑っている。その中の歯がやけに白いのも気味が悪い。こんなに凶暴なクセに、死ぬほど高そうな美意識のギャップにますます得体の知れなさを感じる。

「そりゃドーモ。けど俺で練習しようってンならスゲー高くつくから覚悟しなァ」
「え〜困ったな〜。あたし地球のお金持ってないからさぁ、タダにしてよ」
「俺ァバカな凶暴女は甘やかさねェタチなんでさァ」
「じゃあ他所で練習してくるから楽しみに待っててよ。どうせあたしに殺されるんだし、少しは猶予をあげるね」
「上から目線で何言いやがんでィ。地球のお巡り舐めんな」
「そうこなくっちゃ!ごはん以外に地球での楽しみが増えて嬉しいわ!次会う時まで沖田も強くなっててね!」

 そう言いながら慣れた手つきで刀を鞘に収めると、崩れたコンクリートを器用に足場にしてあっという間にその姿を消した。静まり返った路地には遠くからの喧騒が空気に乗って流れて来る。体感としては瞬く間の出来事でにわかには信じ難いような気もしたが、握っていた刀を構えると先ほどまで目の前にあった奴の姿が浮かび上がる。瓦礫から立ち上る煙の中にその奥に見えた目。興奮と期待を浮かべたそれは、確かにこの目で見たものだ。

「こいつァ参ったねェ…」

 小指の下に薄い切り傷があることに気付いた。パトロールの時までは確実に無かったものだ。不意に刀身が揺れ、自分の腕が震えていることに気が付く。小さな音にも関わらず、それは路地にやけに響いているような気がした。こんなことはいつぶりだろうか。すぐには思い出せないほど久しい気がする。ドクドクと早鐘を打つ鼓動に思わず自分の口からハハ…と乾いた笑いが漏れた。

「ヤベェな、どえれェ楽しみが出来ちまった…」

 路地には誰もいないというのに、思わず手のひらで口元を覆う。そうでもしないと抑えられないような高揚感がジワジワと脳と身体を巡っている。無意識に緩んでしまう口元に羞恥を覚えるほど、自分の口角が上がっている。そして奴に次会えるのはいつだろうと期待していることに、少し引いている自分もいる。


彗星より


20260621