綺麗だと思うけど


 汽笛をあげて船がゆっくりと動き始める。
波止場を見ると、見送りのために街の人々が駆けつけていた。イブ様〜!と叫んで大きく手を振っている。彼らから見えているのかは分からないけれど、彼らを見つめるイブの眼差しはとびきり優しい。コーヴァスに着いてからずっと、行く先々で話しかけられて気さくに返事をする彼を見て、いつもなら見ることができない一面を知れた。
別れを邪魔しちゃいけないと思って、少し離れたところでその姿を見ていると、おいで、と手招きされて遠慮がちにデッキまで歩みを進める。見送りの人達は、私の姿を見て嬉しそうに手を振ってくれた。私にまで暖かく接してくれる、良い国だと思う。

「またね。」

 人の形がぼやけて無くなるまで手を振ってから、もう聞こえないであろう彼らになのか、街自体になのか、ぽそりと呟いた。ぼんやりと街並みを眺める姿が、どこか寂しそうに見える。普段はあんまり態度にも話題にも出さないから知らなかったけど、故郷への想いは強いみたいだ。
 明かりが賑やかなこの街も、数年前まではスラム街だったとか。立て直しに一役買ったとか、熱意のこもったガイドを聞いてから眺める景色は、来た時とはまるで違うように見えた。きっと彼の目にはもっと色々な想いが詰まって見えているんだろう。

「こっちの食事、そんな変わんなかったっしょ」
潮風がおさまった頃にイブが私の方を見て言った
「うん。美味しかった。街の人も良い人たちばっかりだったし、思ってたより安全だったね」
「でしょ。今日案内したとこより下降りたらまだちょっと、治安悪いんだけどね。そこだけ気をつければ不便はないかな」
故郷を褒めると、イブは嬉しそうに早口になった。

「良い街だね」
「でしょ、住めるっしょ。」
「うん、住めそう。」
「良かった。安心した」
「…?」

今にも移住しそうな口ぶりに、一人であたふたする。もしかして今、すごい大事なこと言われてたりする?隣で潮風にそよぐ銀髪を見たって、ただ綺麗なだけで思い詰めたり普段と変わったような様子は無くて。寧ろ慌てた私を見てどした?と首を傾げていた。

「住むつもりなのかと思って、ちょっとびっくりした」
「ばーか。そう言うのじゃねぇ。」
何言ってんだと笑って、

「いや別に、この先どうなるかなんか、全くわからんじゃん。帰りたくなるかもしれんし、帰らなきゃ行けない時だって来るかもしれん訳でさ。」
「そん時に、お前が居たらいいなぁって、ちょっとだけ思った。」

そんだけよ。と平気な顔して言う。つい聞き逃してしまいそうなぐらい、大事なことも大事じゃないこともさらっと言いのけてしまう。さりげない言葉ひとつひとつに私の心はいつも躍らされている。まあ、そう言うところが好きなんだけど。

「ま、そこまで一緒に居るかどうかも分かんねぇけど。」

 切ない言葉のようで、真っ直ぐで正直な言葉。ずっと一緒だよ。なんて保証できないチープな言葉を求めているんじゃなくて、ありのままの彼の気持ちだ。

「そうなったら、コーヴァスの衣装着なきゃだよね、あれは私には似合わないかも」
「そう?」

 賑わった街中ですれ違ったコーヴァスの女性はみんな、イブが着てるような、絹のような美しい衣装を身につけて可憐に笑っていた。そんな綺麗な姿の私はどう頭を捻っても想像できないな。苦笑いすると、イブが風に揺れる私の長い髪を掬って微笑んだ。

「綺麗だと思うけど。」

 今の彼の目に写っている私は、どんな風に見えてるんだろう。夜景と海のコントラストみたいに綺麗な瞳を覗いても、そのビジョンは見えなくて。どうか何年経ってもそのままの私を映してくれたら良いのに。なんて思った。


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