メロウに、ビターに

 この人を嫌う人って世界探しているんかな。と思った頃には皆に微笑む先輩に俺だけに微笑んで欲しくなって欲を掻いた。ユキさんにとってはただの救助対象。友達の友達。その程度の存在からここまで近づけてしまったことが幸運というべきか、足掻いた結果というべきか。それなりに必死で、本気でこの人に恋をしてしまってるんだと思う。
「あの、ユキさん。これ俺皆のとちょっと違うっていうか…」
「うん。でも合ってますよ」
 去っていく後ろ姿に手を伸ばした。穏やかな言葉で真実を避ける。そんな話し方にさえ惹かれた。この人から貰う言葉なら真実だろうと偽物だろうと何だっていいと思う。そんな人がストレートな言葉を囁くのに、喰らわないはずがなかった。すんなりと認められた特別に喉の方がきゅうとなる。掴んだ腕の細さに手を離しそうになった。でも、離してしまったらここまでの努力全てを泡にするようで、離すことなんてできなかった。いつだって先輩の特別を追い続けているのに、あなたの隣には勝てるはずもない背中たちが居て、それに守られたあなたは何よりも穏やかな気がするから、それを押しのけようというのは我儘なんだろう。ユキさんのためって言うなら、俺は後輩に甘んじるべきなんだろう。でも、もしそれで満足できないと言ったら。
 この人は、どうするんだろう。
「ねえ、俺だけですか?ロウさんとかマナさんとかもじゃなくて」
「遊征くんだけですよ」
「それは…なんで?」
 その問いにユキさんは目をきゅうと細めて笑う。
「言わせるんだ。随分意地悪になったね」
 あーもう。目を見たら負けだ。喉で声がぐるりと鳴った。なんでだろ。その顔はロウさんの前でも見せない顔のような気がした。天使の顔をして人を誑かすあなたはいっそ小悪魔なんじゃないだろうか。俺みたいなやつはそんな笑顔に騙されて、従順に尻尾を振ってしまう。
「チョコは嫌い?」
「いいえ!」
「あ、でもわんちゃんはチョコ駄目だもんね」
「俺、犬じゃないですよ!!」
「ふふ、ごめんなさい。ロウくんがそんなこと言っていた気がして」
 緩く掴んだ腕からするりと指が抜けていく。止まったのは手のひらで、冷たいユキさんの手のひらに自身の肌の熱さを知った。細い指を、絡め取りたい。ぼんやりと伸ばしかけた指を、寸前で止めた。ユキさんは、決して俺のものじゃない。
「今日、帰りはロウさんですか?」
「…ううん。今日は断ったんです」
「じゃあどうやって、」
 それなのに。
「約束したでしょ。ドライブ、連れてってくださいよ。遊征くん」
 この人は俺の転がし方をよく知っている。
 ユキさんから貰う言葉はどれもあたたかくて胸を満たすもので。だけど、それに名をつけるのは、粉雪のようにつかみきれない輝かしくも儚いものを素手で掻き乱すような行為のように思える。手に入るかもしれない、そういう欲は喉元で留めた。
 突っ走って行くのが俺の取り柄だと思う。でも、そうはしたくない。大切にしたいし、大切にして欲しい。懐に入れてくれなくてもいい。ただ隣に置いてくれたら、それだけで満足だから。この温く甘い夢のような関係に浸っていたい。
「お店、バレンタインキャンペーン中なんです。ココア飲んで行きますか?」
「…お願いします!」
 我ながらなんて単純な男なんだ。バレンタインを言い訳に。ココア一杯分だけ許してもらえればなんてさ。

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