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「とおるくんとはじめくんと、いつもいっしょにいるよね」
「ねぇねぇ、ふたりのうちのどっちがすきなの?」
「とおるちゃんもはじめちゃんもどっちもすき!」
「え?すきなひとはひとりってきめなきゃいけないんだよ?」
「どっちもすきなんだもん。どっちかなんてきめられないよ」
「しらないの?ふたりとはけっこんできないんだよ」
「でっ、でも…」
「なあにそれ、へんなの」
「そうだよねー。だってさぁ、」

――だめなんだよ、そういうの。

「ちょーっと美雨ちゃん?何考えてんのさー」
「えっ、あっ、何もっ」
「うそー。ちゃんと俺の事考えてくれなくちゃ及川さん泣いちゃうなー」
「あっ、あぅ…指っ」

 瞑っていた瞼を開くと、やさしい笑みを浮かべた徹がからかうように私の瞳を覗き込むように見上げている。楽しくて楽しくてたまらない時、徹は昔からこういう表情をする。それに合わせて徹の長い指が私の中でゆったりと遊び回る。一般的な男性よりも筋肉密度の高い体格のくせに、頭のてっぺんから足の先まで彼の神経は恐ろしく精密だ。腰の下で、まるで爪の先まで末端神経が通っているんじゃないかと思ってしまうようなその精妙な動きには最早恐ろしささえ感じてしまう。

「おい及川。ふざけた事言ってんなら俺と場所変われ」
「やだよー!この間は岩ちゃんが先だったじゃん。ちゃんと順番守ってよね」
「ブン殴る」
「ひどいなー。美雨もそう思うでしょ?」
「あ、やっ、徹…、指、奥まで入っ…!」

 下肢からどろりと生温かいものが腿を伝う。同時に粘着質な水音と徹の指が奥に届くのを感じて無意識のうちに腰が引ける。私がそうすることを分かっているから、後ろで私を抱え込むように肌を合わせてくれる一はまるで子どもをあやすようにゆっくりと髪を撫でてくれる。その手がいつも無言のやさしさで私を甘やかすから、私は一から離れられない。

――ねぇ、どっちがすきなの?

 女という生き物は、幼くとも生まれながらにませている。そして目敏い。あの日のことをトマウマ、といえば被害者ぶっているような気もするが、それ以外に適当な言葉は未だに見つからない。

「ね、美雨、気持ちいい?」

 徹と一とは幼馴染だった。私たちの関係を表すのにこの言葉以上も以下もない。初めから私は女で徹と一は男だということは知っていたが、幼い私に性別は何の障害にもなり得なかった。お互いがお互いの傍に居るのが当たり前だったのだ。
 しかし生まれて初めて幼稚園という社会の集団に属し始めた頃、比較的よく遊んだ女の子たちに言われた言葉は当時の私にとっては、自分の世界の秩序を壊すのには十分だった。

「――…ねえ、…美雨?」
「あ、ごめん、なにっ…?」
「美雨、もしかして気分悪い?」
「そんなこと、ない…。徹の指、気持ちいいから…」
「…あーもー。かわいいこと言っちゃってこの子はー」

 柳眉をやわらかく八の字にした徹の顔が近付いてきて私にキスをする。そうして私の頬を撫でる手が目の前にあるしあわせを身体の隅々まで感じさせるから、私は徹から離れらない。

ほんとうはとおるくんとはじめくんとどっちがすきなの?

 今なら「このマセガキ」と罵れたとしても、当時の私にはこの言葉の持つ意味はあまりの予想外で、ただただショックを受けた。どちらも大事な幼馴染でどちらもすきだと言えば、「ほんとうはどっちがすきなの?」と訳の分からない質問を繰り返される。

 ほんとう?ほんとうってなに?とおるちゃんもはじめちゃんもすきなのに、それじゃだめなの?

 当時のその女の子たちが徹と一のことを自分とは違う異性として、男の子として、そして何も知らずにのうのうとふたりの傍に居た私を疎ましく思い、それを意識してその話題を出したことを知るのは、もう少し後になる。

「いっ…!」
「え、ごめん!でも結構濡れてると思うんだけどなー」
「美雨、俺に体預けろ」
「うわっ、あっ、はじ…」
「いいから力抜け」

 背中から丸ごと私を抱え込むように回された精悍な両腕はその逞しさからは想像も出来ないくらいやさしい手つきで片方は頂きを、片方は掌で包み込むように愛撫をしてくれる。その動きに合わせてやってくる快楽が堪らなくて、腰を動かすたびにとろとろと愛液が流れて腿を伝っていく。自分の口から漏れるだらしのない声が恥ずかしくて手で覆うとその手は徹によって下ろされ握られてしまった。

「声、我慢すんな」
「美雨の声聞かせて」

 社会という自由すぎる空間に放り出されてもう3年が経つ。周りを見れば挙って「学生に戻りたい」と言う奴ばかり。それを聞かされる度に冗談じゃないと思う。誰が好き好んであんな狭い箱の世界に戻るものか。
 広い世界を知らない子どもにとっては教室という狭い箱がその世界の全て。子どもには子どもなりのカーストがあって、とりわけ女の子と言う生き物はグループ意識が殊更強い。そして幼くとも女の技を巧みに使いこなす。好意を寄せる男の子には可愛らしくアピールをして、そのために邪魔なものには徹底して排他的。俗に言うイケメンで人当たりの良く愛想のいい徹とハッキリとした物言いとひたむきで誰にでも分け隔てなく接する一。加えて運動神経抜群、友だちも多いみんなの人気者だったふたり。それに比べて何事も平凡で特徴のない私がいつもふたりの傍に居る。人気者に憧れる身も心も幼い女の子たちが私を邪魔だと思うのはきっと自然なことだったのだろう。
 しかし当時そこまで割り切れずに狭い箱の中で容赦なく向けられる女のドロドロした感情に私は耐えることが出来ず。中学に上がる頃にはふたりの事を呼び慣れた名前ではなく意識して苗字で呼んだ。私から声を掛けることもはせず、話しかけられるような素振りを感じたら徹底的に避け、どうしても会話をしなければならない時は随分と素っ気ない態度をとった。私がそんな風に変わるのを、察しのいい徹は着かず離れずの距離感を保って接してくれたのだが、そういうことが苦手な一とは怒鳴り合いの喧嘩をしてしまったこともある。しかし容赦のない圧迫感と切迫から少しでも逃れたくて、幼馴染からそこら辺にいるその他大勢の女子のひとりになりたくて、そんなことに当時の私は必死だった。
 私の中学時代は極力ふたりに近付かない様に努めた3年で、高校もふたりが青城に行くと聞けば青城だけは何があっても行くまいと心に決め。だから、高校時代のふたりのことはほとんど知らない。その頃にもなれば年頃だったことも手伝って私も適当に恋愛の真似事をしたこともあったし、ふたりにもきっと彼女のひとりやふたりは居たのだろうけど、実際のところは分からない。
 しかしこうして紆余曲折したにも関わらず、結局私たちはこんなところに流れ着いてしまった。

「美雨、動ける?」
「うんっ、」
「美雨。しんどかったら俺に体重預けろよ」

 下腹部に籠った重たい熱は意識しなくてもじりじりと私の中と侵食していく。それをもっと奥に、自分の真下で私を熱っぽく見つめる徹の顔が快楽で満たされるようにと、ゆっくりと腰を動かす。徹曰く、「動いてるのを下から眺めるのが最高」らしい。「だってものすごい絶景だよ!?」と語るその笑顔さえ無邪気に見えてしまうのだからどうしようもない。

「ふぁっ、んんっ…」
「あー…美雨エロい…」
「美雨、こっち向け」
「ふっ、はじ、め、」
「ちょ、岩ちゃん!今美雨にキスするのはナシでしょー。顔見えない」

 徹からの律動と一からの快楽で頭の大半がぼんやりしていくのが分かる。気持ちよさとしあわせで身体中が満たされる。私は今、愛を感じている。きっと世の中でも一握りの人間しか手にすることの出来ないであろう目に見えるしあわせを私は身体で、心で感じている。

「…ごめ、っ…」
「あ?」
「うん?」

 それなのにふたりを想うとギリギリと胸が軋むのはどうしてなのだろう。

「…ごめんっ…」

 今、私たちを囲むのは白塗りの賃貸マンションの壁だけ。ふたりの男の人をすきだと言おうとも、世の理がそれを許さなくとも、今となってはもう私たちを縛る嫉妬と倫理に溢れた狭い箱は存在しない。教室と言う箱から抜け出し大人と呼ばれる年齢になった今、世間は白い壁の中にいる私たちを見つける事は出来ない。世間に晒されることのない私たちを咎めるものは何もない。
 お互いがお互いであるために、私たちにはお互いが必要なのを知っていて、今ここで、そしてこれからも生きていくためにお互いの存在が必要なのだ。

「すきなの…!」

 背中にぴったりと肌を合わせて私を包み込んでくれる一が私の右手をゆっくりほどいて繋いでくれる。大きくて広い一の手。握りしめていた私の左手を徹がやさしく指を絡ませてくれる。長くて精密な徹の手。
 そして笑いながら言うのだ。

「知ってるっつーの」
「俺もすきだよ。だいすき」

 それでも、白い壁の向こうに出た時、世間の陽の光が当たる場所で私たちの関係が決して受け入れられない事も私たちは知っている。
 だから一が、徹が。これからの長い時間の中で私よりも大事な人に出会えたなら。私は使い古された、けれども最高のお祝いの言葉の「結婚おめでとう。しあわせになってね」というテンプレートを笑顔で伝えて、すぐにこの部屋から出て行く。私以上に大切なものを手にいれた彼らの手を私が握る理由はない。ふたりがしあわせなら、彼らを愛する私もきっとしあわせな気持ちになれる。私がこの右手と左手の繋ぎを解くのに、この両手を離すのにこれ以上相応しい理由はない。
 私の両手は孤独になるけれど、それと同時に自由にもなれる。今でも私の心臓に手をかけ蝕む呪縛。ふたりを想うとギリギリと軋む胸の痛み。瞼の裏の鼓膜の向こうに、こびり付いて離れないあの言葉から。

――だめなんだよ、そういうの

 けれど未だに徹と一が私の右手と左手を一心に握っているから、私の心臓を罪のない無垢な両手がじりじりと締め上げるのをいつまでも払うことが出来ないでいる。




右手左手、私の心臓





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企画「triangle」さま提出

201500622