私には何もなかった。
この世の全てがモノクロで、色褪せるばかり。生まれてこなければ良かったと、何度も思った。だけど死ぬことも出来ず、ただ定められた運命に身を委ねるしかなかった。
そんな私を、見たこともないような温かい眼差しで、優しい声音で、あなたは救ってくれたね。
「あんた、今日の分はまだ?」
「………」
「ちょっと、聞いてんの?」
学校帰りの私に"お帰り"の一言すらない、私の目の前に立ちはだかるこの女。頭の中は金、男、金金金……自分の欲望しかない。
生まれた時から私は邪魔者で、母親の愛情なんて知らない。なんの役にも立たないからと、毎日打たれたのを今でも覚えている。中学になってやっと打たれなくなったと思えば、今度は娘の身体を使って援交させるクズ野郎。
だけど、逆らえなかった。それが私の生きていく唯一の術だったから。
「……今日の人、時間変更になったの」
「チッ、あっそ」
"美容院に行きたかったのに"と、ぶつぶつ言いながら自分の部屋に入った母。
自分は働かずに、娘に援交させて生活する母親がどこにいるのだろうか。だけど涙すら流れない。眉間に皺を寄せながら愚痴を零し、私に背を向ける母は何度も見慣れてるから。
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「ぁ……っ、んっ、」
「可愛いよ…っ、名前ちゃん、」
気持ち悪い
「……っ、あ、くっ」
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い……!
「最高だったよ、また頼むよ」
今宵も、遥か年上の男に抱かれた。
笑顔一つ浮かべない私とは対象に、満面の笑みで笑う男。
「早く下さい」
「なんだよ、素っ気ないな」
ぶつくさと言いながら、財布から数枚の諭吉を取り出した男から、素早く奪って部屋を後にする。
私からしてみれば、行為する前後は会話もしたくない。くだらない話をする理由もない。やることやってお金貰えれば用無し。
「……最悪」
ホテルの外に出てみれば、私の心を表すかのようにザーザーと雨が降っていた。
傘、持ってないのに。どうしようか。さっさと出て行かないと、また見たくもない男の顔を見る羽目になってしまう。
ブンブンブーン
悩んでいると、地を鳴らす音と共に明るい光が視界に映り込む。その光に惑わされていると、いつの間にか目の前に来たバイクが何故か停まってビクッと肩が跳ねた。
「お前、いつもそんなことしてんの?」
割と身長低めの人がバイクから降りたかと思えば、突拍子もない言葉に戸惑う。
今の、私に向けられた言葉……?面識のない人に話しかけられるとも思えず、周りを見渡すも私以外に誰一人いない。
「お前に言ってんの」
振り向けば、いつの間にか目の前に来ていたその人。暗がりで分かりづらかったけど、間近で見れば端正な顔をしていた。
「おーい、聞いてる?」
「、え?あ、はい……」
思わず見惚れていると、その人が覗き込むように顔を近づけてきて、僅かに高鳴った胸を誤魔化すように俯いた。
「とりあえず来い」
「え、ちょっ……!」
グッと掴まれた腕に、熱が帯びる。
今までは知らない男に触れられるだけで、不快に思っていたのに。何故かこの人には、そういった負の感情が沸かない。何故だろう……初めての感覚だった。
その感覚に戸惑っているうちに、バイクの後ろに乗せられていた。