カーテンの隙間から真夏の眩しい日差しが差し込んで、キラキラと輝いている。それなのになんだか今朝はやけに背中が肌寒いなぁ、なんて思って振り返ると、珍しく背を向けて眠っている京治くんの背中があった。白いシーツからはだけた広い背中がゆっくりと上下しているのを見る限り、まだまだ心地よい眠りを満喫しているらしい。

(流石の京治くんでも、寝苦しさには耐えきれなかったか…)

 京治くんは、その年下とは思えない面倒見の良さとその落ち着いた物言いから、良く言えば年齢よりも大人びて、悪く言えばなんとなく近寄りがたい雰囲気を纏っている。その先入観と雰囲気から私も彼は隙のない、そして白状するなら淡白な人間だと思っていた。

(からだ…ベタついてるな)

 ひとつの話として、一般的にセックスをし終えると女性は余韻に浸り甘い時間を求めるのだが、逆に男性は本能的に興が醒めてしまってパートナーを敬遠してしまうという研究結果がある。その研究結果と同じように、私が今まで付き合ってきた男たちもみんなそうだった。私も特段甘えたい質では無いけれど、寝起きのベッドが広い朝は、なんだか無性に寂しさを感じてしまう。決して経験人数が多いわけではないけれど、抱擁での目覚めなど無いものなのだと思っていた。
 しかし意外や意外、こうして親密な関係となった今では、淡白そうな第一印象を見事に裏切ったこの赤葦京治という男はその雰囲気と精悍な外見と打って変わってひどく寂しがりで、恥ずかしげもなく甘えてくる。京治くん曰く「美雨さんっていい塩梅でしっかりしてるから。余計な世話焼いたり気を揉むこともないしいいんですよ。無理しなくても素でいられるから」らしい。「それと、ついでだから言いますけど、別に好きで世話焼いてるんじゃないんで。俺だって疲れることはしたくないです」と膨れっ面でこう語る彼を見たこの時、生来の世話焼きで面倒見の良い人なんだろううなぁと思っていた京治くんは意外と気遣いな上に分かりにくい頑張り屋らしく、この人も対人関係において人並みにストレスを感じているんだなぁと思ったらおかしくて、「なに笑ってんですか」と拗ねられたのも記憶に新しい。

(卵があるからオムレツにして…確かレタスが半玉残ってたはず…)

 いくら裸だといってもこの猛暑の中では汗をかかずにはいられない。それが京治くんと過ごした夜なら尚更。今日は特に予定があるという訳ではないけれど、そんな日に朝食を作って映画でも見ながらゆっくりと過ごすのも悪くはないだろう。そうと決まれば、行動は早い。まだ京治くんが夢の中にいるうちに入浴と朝食作りを済ませてしまおう。

「……?」

 そう思ってベッドから出ようとした時だった。一つのベッドを共有していればいくら暑いと言っても薄いシーツは互いの身体に被さっている。そのシーツが外れて京治くんを起こしてしまわないよう注意してベッドから出たつもりだったのに、なぜか私の腰はがっちりとホールドされた状態になっているのだ。そしていつの間に寝がえりをうったのか、背を向けて眠っていたはずの京治くんがいつの間にかこちらを向いてぴったりと私を抱すくめている。

「京治くん…?」
「…」
「起きてるの?」
「…」

 じわじわと伝わってくる自分のものではない体温に、背中にぴったりとくっついているであろう京治くんに向かって声をかけた。寝返りだけならまだしも、ついさっきまで規則正しい寝息と立てていた人間がこうして腰に腕を回しているからにはすでに覚醒していると考えるのが妥当だろう。それなのに、背中の向こうからは一向に返事が返って来る様子がない。

「京治くん〜?」
「…」
「赤葦さーん」
「…」
「わたし、お風呂いってくるからね」
「…」
「んっ、ちょっと…」
「…」

 お風呂に行くことを伝えた途端、腰に回っているきれいな筋肉の付いた腕の力が強くなる。それに少しの抵抗を見せてもそれに対する反応は無い。どうやら京治くんは無言の抵抗を決め込むようだ。

「汗かいたし、朝ごはんも作りたいから、ね?」
「…」
「ねぇ、京治くん…」

 どうしても無言を貫くなら向き合って話をしようかと、私は身体を反転させようとした。しかし私がもぞりと動いたのを自分の腕から強行突破しようとする姿に見えたのか、京治くんは私をさらに引き寄せ、その右耳にぴったりと自分の唇を寄せてきた。
 結果、私はもう京治くんの腕から逃れられなくなってしまったのである。

「ちょっと、京治くん?」
「…」
「…ねぇ…」
「……」
「…京治くん、起きてるでしょ」
「………起きてない…」

 耳元でささやかれる、少し掠れたいつもより低い声。やっと返事をしたかと思ったら、随分とおかしな返答に思わず顔が綻んでしまう。私はこの京治くんの寝起きの声に滅法弱いのだ。いつもの低い声もいいけれど、気だるさを含んだ掠れ気味のあまい声は、他人に対して必要以上に気を遣使える京治くんの無防備さを感じさせるから。
 京治くんに抱きすくめられたままそっと振り向くと、すでに穏やかな寝息が聞こえてくる。しかし腰に回された腕は微動だにしないのだから困ったものだ。普段の彼を知る人にこんなに無防備で甘えたな京治くんの話をしたら驚かれるだろうか。
 こうなってしまった京治くんは梃子でも動かないのを、私は知っている。

「仕方ないなぁ」

 ゆっくりとシーツに身を包み、背中と腰に感じるの体温に身を預けた。せっかくの休日だ。京治くんがいてくれるなら、たまにはこうして過ごすのも悪くはない。
 ただ、自分は随分と京治くんを甘やかしているなぁ、と心の中で反省しつつ、朝日の中で私はゆっくり目を閉じた。



たおやかな朝に埋もれておぼれ死ぬ



20150216